人魔戦争 〜ゼリウス攻防戦〜(3)
《決定された運命》
ミミの目からは血の雫が溢れ出していた。
それは固有血技の反動だ。
この固有血技は強力だがリスクも高く、あまりに影響が大きくなる因果は消す前に自滅する可能性がある。
ミミがレナードに斬られた頬の傷は何処にもない。
「斬られた可能性を消した?カウンターも入れてるね」
レナードはそう言って脇腹に軽い切り傷を指差す。
だがしかし、ミミはレナードを腹から両断するつもりでやっていたが防がれたのだ。
「運命は決まっている。次でお終いだよ」
「ならば僕も試そう。運命は想い描く物だ」
切先まで淀みなく魔力を付与していく。
元来《光の翼》の能力は、身体能力の向上と刀身の鋭利さを増す効果である。
その基本を極限まで研ぎ澄ました時に完成するのは奥義。
「完成された基本形は全てにおいて頂点に立つ」
二刀を構え、全魔力を自己強化に。
色濃く純白の翼は、周囲に散った魔力を取り込んでいる。
半永久の魔力吸収と循環。それが《光の翼》の真骨頂。
《修羅道・終焉ノ頂》
レナードの持つ二本の刀から伸びる光は、左右の山脈を切り裂き氷雪を瞬時に蒸発させる。
それは過去に実在した面影。
「ははッ!これが伝説!舞踊れ、地獄蝶!!」
《運命の断罪》
ミミの奥義。
指定した繋がりを破壊し無かったことにする。またはその存在を拒絶することで消し去る技。
「君の存在を否定…できないなぁ。だってさ、嬉しくて…受け止めたくて…」
2メートルはある妖刀、地獄蝶。
これまでミミと共にあらゆるモノを両断してきた。
時に固有血技で優位に立つこともあったが、基本的に愛刀と剣術のみで魔族最高峰を勝ち取ってきたのだ。
「君がいない未来を、ミミは拒絶する!!」
一振り、まさに天から振り下ろされる一撃。
ミミは全身全霊でそれに抗い、破壊しようと試みた。
「イギイィィ!!押される…かぁぁぁ!!」
「さすが。でも…灰塵と化せぇぇぇ!!」
レナードよりも小柄でありながら、ミミより遥かなる高みから来る強大な力に対して全力で受け止める。
だがレナードは、もう一刃を交差させるように引き裂いた。
「ひゅっ…ぁ」
その一撃はミミを斬り伏せ、その先見えぬほどに十字の形に大地を引き裂いて行く…
周囲では蒸発した水分が霧を作り出していた。
そして先の一撃により作られた巨大な大地の裂け目。
その先端に横たわる魔族の小柄な女性の許へ、レナードは足を引きずりながら進んだ。
「ミミの負けかぁ。でもねでもね、嬉しかったよ」
「…なんでなの?僕を消せたでしょう…?」
辛そうな顔をしたミミは、痛々しい笑顔でレナードの問いに応えた。
「無理だよレナードの方が強いから。それにね、君が消えた世界はきっと、つまらないから…」
「ならば人と魔の共存も!」
「げふっ…無理。従わなければ殺されるからね」
「ならば魔王を止めるさ!」
ミミは小さく首を横に振るった。
それは小さい体で今まで見てきた何かを思い出しているようだった。
「違う…もうダメかな。それに修羅になるんでしょ?そんなんじゃ勝てないよ」
「修羅は怨憎会苦とは違う!背後にある宝を全力で護るための力だ!」
「その力の先にならきっと…神を殺して……」
「神を…やはり君たちは世界を破壊する神と繋がっているのか?」
ミミは虚な瞳で小さく呟く。その意味は何を持つのか。
「レナード、もっと視野を広く持って……」
「なにがどうなって…!」
「もう何も見えないや。ねぇ、そこにいる?」
「いる!今ヒールを!」
この子は死ぬ間際に何を言い出すんだ!
ヒールを詠唱するが傷が深く、抜けた血までは再生できない。
こんな時にもまた、相棒の顔が浮かぶ。
(僕は一人じゃ何も…違う!できないんじゃない、やるかやらないかだ!)
「もう逝くね。楽しかったよレナード…」
《修羅道・蓮華合掌》
「輪廻に帰るな!戻ってこい!!」
突如光の翼がミミを包み込み、優しく抱擁していく。
レナードは気が付かないうちに、以前ユウキがゴブリンの墓の前でやっていた行為を行っていた。
助けたいと言う想いが、また一つ《光の翼》を強くしていく。
眩い光に包まれ、やがて抱擁が解かれていく。
そこにあったのは傷一つ負う前のミミの姿があった。
「ミミ!ミミ!!」
「うぅん…あれ?ミミはどうして…?」
レナードは気がついたらミミを抱き寄せていた。
危うく勘違いで…いや、しかし殺すために攻めてきたことは事実だ。
何が違って何が正しいんだ…
「良かった…生きていてくれて……」
「ちょっ!ぇ~?…うん。ぇ~??」
ミミは暫く抱かれるがままに動けなくなってしまった。
血が多く出過ぎたのもあるのだが、それとは別に何か心地よさを感じて身を任せ目を閉じるのであった。
(何百年ぶりかな…こんな温もり感じたの)
レナードとミミはそのまま暫く動けなかった。
雪風が強さを増してホワイトアウトし始める中、離れた位置から光の柱が立ち昇るを見た。
それは大規模魔法陣の本格起動を現していた。
ミミからの通信が断絶された事で、魔族の本格侵攻が開始されたのだ。
一度技を止めて魔力を使い果たしたレナードには、今すぐ起き上がり侵攻を食い止める手段はなかった。
「君たちの勝ち…か」
「通信機壊れたからね、もう止められない。ごめん」
「謝らないで。止めてみせるさ。でも今はもう少し……」
「そだね。おつかれレナード」
千山大海を引き裂く熾烈極まる人魔戦争の先鋒戦は、魔族側の戦略的勝利で終わる。
通信断絶と共に魔法陣が本格起動を始め、四カ所からの同時侵攻が開始された。
魔族は悲願とする豊穣の土地を手にするため、その地への侵略を開始。
人魔戦争の開戦。
レナードとミミの戦いの後、ドールガルス城砦は奮闘するも陥落。その防衛機能を停止させられた。
これにより、王都ダルメシアは北方の防衛能力が消滅。
だがドール一族の施策と防衛部隊の堅守により、市民は王都や副首都方面に避難して被害を出さなかった。
この撤退戦の裏には、ドールガルス城塞城主バッカス・ドールと配下の孤軍奮闘により時間が得られたことによる。
先鋒を止めたレナード、そして堅守したバッカス。
ドール親子の手によって市民は護られる形となったのだ。
【人魔戦争 ~ゼリウス攻防戦~】
レナード・ドール 対 魔血衆ミミ
勝敗:痛み分け(両者生存)
戦略的勝者:魔族(ドールガルス城塞陥落)