皇帝と皇女(1)
俺は目を隠した腕をどけると、そこは来た時に見たパーミスト洞穴の入り口だった。
転移魔法陣は無事に作動したようだ。
そして早速何やら賑やかな声が聞こえてくるが、おかしい。
ここは辺境の高難易度ダンジョンだ。入らなくても周囲には危険な魔物が多く生息している。
そんな場所でキャンプ?どんなバカ達ですか。
「やはり一人で行かせたのは間違いだったのでは。人族と同行するなど…」
「しかし遠征で世話になったとも…」
警戒して近づくにつれ、話の内容が聞き取れるようになってくる。
凡そ見当が付いたところで、一人の男が声を張り上げた。
「皆御苦労!俺はこの通り健康そのものであるッ!」
その声に皆が騒然としてバッっと振り向き、声の主に歓声が上がった。
俺達も後に続いて小高い丘に登ると、その全貌が伺える。
リザードマンたちがレクサスの遠征に心配してきてくれたのだ。
「よう、上手く行ったか?秘密の泡々ジュースも準備してるぜ。“おしとやかな人”も無事なようだな」
リザードマン達の中に紛れて一人の男が声をかけて来た。ガルシアだ。
そういえば神無砦で酒場のマスターに大金はたいて情報を聞いていたな。
「“おしとやかな人”?」
「おう、フェニキア嬢。中庭は無事か?」
「嫌ですわ叔父さま。私少しだけ鬱憤が溜まっただけですわ」
そりゃ箝口令も敷かれますわ。
固有血技や魔力が暴走するって…自分も人のこと言えないけど、人でありえるの?
「ボク貰おうかな!」
「待てっ!」
俺は慌ててルインの腰に手を撒き、抱き寄せるように引っ張った。
ここでベロンベロンになったら大変な事になる。
それこそ大惨事だ。
「んもぅ、大胆なんだからぁ」
「俺は見ている方でも構わねぇぜ」
このオッサン一度泣かした方が良いかもしれない。
この場の全員がそう思っていた。
皆無事にダンジョンを攻略した事に安堵し、浮き足立っていた。それほどまでにパーミスト洞穴の難易度は高い。
それを後も容易く攻略したメンバーはやはり強いのだと思う。
俺は先程の戦闘を思い返していた。
ルインやレナードは弱くないし身体の基礎能力を向上させれば良い。まだ身体は育ちそうだしな。
それよりもアリサだ。
魔導師としての成長は著しい。
だが群鳥の戦いで見せた精神力の弱さと、接近された時の度胸がない。
だが接近戦が弱い訳じゃない。《真・ストロング》を使えば並の敵では相手にならないはずだ。
しかし、目の前で繰り出される攻撃を受けながらでは話が違う。
例えるなら確実に体の何処かに飛んでくる投擲マシーンを相手に、5メートル離れてバッティング出来るか?
まず無理だ。
前世の俺なら逃げ出すし、やったとしても避けたり打ち返す自信など微塵も感じられない。
組手で修行するのが一番良いか?
「…キ、ユウキ!」
ハッとして声の方を振り向いくと、ガルシアが何やら心配したように見ている。
「すみません、今後のことを考えていました」
「良くない事があったか?」
ダンジョンの最深層でナルシッサ・ブレイクの思念体と出会い、魔族との戦いがある事を語った。
その時、魔族と直接交戦したことも含めてだ。
「そうか、俺に出来ることがあれば言ってくれ」
「はい、ただガルシアさんには帝国の方を…」
「ちげぇねえ!ハハハッ!…カミさん護らねぇとな」
ガルシアさんはおちゃらけているようで、いつもココぞ!と言う時は真剣になる。
そういえば、この人はこう言う人だったな。
旅の疲れもあったのだろうが、俺は何か大きな勘違いをしていた気がする。
一先ず休憩が済めば帝国へ戻る事にしよう。皇帝と話してから王都に一度帰還して…
「おっ、出向く手間が省けたか?」
「えっ?あれって帝国軍?」
ガルシアさんとレナードの言葉に遠くを見る。まだ距離があり見えにくいが、たしかに大勢の人の気配を感じる。
だがおかしい。
皇帝は俺にパーミスト洞穴の攻略を頼んだし、彼自身が一度攻略を果たしている。
ここに出向く理由はなかった。
「これで少し楽に帰れるわ…ちょっと疲れたもの」
「…良いこと無さそうだね」
「えっ?なんで?」
アリサは楽観視したようだが、ルインは俺と同様警戒したようだ。
年齢に見合わず直感で警戒できるのは、やはりその命を前面に出した“仕事”をしていた事が関係しているのだろう。
「話し合いで終われば良いな。今リザードマンも居るから最悪は起きちゃいけない」
その言葉に俺は頷いた。
やがて帝国軍との距離が縮まり、皇帝と思しき人物に向けてガルシアさんは声を張り上げた。
「大勢そろってピクニックか?火山に来るとはいいセンスだな」
「ふん、貴様の小言も聞き飽きたわ。ユウキ・ブレイク、宝物をこちらに渡せ」
目的はナルシッサの宝物か?だがそれなら居城で待てば自ずとやってくる。
出兵してまでくる必要は皆無だし、何を急いでいるのだ?
「貴方が望むような物は何もなかったわ」
「そだねぇ、ちょっと違ったね」
「見え透いた嘘を。余は世界を手に、世界は余を求めている」
「ん?」
「どうしたのユウキ?」
「いや何でもない。それよりも形として残る物は何もなかったのは事実です」
今の返答にあまり納得した手応えはなかった。
リザードマンの手前、本気で手短に用件を済ませたかった。
「魔族ってぇのはどうした?あれとチチクリあう軍団じゃなかったのか?」
「愚かな。嫌でもこちらに渡して貰うぞ」
ガルシアは覚悟を決めたようにサングラスを取り出すと、こちらを一瞥してくる。
神無砦のやり取りが脳裏をよぎった。
「覚悟は決めたか?キングが進めと命じればポーンはただ前に進む」
「それでも人でしょう?ならば…」
「自身が人であることを殺すのが戦争だ!!」
ーッ!!
話を信じてくれないのでは、本当に力で解決するしか道は…




