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皇帝と皇女(2)

 皇帝の様子がおかしくないか?

 彼は初めて会ったとき“余”とは一度も言わなかった。


 考えても選のない答えばかりが堂々巡りとなる。

 しかも皇帝は内輪もめを長々と聞いている気はない様だった。


「話はまとまったか?フェニキアよ前へ」

「はい、お父様」


 そこで皆がフェニキアの方を振り返ると、確かにレナードの横にいる。

 俺たちが良く知るフェニキアがだ。


「誰だ!?フェニキアならここに居るぞ!」

「あの子は影武者ですわ。お父様は本当にどうされて…」

「なぜ今影武者が?」

「偽物を出して何がしたいんですか?」


 影武者とは本当の要人を逃がすための囮であったり、病欠できない会議などで決められた資料を持って出席するのが仕事だ。

 本人がいるのに眼前に姿を現すのは無意味である。


「《点穴》とは、かくも厄介な代物だな。真偽とは何か?重要なのはそこではない」

「素質があれば影武者を真の皇女として民衆を騙すと!?」


 レナードの言葉にフェニキアはハッと息をのみ、俺は力の限り歯を食いしばった。

 ギリギリと歯が鳴るのを感じるが、これを苛立たずに居られるだろうか。



「余は騙しはしない。ただ民衆は指導力とその強さを求め、そして名を改める。それがゾディアック帝国である」


 皇帝の言葉を受け、偽フェニキアは一歩前に出る。


「傾聴せよ!私はフェニキア・ゾディアックにある。国を乱す不埒な蜥蜴と愚かな国賊に裁量の施しを示せ!」


「「「オオオオオォォォォォ!!!」」」


「来るぞ!死なせたくなければ殺せ!」

「「ユウキ!」」

「俺は…俺は…」


 どうする…?向かってくる敵を殺すしか止める方法はないのか?

 だけどこのままだとタイミングが良いのか悪いのか、リザードマンもこの地にいるから全面戦争になるぞ!


 俺が手をこまねいていると、フェニキアがそっと手を振り払った。

 すると突然前線の兵士たちの足が動かなくなり、一列横隊全ての兵が前方に倒れこむ。


「私を誰と心得る?」

「ふん、今更かような事をしても何の意味も持たぬわ」


 皇帝も同じように手を振り払うと、フェニキアの≪重力≫から解放された兵士たちがそれぞれ起き出す。


「止まるな!稚拙な地力など取るに足らず、殺されたくなくば進め!」


 帝国兵の進軍に満足した皇帝からはニヤリとした笑みが漏れる。

 その顔に醜悪な感情が渦巻くのを感じた瞬間、フェニキアが急にうめき声をあげた。


「あッ…うぅ…!」


 皇帝が何かを握るような仕草をすると、フェニキアは苦悶の表情のまま手足を縛られたように浮遊していく。


「偽物にはご退場願おう。なぁ?」

「えぇ、フェニキアがフェニキアですわ…ふふっ」


 偽フェニキアは水を得た魚とばかりに愉悦に浸り、顔からこの上ない至福が溢れていた。


 彼女は今まで影武者として生活していたのが、一転した。

 突如として皇帝から『今日からお前がフェニキアだ』と言われれば、それは飛ぶほど喜ぶだろう。


「フェニキア!今助けます!」

「来ては…なりま…せんっ!」

「なぜ!」


 レナードが助けようとした所を、俺は慌てて静止に入る。

 俺の≪点穴≫にはフェニキアを取り巻く状況がはっきり見えていた。フェニキアを握る様に魔力の渦が絡めている。


「レナード!1mは重力場を受けている!ミイラ取りがミイラになるぞ!」

「≪重力≫は、周囲…に影…を及ぼし…ッ!」



 前方から刻一刻と近づく帝国軍の軍団。

 傍らでは本当のフェニキアが皇帝から直接攻撃を受けるも、手出しのしようがない状況だ。


「チィ!厄介だぜ皇帝陛下殿よ…本当の娘を殺す気かッ!」

「時に必要となろう。余は人さえも超越した、全て統べる者となるのだ!アーハッハッハ!」

「クレイジーだぜ。少し硬い所はあったが着火する酒のような狂気はなかった!」


 終焉への絨毯は敷かれた。

 だれも進む足を止めることはできなかった。


「…ぁっ…おとう…さぁ………」


 ドサッ…


 圧迫する≪重力≫から解き放たれ、人がボロキレのように地に落ちる。

 フェニキアの中で、大事な何かが切れていた。


「「フェニキアァァァァァァ!!」」


 嘘だと言いたい!

 固有血技と言えど、これほど距離が離れて人を簡単に殺せるのか?!


「アリサ、ルイン!フェニキアの介抱を!」


 だが、そんなことは無駄とばかりに目の前のフェニキアは訴えていた。

 そう象徴するかのように手足に力は入っていなかった。


「おのれ皇帝!彼女は帝国の救いだった!なぜ殺したッ!!!」


 誰の叫びとも思えぬ声が木霊し、レナードは皇帝に怒りの限りをぶつけた。


「救いかどうかは余が判断する。心地よい負の衝動よ」

「そうねお父様。偽善の風が吹くわ」


 プチッ


 レナードの中で何かが切れた。

 魔力があふれ出し≪光の翼≫を形成していく。


 だが今までと何かが違う。

 俺の眼にはハッキリとその正体が映し出されていくのが分かった。


(なっ…なんだあれは…)


 今まで純白だった翼は、漆黒へと変わり禍々しさが感じられる。

 とても普通ではない状況だ、何か良くないことになりそうな気がしてならない。


「フェニキア…護れなかった…」

「レナード待て!過剰だ、周りを巻き込む!」


「…へぇ、ユウキには見えるんだ。でもさ、滅べばいいと思う…みんな」


 レナードの奴、完全に正気を失ってやがる!

 俺もキレそうだったけど、もっとやばい奴が出たせいで冷静になったのが分かった…


 あの漆黒の翼は≪光の翼≫なんかじゃない。もっとこう、禍々しいものを感じる!



 やがて空気を引き裂くような轟音が響き、一本の雷鳴がレナードへと直撃した。

 レナードの持つ刀は雷を帯び輝きを帯びていた。だが神々しさなど何処にもない。


「おいレナード!何が起きてんだクソッ!」


≪天満の翼≫


「地平線に穿つ一閃。それは浄化と共に怨嗟の轟を受けろ。全員誅殺だよ、ユウキ」


 二本の刀を鞘から引き抜き、魔力を凝縮させていく。

 放出される魔力は漆黒の翼を大きくして行き、刀は雷鳴を響かせる。


虚空見(そらみつ)


『待って!それを放たないで』


 !?


「フェニ…キア…?」


 確かにフェニキアの声が聞こえた。

 だが本人は倒れたままだし、偽フェニキアはレナードの豹変ぷりに逃げ出している。


 すると突然フェニキアが燃え上がった。


「お、おい!アリサ燃えてるぞ!」

「ちっ違うわ!私じゃない!」

「ボクも違うよ!」


 だが様子がおかしい。

 フェニキアの全身から溢れんばかりの魔力が濃縮されており、その躯体は炎に包まれて起き上がり出した。


 ゆっくりと、だが確実に開かれる瞳。


 俺はそれを見て一瞬にして心の中が満たされるような感覚が全身を襲った。

 それは気心知れた友人と馬鹿騒ぎをするような心地よさ。


 そして俺は、その瞳の姿を今、初めて見ることになった。



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