王都への帰還
一度皇帝に挨拶してから俺たちは中庭に来ていた。
ここで皇帝とやり合った時には、転移装置の様な残滓は感じなかったが…
そう思いながら、針の穴に糸を通すような緻密さで《点穴》を行使すると、ほんの僅かに歪みを感じた。
その場所へと歩を進めると皆が後ろからついてくるが、それがロールプレイングゲームの様な光景だった。
そんな的外れな事を考えていると、リザードキングの首飾りが勝手に魔力を放出して空間に魔法陣を構築する。
「…ど真ん中」
「……えぇ、ど真ん中ね」
「真ん中だね」
「だいたん」
そう、闘技場のど真ん中であった。
やはりあの女性は何処か頭のネジが外れているのだろう。
そう思うことにした。
「いいじゃない。《点穴》がなくても分かる様にしたのですわ」
「「「あぁ〜、ね?」」」
声の主に皆が納得した様に頷いた。
フェニキア…いや、赤龍も作った時は現役か。と言うか作った張本人か?
「それよりも…」
コホンッと咳払いに察して、皆が別れを告げようとした。
だが違う。
フェニキアは一歩先に進んでいた!
「レナード、ここに」
「ハッ!」
レナードは呼ばれ、皇女に対する礼を尽くす様に跪く。それは今まで旅をした友人の間ではなかった。
「レナード、私と共に半生を生きることを許しますわ。あの時の様に……ねっ?」
!?
これは…フェニキアからのまさかのプロポーズ!
レナードの答えなど一つしかあり得ないな。
隣にいるアリサを一瞥するが、やはり驚いたと同時に何処か納得したような目をしていた。
「「キャー!」」
「レナードやったな!」
何秒か、何分の時間が過ぎたのかわからない。
実際は数秒程度の時間だったのが、俺にはそれが長く感じられた。
入学試験から同じ釜の飯を食べ、同じ部屋に寝泊まりをした俺の相棒。
そんなレナードにも春が訪れた。
嬉しくないはずがない!
「ありがたきお言葉。大変嬉しく思います」
「えぇ…」
「ですがこの身に余る光栄。謹んで辞退させていただきます」
うんうん、そうだろう。
告白されて嬉しくないやつなんて…
はっ?
おい、春二つので安泰はどうした?
レナード!?
「なっ!えっうぅ…」
フェニキアの口から変な声が漏れてる!
人はこんな声も出るのかと初めて知る様な何かだ!
アリサとルインも口をパカーッと開けたまま呆然としている。無理もない。
あの二人はデキテルと思っていたからな!
「おいおい、レナード…その…説明頂けるか?」
「説明?今したのでは?」
「お前フェニキアの事好きじゃなかったのか?」
ルインやアリサに留まらず、フェニキアまでもが顔をブンブン縦に振るっている。
「あっはは…僕はフェニキアが好きだよ?」
「ででででは!なにゆえ!?」
「皆大好きだよ。ただやる事が多くて余所見が出来ないのさ」
わかった。
レナードは騎士道や貴族の理想像を追い求めるがあまり、恋愛に対して無頓着なんだ!
家柄で恋愛に対して気にしない様にしていたのは知っていた。だが自分の殻を破ると言っていたはずだ…
「じゃぁ、今までのフェニキアに対する態度って…」
「皇女様だからだよ?」
ぐはッ!
その場の全員が空を見ている。
フェニキアに至っては、パーミスト洞穴のマグマよりも赤くなって、瞳から雫が落ちない様に空を見ている。
俺はフェニキアの肩にポンッと手を置き、一言呟いた。
「失恋は初めてか?」
それにコクリと返事をして言葉を発しない。
ナルシッサは二つ返事だったんだろうから、コイツは中々のダメージだ。
ソッとしておこう。
「よし、行くぞ」
「えっ?いいの!?」
「俺達にできる事は別にある」
魔力を操作して魔法陣を起動。
複雑な幾何学模様が大きくなるにつれて、中心には光の渦ができ始めた。
「アリサ手伝ってくれ、ルインは馬を先導して先に行って」
「分かったわ」
「オッケー、フェニキア、元気出して!また遊ぼうね!」
それを言われてフェニキアはハッとして、ニコリと笑うとルインに挨拶をした。
いつまでも呆けている場合では無い。それが分かるから皇女で居られるのだ。
魔法陣が安定したところで、アリサもルインに続いて魔法陣を通る。
「レナード!」
あまり時間がない。
レナードはフェニキアに軽く挨拶をすると、魔法陣に向かっていった。
フェニキアは弱々しく笑顔で手を振っている。
「フェニキア、僕にゆとりが出来たらその時は…」
フェニキアは目を見開いて振る手が止まる。
そして唇は震え、目頭からは沢山の水滴が地を濡らした。
「わた…私は待っています…レナード・ドール!!」
光の中で口元がやや上がり、そして消えていった。それを見たフェニキアは泣き崩れ、他に膝をついた。
残すは俺一人となった所で、フェニキアを抱き起して落ち着くのを待った。
俺は女なら手を出す不埒な輩ではない。
安心してください、彼女は遠い親戚です。
流石に俺はそこまで堕ちていないはずだ…そうだよね?ブレイクの血筋…
「良かったな。あいつは本当に素晴らしい奴だ」
「知っていますわ」
そんな無意味な葛藤を投げ捨て、真面目な話に入る。
三国大陸全土が戦場となった場合、各国で戦力を割り当てる必要がある。
連合軍が結集するとしたら、それは恐らく本国防衛か魔大陸侵攻の決戦だ。
「帝国を頼む。恐らく此方に割く戦力が無い」
「えぇ、大丈夫ですわ。そのために残した芽は着実に育っていますので」
それを聞いて俺は親指を上げて魔法陣を通過した。
中庭という凄く広いくせに無化粧な場所に、一人残された少女へ別の少女が呼びかける。
「お姉様、お父様がお呼びよ」
フェニキアの背後から聞き慣れた声がした。
元影武者で、フェニキアの義理の妹ソフィアだ。
フェニキアは振り向き返事をすると、今あった事を嬉しそうにソフィアに話しながら、父のいる謁見の間へと向かった。




