一大産業の村
日もまだ高くない内から、馬車を使わずに全力疾走していた。
目指すはサウスホープ。
街道はダルカス大森林を大きく迂回する様な形をとっているため、街道を避けて森の中を疾走していた。
風を切る音が凄まじく、周囲の音はあまり聞こえないが魔物に関しては《点穴》で把握できるのであまり気にしていない。
そんな風に負けない様に背中からアリサが声を張り上げた。
「女将さん元気そうで良かったね!」
「あぁ、我が子の様に喜んでくれたな」
サウスホープに向かう前、王都で第二の母と呼べる宿屋『ポークバーグ』の女将へ挨拶をしてきた。
あの強烈な抱きしめ方は…今思い出すだけでも鍛錬を積んでいて良かったと思う……
娘のミサはレナードがいない事に少し不満がありそうだったが、まぁ今は火球故に致し方無かった。
俺たちも両親に会いに行くが、顔を見たら直ぐに戻る予定だった。
アリサを背中に抱えて暴風壁を展開。
空気抵抗を出来るだけ減らして疾走する事で恐ろしい速度で村に着くことができた。
「久しぶりだな…」
「えぇ、行くわよ」
農村によくある看板。
『ようそこ!サウスホープ村へ!』
そこをくぐり抜け、一気に家へと駆け出す。
アリサとは道中別れ実家を目指した。
周囲はまだ寒さもあって、特産の麦畑からは芽が生えておらず、畦道から別れたアリサが遠くに見る事ができた。
そして見慣れたドアノブに手を掛けると…一気に引いて中へと入った。
「ただいま!父さん、母さん!!」
奥からガタガタッと椅子を引く音がすると、足音が二つ。
言葉の前にガバッと抱きつかれた。
「母さん、ただいま」
「ユウキちゃん!おかえり!!」
母はこんなにも小さかっただろうか?
いや、アリサの時から感じていた身長の感覚が、相対的に見る事で違和感として出るのだろう。
「背、伸びたわね!お父さんにそっくりよ」
「おかえり」
「ただいま、父さん」
危険な任務であったのは父ボストンも知っていた。
それを無事に帰ってきたという事で、父も男として一回り大きくなったと思っていた。
「よくやったな」
「皆のおかげだよ。それにガルシアさんも」
「そうか、向こうで会ったのか」
「うん、奥さんを紹介されたよ」
それに目を丸くして驚いていた。
帝国領に出入りしていたことは知っていたが、人生の伴侶が居るのを知らなかったそうだ。
まぁ、リザードマンの…なんて言えないだろうしね。
「奥さんといえば、村長のところのガラス君には会ったか?」
今しがたアリサと帰ってきたことを告げると、そちらにも挨拶に行くように言われた。
アリサも一緒が良いだろうから、俺はアリサの家に寄って村長宅へと向かった。
「アリサ、準備はいいか?」
「もちろんよ」
そう言ってアリサが人差し指を立てると、俺はドアをコンコンッと軽く叩いて名を告げた。
すると中から慌てた様な足音がして、ドアの前に立ち止まった。
「目的は違えど」
「「友情は永遠に!」」
バシャッ!!
扉が開かれたと同時に、顔面目掛けて水球が飛んできた。
「くははっ!ユウキ変わんねぇな!」
ポタポタと垂れる雫に俯き、俺はニヤリと笑いアリサに向けて手を挙げた。
「「ウォーターボール」」
直径1メートルほどの水球が、家の屋根より高い位置から自由落下を始める。
「喰らいやがれ!」
ドシャ!!
水量によって明らかに違う音。
その音に反応して奥から女性が出てきた。
「まぁ、大丈夫?!ガラスさん!今お手当を…」
ガシッとその手を掴みガラスは言った。
「俺の事はいい、村を頼む…」
「そんな!逝かないで!ガラスさん!!」
チーン
なんの喜劇だ?これは。
いやその前にこの女性は…あぁ。
「……ぁぁぁぁああ!!フェミールさん!」
「だれよ!」
ズドンッ!
アリサの方に振り向くと同時にぶん殴られた。
彼女は勘違いをしている!俺の知る女ではない!
「ちがっ!隣村ダハーカの許嫁…」
ドスッ!
「あんた許嫁何人いるのよ!」
「だから違うって!ガラスの許嫁!」
「ぁっ…あらやだ私…へへっ」
へへっ…じゃねぇよ…
俺の腹の形がマジで変わるぞコレ。
フェミールさんはお淑やかな性格で、とても暴力とは無縁の存在であった。
その彼女の目の前で振われた暴力に、ただただ困惑しかなかった。
「あの、その…お友達には優しくした方が…」
「あぁ、フェミールの言う通りだ」
おい、扉開けて水ぶっかけたのはお前だからな。
そう思いながら過去を思い返すが、ガラスはガキ大将だった。
「おいガラス、一体どうしたら暴力のない人物に変わるんだ?」
「過去は過去だ。俺は一皮剥けたのさ…」
そう言って親指を立てると、フェミールさんが何故か顔を覆って真っ赤になっている。
アリサをみても同じだった。
「まさか大人の階段登っちまったのか…?」
ガラスはもう18になる。
そんなに変な話では無かった。
だが、何て言うか…身近で起きた変化に戸惑いがなくは無かった。
「そそそうか。まぁ、頑張れ?」
「おう、お前達もな」
「何を頑張るのよ!」
また顔を隠してしまった。
ツンツン横腹をつつくが、返答がない。
「それと、ユウキありがとう」
「あぁ、大陸一になったな。おめでとう」
「お前の助言と獣士のおかげだ」
そう言って指差す方向には硬い岩盤がある断崖絶壁。
そこはかつてゴブリンが岩を落としたことで端を張った場所だった。
そしてそこにゴブリン達のよって掘られた隧道があり、そこから湧き水の確保と天然冷蔵庫としての機能を果たした物であった。
「手紙にあったな。大量の備蓄を蓄える場所って。苦労したぞ?」
トンネルというものは地層によってその難易度を大きく変える。
軟弱地質もあれば岩盤による硬質部分があり、地下水路によっては一気に浸水してしまい水路が変わる。
多くの技術はリザードマンからもたらされたそうだ。
俺の知らないところで交流が始まり、人が、世界が新たなステップを踏み始める。
それは素晴らしいことであった。
そして俺たちはそれを守らなければいけない。相手にも理由があれど、俺達は立ち止まるわけにはいかないのだ。
「ガラス、これから戦争になる。絶対に死なないでくれよ…畑はまた作れるが人は無理だ」
「任せておけ。前線に出るんだろう?お前こそ死ぬなよ」
「私の家族をお願いね。ガラス村長?」
「村長ちげぇよ!アリサの水球なら安心した。弱虫ユウキを守ってくれ」
「うん、任せて!」
ふふっと笑って互いに別れを告げた。
あまり長居していられないのは事実だったからだ。
だが別れた三人の道は再び接点を持った。これは一度離れた人達がまた繋がる事は難しい。
離れた時は『いつか』と信じているが、追われる個々の生活に疎遠になってしまう。
だから、本当にすごく嬉しかった。




