人魔戦争 〜ゼリウス攻防戦〜(2)
気が付くと膝が地につき、頬に冷たい感触が襲う。
雪はフワッとして優しく包み込むような感覚であり、腹部の違和感あれど痛覚は完全に麻痺していた。
その雪の中を一匹の蝶が美しく舞っているのを見た気がした。
(あぁユウキ…)
チンッ
刀身が鞘に入り鍔に当たる音が周囲に木霊する。
「ミミに切られた魔力は戻らない。こちらに寝返った《光の翼》には心底落胆したからミミは君に感謝するよ」
“光と護りは志を紡ぐ。想いが魔力を帯び蕾は花開く”
「これはお前達の英傑トージが戦争で伝えた言の葉。ミミが聞いた時は歓喜に震えそして君にその面影を見た。ドールガルスは堕ちるけどね」
ドールガルスは堕ちる…
ドールガルスは堕ちる…
ドールガルスは堕ちる…
この一言が頭の中を離れない。
王都やチェストに避難した一般市民は無事に辿り着けただろうか?
もう頑張らなくても、彼らが逃げる時間を確保しただろうか?
僕は学園でユウキに出会ってから、喜怒哀楽の感情が心から溢れて顔に表情が産れた。
父や兄の言いなりに生きてきた殻が壊れていくのを自覚する位に、楽しすぎて本当の意味で世界が変わった。
ドールガルスの市民が逃げ切れたのならば、これ以上はもう休んでも良いだろう…
そう思い、去り行く魔血衆ミミの後ろ姿をボヤける視界に任せて目蓋を閉じようとした。
…いやダメだ!
彼女をあのまま行かせたら、何処まで逃げても殺される。
だが魔力の源泉を切り伏せられ、もう黒龍の残滓から貰った魔力も底をついているで何ができると言うのか。
完全に満身創痍。
でも…僕は護らないといけない。この城塞都市で暮らす人たちの笑顔を。
そのために僕は今まで“ぜいたく”を受けてきたんだ。
イビルウェポンである“狂乱”を地面に突き立てて杖にし、動かぬ体にムチを打って立ち上がろうとする。
だが、失敗して自らの刃で頬を切り血が伝った。
切れ味が良すぎて大地をも穿ち、杖にもならないのだ。
こんな素晴らしい刀を使っているのに、一人の敵さえも抑え込むことが出来ない自分が不甲斐ない。
“弱者よ、贄とするか糧とするか”
(うるさい…武器が、邪魔をするな……)
ミミは物音に気が付いてレナードの方を一瞥くれるが、最後の足掻きと思い使命を果たすために前進する。
“わたくしを持つのではなく、遣いなさい”
(ミミを止めるんだ…僕が死んでも……)
「まだ…だ。まだ行かせない…僕は護らないと……いけない」
聞こえていたはずだ。
だが小虫が遠くにいても気が付かないように、ミミには届かない。
こんな、ちっぽけで‥‥
相棒がいないと何もできない自分が…
嫌いだ!!
「行かせないと…言っているだろう!」
魔力風がミミの元へと届き、驚いた表情でバッと振り向いた。
だがそこには相変わらず刀を杖にして立とうとする男が一人。
「なけなしの魔力でミミを驚かそうと?」
かつて数多の戦場を支配した《光の翼》を発現した始祖トージ。
彼の武勇伝は数多く残り、その中でも直線距離5km、幅200mのイーストホープ渓谷を作り上げた一撃は知られる。
そしてもう一つ、教皇との戦いにおいて正史に残る短い一文。
それは味方の義勇兵が綴った一言。
『その表情は相手を凍てつかせる修羅であった』
レナードの周囲には雪が舞い上がりその姿をうまく捉えることができなくなった。
だがその中に見えるマナコは、大雪山の氷雪より遥かに冷たかった。
しかし魔力には禍々しさなど微塵も感じさせない。
あるのは、ただただ美しい翼をその背に携える天使である。
しかし、その顔は鬼神の如き烈火である。
“わたくしは認めよう…強者よ”
「修羅に参る」
ーッ!!
「ミミは…ミミはそれが魅たかった!!」
《修羅道・灰塵滅殺》
高まる魔力が翼を一段と大きくすると、今度はそれがレナードへと戻って行く。
それまでとは全く異質。
何者をも拒むが、優しく抱擁するような強さを感じる。
「例えこの命燃え尽きても僕はやる。ユウキにできない未来を、僕が紡ぐ!」
「それでこそ、ミミの…好敵手!」
たがミミは頬に異変を感じ、無意識に手を当てる。
そして、その手にはベットリとした赤い液体が付いていた。
(わ…分からなかった!いつ斬られた!?)
「ちぃ!ならば!!」