邂逅(3)
王都学園はノーザス・バレル(現学園長ノイント・バレルの祖先)が作り上げたが、本人の希望によって正史に語られない軍師となった。
戦略のほとんどを彼が考案し、戦後も彼の助力によって進められている。
ノーザスの役割は、王都書庫の製作と情報を必要とした子孫が現れた時に開示するギミックの考案と製作。
隠れ蓑を併用した継承カリキュラムとして、先ほどの話になり王都学園を作り上げた。
また鳥獣人ホルアクティは戦後に早々と姿を隠した。
だが魔族と結託しているのは確かであり、こちらの情報は全て筒抜けとなっていると考えて良い。
思い返せばサウスホープ獣人戦争で、俺が《龍の息吹》を放った際に森林から飛び立つ多数の“鳥”と“コウモリ”を確認している。
鳥にしてはやや大きかった気がするし、監視に主眼を置いて魔族に情報を流しているのだろう。
後は現代における案件なのでトージは関係ない。
一つ目は俺たちが生まれる前。
ダルカス大森林獣人討滅戦の事だ。
これは王都の治安維持と魔族を中に入れないようにするため、王都近郊に住まう獣人を討滅させようとした戦争だ。
実際に効果があったかについては疑問だが、この後は治安が安定している。
次にリザードマンとゴブリンが大規模な闘争へ発展したサウスホープ獣人戦争。
俺が仲裁に入り両者痛み分けで終わったが、発端となったリザードマン領地に射られた3本の矢はホルアクティの手による物と断定された。
この戦争で俺はノーデストの攻撃により、転生後に神アヴィスターと接触した唯一の機会でもあった。
なぜコンタクトが取れたのかは不明だが、死にかけたと言うのが正しいのかもしれない。
後に分かったことだが、あの攻撃で赤龍の魔力が安定し炎耐性を得る事で一気に形勢を逆転させた。
そして最新の情報としてジーザスがダルメシア王と妹を連れて逃亡している。
方角とホルアクティの確認から、魔族への関与が疑える案件だ。
と言うよりダルカス大森林の獣人討滅戦から接触を図っており、その後ジーザスが近衛隊長に抜擢されている点も何か怪しいものを感じる。
討滅などしなくても既に内部に居たと言う訳だが…
ルインの両親の事もあって、とても笑い話にもならない。
トージは4人の若くして未来を見る人物に、かつての自分とナルシッサ、ノーザスを重ねてふと問いかけたくなった。
「なぁレナード、ユウキと出会ったのは奇跡だと思わないかね?」
「僕は…そうは思いません」
「ほう…なぜ?」
レナードとユウキが最初に出会ったのは王都学園の入学試験。
そこでユウキは『魔力が扱えない』と言う、この世界では圧倒的不利な状況にも関わらず悲観していなかった。
それは力を持っていて扱えないと嘆いていた自分が恥ずかしいほどに。
だから…
「僕にはない何かを感じてユウキに声をかけました」
「レナード…」
「僕の選択が運命や奇跡と言う一つの言葉で終わらせられるのは納得できません。それは僕たちが選んだ選択の中にあった」
それを聞いてトージはフッと笑みをこぼした。
武家では幼少期に家督を継ぐことも珍しくはない。子供だと侮れば足元をすくわれ墜ちるところまで墜ちる。
その志をしっかりと持った子に、遠い未来で出会えてトージは嬉しくなったのだ。
「…その通りだ。吾輩達の現在そして未来は、過去に選んだ数ある選択の積み重ねである」
「例えばユウキが悪鬼羅刹な賊のように、他者に不幸を振り撒く事を生き甲斐にしていたのなら、きっとユウキに殺意を込めて刀を振るったでしょう」
「しないけどな。レナードが貴族風を吹かせて城下町を歩き、平民を虐げていたのならば蹴り飛ばしていたと思う」
「ふふっ…しないけどね」
二人は肩で笑ってトージに答えを示す。
「そうさ、俺達は選択の上に成り立つ」
「僕達は今も未来を常に選び続けている」
トージもそれに納得し魔力を解放させた。
「ならば壁画の意味も解ろう」
そう言われて石積みだった壁面を見ると、《光之翼》の魔力に照らされて絵が映し出されていた。
壁画には二刀の刀を構え、気美しいとさえ言える輝く翼が描かれていた。
だが、反面にその人の形相は鬼の様に描かれていた。
「修羅道…?」
「修羅道?それは?」
日本では古来より万物に魂が宿る“八百万の神”が信じられる。その他に仏教の教えで人が死すれば輪廻し、生前の行いによって六道へと導かれると言われる。
その内の一つ、修羅道とは憎しみと怒りの世界で争いが絶えない場所だ。
「なぜ《光の翼》で修羅道が…光は人々を守り、そして幸せを掴むものではないのですか?」
「良き良心よ。だが見なくてはならない修羅もある」
刃に光を纏わせ万物を両断する力を持つが、それは強力であると同時に命に対する冒涜でもあった。
生半可な気持ちで《光の翼》を使い続ければ、いずれ刃こぼれを起こし呑まれる。
護る為には時として悪鬼羅刹の修羅となる必要があり、それには善生憎滅の覚悟が必要…
「つまり自分の大切な者であったとしても、手にかける覚悟を持てと…」
「聡明なレナードに吾輩は嬉しく思う」
レナードはここで兄の事を考えていたのだと思う。
国王と妹を拉致して北上していった。それは魔族の住む魔大陸に近い方向だ。
彼が何を思い、妹を連れ去って行ったのか…決着をつけなくてはならない。