ゼリウス大雪山(2)
俺はその隙にダルメシア王へと距離を詰めた。
「ダルメシア王、あなたの弱点は多勢と自身の弱さだ」
そう言って今度は雪に足を取られないよう、地肌が露出しているボコボコした溶岩石を蹴りダルメシア王へと一気に距離を詰める。
《ファストブロー》
隙だらけのダルメシア王の腹部に肘打ちを見舞った。
だがダルメシア王自身は身体強化や屈強な戦士ではないため、過剰な攻撃とならないように威力を抑えて放つ。
グフッ…
「ルイン!」
「おーけー!」
《サイレントミスト》
ルインがサイレントミストで状況に紛れて姿をくらまし、戦場を避けてエルザ・ドールの行方を探した。
だが、その場所はルインでもすぐに分かった。
と言うのも彼女は隠れているが、放置されていたのではなく自ら安全な場所まで移動していた。
「ぁ…あっ……」
恐怖のために声も出ないのか、この極寒の地で耐寒の魔法がうまく使えないせいか。
彼女からは嗚咽の様な音しか出てこなかった。
「もう大丈夫だよ、ボクたちが来たから」
安心させるよう抱き寄せるルイン。彼女はここという時に人を安心させる能力に優れている。
だが彼女は大きく深呼吸してグイッっとルインを引き離した。
「違うの!操られているの!!」
ダルメシア王の《人心掌握》によって、兄ジーザスが操られている事だろう。
それならば把握しているし、レナードがジーザスと戦っている間にユウキがダルメシア王を止められる。
「大丈夫だよ。あの三人なら止められるから」
「だから違うの!兄は正気よ!!」
えっ??
「くっはは…傑作!レナードよ、不完全な《光の翼》は折れたか!?」
「はい?僕はまだ翼に身を包んでいませんが?」
ーッ!?
「気でも狂ったか!単純な膂力と技量で《光の翼》に抗えるものか!?」
頭に血が上ったジーザスは力任せに魔力を増幅して刀を振り下ろした。
その剣閃は上段からの切り下げ。
予測も容易。
《二刀・反芻》
レナードは全ての力を抜き、迫り来る斬撃に対して流れるように短刀で弾き、長刀にてジーザスの脇腹を引き裂いた。
「アリサの強化魔法があります。僕は一人で戦っていないですから」
「調子にのるなぁぁぁぁ!レニーちゃんはブタにハイハイ言ってニコニコしてればいいんだよ!」
「それは兄上も同じ仕事でしょう?」
…ーッ!
ジーザスはレナードに言われるまでもなく、貴族への忖度が非常に腹立たしい事をよく知っていた。
しかし産まれた環境は中々変える事が出来ず、そんな自分に絶望するしかなかった。
ジーザスに転機が訪れたのは齢12になった頃だ。
この世界で齢12というのはユウキもそうであったが、学園への入学が可能となる年齢である。
学園と言う場所は共に机を合わせる友人、恩師、意見を違える仇敵に出会う事がある場所。 いずれにしても、自分の人生を変えるほどの人物に出会える可能性が高い。
剣術を高め友人と交友を深めていく中で、剣魔術大会に優勝し状況が一変する事態が起こる。
ある日のこと、友人と他愛もない話で盛り上がり机に脚をかけた所で担任の教師に見つかり、叱責を受けてしまった。
だがその叱責の内容が些か普通ではなかったのだ。
「これからは、もっと人を導く立場を意識しないといかん」
当初言われた意味が分からなかった。
ドールガルス城塞の子息であると言う意味であったのかと思ったが、その後に大会について労いの言葉があると言われ。
その行った先に答えが待っていたのだ。
担任の先生は何もないレンガブロックの前に立ち止まった。
なぜこんな行き止まりまで連れてきたのだろうかと訝しると、先生がブロックを叩きしばし様子を見ていた。
やがて叩いたブロックから波紋が広がり扉が現れたのだ。その先で人生の転機となる人物に出会った。
ジーザスは産まれて初めてダルメシア王を眼前に構えることができた。
そして崇高な志と考えを持った“あの人”は、特別な計画を実践するための同志を募っていると告げる。
『君ほどの優秀な人材ならば世の不条理を嫌うだろう。そしてそれを正す道が今、君の目の前にある』
私は目を輝かせて一言一句に耳を傾けた。
迷う事はない、この人と共に進むのだと。
それは自分の努力で見いだせた活路に等しく、感謝してもしきれない気持ちであった。
だからその道に向かうためなら何だってする。
例え実弟だろうが、愛人だろうが、反発するなら高圧的な力で押さえ込めばよいと考えるようになった。
“あの人”に出会ってから、自分の人生は道を踏み外すことがないレールの上を走っていた。
「何故兄上は変わってしまったのですか」
「変わってなどいない。元々私は“あの人”のために働くのだ!!!」
「無関係な人を戦火に巻き込み犠牲も厭わない考えなど、そんな人は…クズだ!」
ブチッ!
「お前が、あの人を、語るなぁぁぁぁぁああ!!!!」
「くっ!《光の翼》!!」
互いの魔力が光り輝く粒子となって翼を形成していく。
魔力風に吹かれて周囲の雪は吹き飛ばされ、ホワイトアウトが終わりを迎えていた。
《光の翼》を行使した単純にして強力な技。そしてそれはドール家に代々伝わる継承技でもあった。
ただし扱える者は多くはない。
ジーザスは長刀を脇に構え、強力な抜刀の構えをする。
《清浄なる一閃》
纏わせた光の粒子が限りなく切れ味を増大させ、あらゆるものを引き裂く。
それを防げるのは同程度以上の魔法障壁が必要であり、かつてレナードが不完全な覚醒状態であっても黒龍の鱗に傷を残したほどだ。
だが継承された時間が長ければ必ず歪みが生じる。
正しく理解し、正しく伝わるかは別問題なのだ。
「兄上、トージは…二刀でしたよ」
レナードは迫りくる斬撃に対して、両の刀に光を纏わせる。
「なびけ狂乱、その雪を散らせよ」
《二刀・粉雪》
イビルウェポンの乱れ狂う魔力を、光の粒子が優しく包み込む。
そしてレナードは二刀の刀を交差させ一気に引き裂いた。
パキンッ!
《清浄なる一閃》はその軌道を真っ二つに割かれ、レナードの後方にある山を割った。
「ば…かな……」
ジーザスはただ目の前の光景に、口を開け呆然とするしかなかった。
山を切断するほどの自らの剣閃を、ただの一撃で破砕した実弟。
自分が積み重ねた努力はなんであったのか、出た言葉はこれだけだった。
だがレナードはそれを更に上回る努力をしてきた。
ただそれだけだったのだがジーザスには分からない。
「ふぅ、兄上もこれで目が覚めればいいけど」
ダルメシア王もユウキに抱かれるように脱力しており、特に問題はなさそうであった。
後は妹を見つけ出して、ダルメシア王に事の顛末を聞き出すだけだ。
そう考え、レナードはユウキの方に歩みを寄せた。
だがそこでルインの警告により、空気が一気に張り詰める。
「違う!ジーザスは正気だ!!」
レナードはバッっとジーザスの方を振り向くが、起き上がる気配はなかった。
ルインの取り越し苦労か?
「情けないですよジーザス。面をあげなさい」
よく聞きなれた声が響き渡り、声の主の方へ自然と皆が見つめた。
そこにいたのは、現王都学園の学園長ノイント・バレルだった。