帝国領の作戦会議
帝国からリザードマンの拠点までは南北で相当な距離が離れている。
それも当たり前の話で、長い間抗争状態が続いていたため本拠地が近くにある事の方が不自然である。
「レクサス、お前たちはそれ単一で迎え撃つと言うのか?」
「左様、我等は我等で領地を守る。ユウキとグライス達が結んだ人鬼協定を基本に要請式の相互支援で良かろう」
人鬼協定とは、ユウキとグライスがサウスホープで王都に隠れて共存するために結んだ協定の事だ。
物資や資源の流通のほか、外敵からの防衛に対して『要請した時のみ共闘する』と言った内容が盛り込まれていた。
これは村全体がゴブリンに加担した事を察知され、王都によって村ごと制裁される可能性を危惧した対策である。
そして、それぞれが戦火を無意味に拡げたくないと言う意味もある。
あまりにもかけ離れた本拠地で他方に戦力を集中すれば、同時攻撃や予測外の攻撃に対して防御が追いつかなくなる。
主戦場の想定範囲が広すぎて、結局話は平行線になり従来通り『自分たちの領地は自分たちで守る』という事になった。
だが帝国は神無砦からゾディアック帝国首都までの街道沿いに村や町が点在する。
リザードマンも小規模の集落が点在しており、それらを一点に集めると飽和するので相互支援を使う事で同盟の利点を最大限行使できるようにした。
ようは近い方が人獣問わず魔族から守りに行く。
この人魔戦争で最も厄介なのが、どこに敵が来るか分からない。
こちらからは転送場所が分からないので、攻め込むこともできない。
つまり必ず後手に回る防衛戦だと言う事だ。
「如何なる戦場であれ、私が焦土と化しましょう」
その言葉に皇帝とレクサスは背筋に悪寒が走り、フェニキアの目が座っている事に気が付いた。
ソフィアが溜息を吐いてフェニキアの肩にそっと手をのせる。
「お姉さま、お父様とレクサス様が震えあがっております」
フェニキアは念願の魔族到来を前に昂っている事を自覚していた。
ソフィアの手を握り返すが、その瞳はもっと遠くを見ているのだ。
かつての盟友たちとの時間。
「ナルシッサ、トージ、ようやく…次代が来たのですわ」
真龍はこの世界に破壊をもたらすために生まれ持った。
時としてその破壊的な衝動に駆られ、人と深く接するまでは本能のままに生きていた。
だがトージと出会い、そして考えるという事するようになった。
理性を獲得して大きく変わったと言っても過言ではない。
(黒龍はその生を全うし、光龍はその時が来ればと言っていたから何処かで会うでしょう。問題は青龍ですわ…最後まで私達に相対していたし)
遠い目をしているフェニキアを後目に、皇帝はこの戦いがどうなるかを予測していた。
「魔族は補給線を捨てて戦いに来る。短期決戦となるか現地での略奪による中期戦になろう」
「それならば単純明快。我等で食料物資を守ればよかろう」
レクサスの言う通り、補給線を死守する事によって魔族側では兵糧攻めへと転ずる。
これを利用して補給させなければ撤退せざるを得ず、短期決戦へと変わるだろう。
「ですが相手もそれは承知。必ず補給路を断ってきますわ」
「フンッ、補給路が分からなければ野たれ死ぬだろうよ」
確かに大きな大陸ではないにしろ、何処に転送されるか分からないのは魔族も同じ。
ならば突然放り込まれた土地で補給するのは難儀である。
だが問題があった。
「…その補給路が見られていますわ」
「なっ!向こうもこちらを知らぬだろう!」
「ホルアクティですわ。魔族はこの侵攻を何百年と計画しています」
ホルアクティは魔族へ絶えず情報を提供してきた。
「そしてユウキからの情報だ。王都の有識者が亡命したそうだ」
ノイントとジーザスの亡命については即座にニ国へと情報提供された。
王都学園の学園長という立場で様々な知識を有していたから、そんな情報量を持つ人物が敵側へと渡れば自分たちは丸裸同然である事は火を見るより明らかだった。
「事態は酷な方向へと動いている。だが幸いにして凶兆が見えた事は他にもある」
そう言って皇帝は水晶玉を取り出すと、離れた地で通信するリザードマンにも聞こえるようにした。
「レクサス元気か?ガルシアさんは投獄されていないだろうな?」
「ユウキか!久しいな…そんな事をするわけなかろう!」
レクサスは少々言葉きつめだが、嬉しさがにじみ出していた。
「ノイントの件はすまない。俺達がパーミスト洞穴に居た時から動いていたようだ」
「不可抗力ですわ。それより本題へ」
「あぁ、俺の《点穴》で大陸全土の転送先の予測ができた」
数日前から、大陸の数か所で自然に発する魔力が大幅に上昇している事が分かった。
北のゼリウス大雪山。
西の聖都南にあるモリス森林周辺。
東の国境境にある神無砦周辺。
最後が王都領の副首都チェスト周辺。
この四ヵ所に絞られることになった。
「ゼリウス大雪山はダルメシア王を救助した場所で、レナードがドールガルス城塞にいるから状況の監視を頼んだ」
「帝国も神無砦の監視を強化しよう」
「リザードマンも向かうか?少々心配ではあるが…」
リザードマンと帝国領の人間はまだ全ての国民が納得していない。
こんな時期に小競り合いを起こして不和を起こせば、外敵からの防衛どころではなくなってしまう。
「帝国だけで良いだろう。人族でも王都と帝国で一筋縄と行かないのに獣士が入っては厄介だ」
「承知した。近くまでは防衛隊を待機させるようにしよう」
こうして神無砦の防衛には王都と帝国だけで行う事になった。
神無砦には向かわず本拠地を攻める可能性も捨てきれないので、思い切った事もできない。
ここで通信を終えて各々準備へと奔走する。
人知れず魔力を高めて神無砦へと向かう準備を進めるフェニキア。
この後、彼女へ言葉をかけた人物は誰もいなかった。
ソフィアを除いては。
「へへへっ、お姉さま待って〜!早いから追いつかないわ!」
「ふふふっ」




