リザードマンの拠点(4)
ガルシアの登場にも驚いたが、まさかリザードマンの妻がいるとは思いもよらなかった。
だが俺も人のことを言えた義理ではない。
ルインとアリサが、ジトっとした瞳で見る視線が痛いほど突き刺さる。そちらを見ないようにしながらも苦笑いしながら頭をかいてガルシアに同意した。
「種族は関係ないよね。うん、ゴブリンでもリザードマンでも」
「流石に良いこと仰います。皆そう思えば戦争など起きないのですが」
「ですよねぇ、ゴブリンの妻なんて他に居ないですもの!」
「そうだねぇ、ボクも一人しか知らなかったよ」
「うっ…」
そのやり取りを見ていたガルシアが豪快に笑った。
「がはは!流石ボストンの子だ!ゴブリンの妻がいるのか?こりゃすげぇ!」
「妻候補が一人なら笑って終わったさね」
「「……」」
やばい、何かヤバイ空気になった気がする!強制的に話題を変えねば!
そう思っていると、レクサスが唐突にある女性の方を見て訝しげな表情をした。彼も知らない人物がここに居るのだ。
「そこの淑女は誰だ?」
突然話題を振られたフェニキアは、周囲リザードマンだらけと言う状況に若干飲み込まれつつあった。
オドオドとした感じが見られてレナードが補助しようとした時、ガルシアが目を丸くして呟いた。
「…皇女様!?」
「えっ?」
レクサスの素っ頓狂な声が周囲に漏れると、侍女が臨戦態勢をとり空気が一気に切り替わった。
またヤバイ!誤解を解かないと!
「この方は皇女様ですが、リザードマンと戦う兵士ではありません」
レナードの凛とした口調に耳を傾けるが、やはり一度張った緊張の糸はなかなか解れることを知らない。
「やめなさい!帝国皇女様に無礼千万、直ぐに矛を下げなさい」
エミリーの一括で侍女はすぐに戦闘態勢を解き、一礼して一歩下がる。そのやり取りでエミリーさんの発言力の高さが浮かばれた。
「私はその…怖いです。ごめんなさい、戦える人間ではありせんのでご容赦下さい」
「大丈夫です、分かって頂けます」
その言葉を聞いてレクサスは優しく微笑み頷くと、安心させるように告げた。
「良い。皇帝が何を考えるか分からないが、貴女に敵意は無いのであろう?ならば同じ誤ちは繰り返すまい」
それを聞いて足の力が抜けたのか、ヘロヘロと落ちそうになるのをレナードを腰から支えて立たせた。
曲がりなりにも、今ここに立つ皇女が地に尻をつく事は許されない。
(ありがとうございます…)
レナードはフェニキアに対して何も言わず、ガルシアに話題を変えるように問いかけた。
「神無砦でのやり取りは、この事が関係していると見て良いですか?」
「あぁ、皇帝とぶつかっちまった」
はて?
冒険者は言わずもがな。帝国の人間であったとしても、少々事が大きすぎでは無いか?
皇帝の旧友とは、そこまで追い詰められる者なのであろうか?
「一般市民が、なぜ政府に命まで?」
「……」
沈黙が回答。
これは如何ともし難い事であるが、質問を変えるか?
だが、そこでガルシアは口を開いた。
「帝国のエージェントだ」
「「えっ?」」
帝国のエージェント?いつからだ?
王都騎士団に入団して父さんと出会ったのはこちらの仕事があるから、たまたまだったのか?
更にこの場ではレクサスまで驚いてガルシアを見ていた。そこまで聞かされていなかったのであろう。
「俺は帝国に尽くして生きてきたが、世界を…お前たちを見て如何に不毛であったかを悟った」
「だから俺の宣告が『平穏だった者を陥れるほど危険だった』と言ったのですか?」
イライラするなぁ…!
ガルシアがどのように生きてきて、何を見知って行動してきたかの全ては知らない。
けど、その卑屈を全部自分のせいにされたら、誰だって怒るさ!
「あの宣告がなければ俺達が平穏だったのも事実だ」
「それはバレるバレないの話でしょう!俺や獣人を巻き込んでいるのはガルシアさんですよ!」
ふざけるな……
自分の取り巻く環境が劣悪になってきているのか?
いや違う。
友もいて楽しい旅で環境も悪くないし、自分の行動理念は常に正義をもって動いているつもりだ。
この人が言う事が無茶苦茶すぎる!
「俺と言う存在が居るだけで危険なのも承知。だが順序を誤ったと俺は感じる」
「順序は間違っていない!あのポークバーグで見せた光景が全てだ!」
「Be cool…いや、俺の方か。確かにそうだ。だがバーで飲んでいるだけで、矢が散髪してくれる世界を知らなかっただろう」
「それは…いや、でもおかしい!」
「世界同時発信は早すぎた、という話だ。まぁそれは何とか王って言うクソジジイのせいだがな。自分が見た世界が全てだと勘違いしないでくれ」
無茶苦茶だ…
これじゃ話にもならない。自分の過去の汚点を人に擦り付けようとしているとしか思えなかった。
エージェントなんかやってなければ、命を狙われなかった。
俺と王の発信で命が狙われたのはお門違いだ!
「ユウキ…少し落ち着いて」
誰かの震える手が、俺の肩に触れた気がした。
だが俺にそいつの顔は見えていなかった。
「黙っていたらこいつに全部罪を背負わされる事になる!」
「ユウキ、お前には見えないのか?」
「はっ?」
レクサス……
お前まで何を変な事を…
この場にいる者全てが敵に見えて仕方がない。
俺は……俺は何のために戦争を止めて和解させ、何のために今こんな辺境の地に居るんだ?!
それはここに居る者達の未来を含めてのことだ。
託された架け橋という重役を背負い、誰にも助言されずに立場を背に皆で丸投げしてくる!
それは沸点を超えてもいい蛮行だ!
「寄ってたかって背中の荷物を勝手に増やして…それを持って一つ一つ解決して来いと…言うだけ言う…!」
俺の言葉一つ一つに皆が聞き耳を立てるが、頷く者は一人もいない。
一人も。
俺に味方は居ないのか?!
「先祖は勝手な事して荒らして、その責任を子孫に押し付ける!
…行動も起こさない者が後になって文句だけ言う……!!」
「ユ…ユウキ!だめ!!」
(あぁ、馬鹿らしい)
パーミスト洞穴にあいつが残した何かがあるって?そんなものクソの役にも立たない。
魔族の侵攻?ついぞ250年何もなかった。
「俺はお前らの、道具じゃ…ない!!」
「「ユウキ!わかってる!」」
分かってねぇ。
分かっているのは、俺が我慢している事実だけだ!!
全身から溢れ出る魔力の霧が隧道内を覆い、光苔の明かりは徐々に失われていく。
そんな中で久しぶりに聞く声が響き渡る。
“全てを破壊すれば全てが還る”
「あぁそうさ。こんなクソみたいな世界、最初から無ければ良かったんだ」
“ならば破壊しろ。辿り着いた答えは引き返せる”
「間違っていたよ。お前が最初に言った事がやはり正しい」
「ユウキ!?誰と話してる!?」
レナード、お前は本当に優しい俺の友人だったよ。この世界では良い奴も居たが、ゴミが多すぎる。
『ルイン!マズいぞ。真龍に飲まれそうだ!』
「真龍に飲まれる?あの殺戮と破壊の衝動?」
「ルインまで誰と会話しているの!?わっ!」
アリサが魔力風に当てられて顔をしかめる。
周りでは侍女がエミリーを庇い、ガルシアもサラを守るように剣を構えている。
「分かっちゃいるが…俺もクソ野郎の仲間入りだな。今度肥溜めを探そう」
「貴方も話の順番が悪いわ」
「あぁ雪山でツルツル頭からスキーして頭冷やすぜ」
「ふふ、クレパスに気を付けて」
「そんときゃ氷碑になるさ。ここでスキーをしないで下さいってな」
(黙れ黙れ!…俺に責任転嫁して仲良く喋ってんじゃねぇ!その幸せの反力ベクトルは俺に来てんだよ!!)
更に激しくなる魔力風は、隧道全体を揺るがすほどの地響きを唸らせて増していた。




