レナードの葛藤(1)
聖都が獣士と協定を結んだことに安堵し、いつでも戻れると言うことから、一先ず出立は明日と言うことにした。
荷物の整理や宿の後処理など、慌てて出て行くと迷惑がかかっては申し訳ないからだ。
その辺りはもう自分達がしっかりとしなければいけない年齢に来ている。
俺たちは食料などを買い込み、忙しない1日を過ごしてベットに入ることになった。
翌朝。
朝露が草木を湿らし、寒さは一段と厳しさを増していく。
帝都から外に出て街道から外れると木々が生い茂る場所がある。
この場所の奥には湧水があり、そこへ朝早くから水くみにやってくる人たちで賑わっていた。
(早朝鍛錬…と思ってきたが意外に人が多いな)
ハッキリ言って想定外だった。
こんなに人が多かったら、激しい運動は人目についてしまう。
なんだ?なんだ?と騒ぎになられては敵わないので、迷わない程度に森の奥へと進むことにした。
木々をかき分け獣道を見つけて歩くと、人の気配は無くなり静寂と生物の気配との狭間へと辿り着く。
自然に出来た平場だ。
そんな自然の中で異質な音が紛れ込む。
木々を揺らす音や、鋭利な刃物が空を切る音が聞こえてきた。
似たような奴はいるもんだな。と感心して邪魔しないように近づくと、耳を疑ってしまった。
こんな所まで来て鍛錬を積むものなど、やはり知り合いしか居ないのかと笑みをこぼしてしまった。
だがその邪念に些か眉根を釣り上げる。
「なぜ…僕は…フェニキアを!ユウキは強くなっていくのに僕は弱いままだ!なぜ…なぜ!」
(レナード…お前は弱くない)
俺も伸び悩んだ時期があるから分かるが、こいつは相当キツイ。
前世では『隣の庭は青く見える』と言う言葉があったが、スランプにはそれが鮮烈に起きる。
周囲の人間がどんどん強く上達していくように見えるのだが、実際は突然変わるものでは無い。
だが本人の伸び悩みと相対的に比較してしまい、その感覚と現実の落差が分からなくなるのだ。
ようは焦りって奴だ。
どうするか思案したが少々困ったこともある。
今自分と重ねている奴が出て行ったら、余計追い詰めるかもしれないし…撤退か?
……いや違うな。
俺はレナードの理解者であり親しい友人だ。ここでの撤退がバレたら余計気まずくなる。
「ようレナード寒くなってきたな。街道は人が多くてやりにくいし」
「おはようユウキ。思いのほか多くて焦ったよ」
平静を装って笑顔で答えるレナード。
先ほどの慟哭が嘘のように静かな答えだった。
「久しぶりに…やるか?組手」
「…うん。聞こえてた?」
「あぁバッチリとな。だから組手だ」
「ありがとう。本当にボクは弱いままだ」
俺は不意打ちでレナードの胸を強打しようとした。
ーッ!
だがそれは叶わない。
切返しに首筋に冷たい感触を受け、レナードが俺の命を手首の動きで奪える状況である事を認識する。
(眼が…スイッチが入りっぱなしだな)
これじゃ組手じゃなくて果たし合いになっちまう。
俺は構わず側転して刀を外すと、勢いで刀を蹴り上げて吹き飛ばそうとした。
「甘い、光よ」
こいつ、正気かッ!?
俺は魔力を解放して地面を殴り距離を取る。
だがそれを予測していたレナードは跳躍した。
《二刀・八陣》
左右から縦横無尽に、時に体制を変えてフェイントを織り交ぜてくる。
魔力の残滓にフェイントが混ざられ、予測困難な乱撃を放つ。その動きは流れるようで一切の無駄がない。
俺も一段階引き上げて、姿勢を低くし地を走って回避する。
だが逃げ回るだけではない。大木を蹴り上空からレナードの死角を突くんだ。
「はぁぁぁぁ!」
足に圧縮した空気を発生させ、一気に上空から振り下ろす。
「甘いと言う!」
刀に風を纏わせ光の粒子は乱気流のように散り散りに飛び回り、交差した二刀を上空に向けて凪いた。
《二刀・絶空》
二つの力がぶつかり木々は吹き飛び、周囲は地肌が剥き出しになる。
「これを受けきるんだね」




