リザードマンの拠点(3)
丘に進むと、やがて幾多もある黒い点々とした物が目に入るようになった。
何だあれは?
よく目を凝らすと、それは地下深くへと誘われる素掘りの隧道。
外からは明かりが見えず、中の様子は窺い知らないが、よくこんな穴の中で生活できるものかと感心した。
先程の奇襲もそうだが、リザードマンは視界を遮った状態でも分かる、何か器官のような物が発達しているのだろうか。
やがて穴の一つで一際大きい、横幅3mほどの隧道坑門前に来ると、その異様な姿に呆気にとられてしまった。
「すごい…」
そう、レンガを蹄型のアーチ状にした隧道で、坑門ではまるで城壁のような素晴らしき意匠が来るものを圧倒する。
大きさ以上に威圧を感じるそれは、入るものを拒むかのように口を開けている。
誰が言ったのか分からなかった一言に、リザードマンは気を良くしたのか初めて口元を緩めたのだった。
「これの良さが分かるか。しばし待たれよ」
若いリザードマンは待つように言って中へと入って行った。
念のため警戒するように部下に告げて。
やがて隧道内にリザードマンの姿が、陽光に当てられて見えてくる。
その姿はよく知った人物だった。
だが前回の戦闘的な格好とは異なり、装飾豪華な首飾りや腕輪が目立つ。それは僅かに魔力を帯びており、一つ一つが強力な結界のようであった。
「久しいな、盟友よ」
「「「レクサス!」」」
「皆まで言うな。この者達は無害だ、持ち場に戻ると良い」
「ハッ!」
挨拶もそこそこに、レクサスは奥へと案内してくれた。中は入り組んでおり、松明の明かりを頼りに内部へと誘っていく。
到底リザードマンの先導なしには進めたものでは無かった。
「レクサス、この中を全部把握しているの?」
「ん?しとらん。だがこれがある」
そう言ってレクサスはニヤリと口角を上げると、額にあたる部分がパクリと割れてそれは現れた。
それを見た俺たちは声を失って口をパクパクさせるだけである。
大きな黒眼がギョロリと見開く第三の瞳。
それは爬虫類の獣人であるリザードマンを象徴する物であるが、隠していたこともあり人族にはあまり知られていなかった。
「わぉ!かっくいい!ボクも欲しい!」
「なんか違う。ルイン落ち着け」
「眼であろう?まだあるが、それは普段使わないし使う必要がない。まぁユウキとの闘いでは使ったがな」
「えっ?」
言われて俺は思い返した。
レクサスは槍を両手に構え、凄まじい速度で縦横無尽に放ってきた。回避してもその先に、フェイントを入れても騙されずに。
《点穴》を全開に魔力の残滓から攻撃予知をしたが、とてもすべてを捌き切れなかった程だ。
それは獣人といえど常軌を逸した正確さであり、固有血技の《俊敏の軌跡》を使ったとしても、人には無い何かを持たないとコントロール出来ない技と言えた。
「みんな持ってるの?」
「いや、通常は第三眼までだ。第四眼は持つ物が限られる。言うなよ?」
「言って得はないよ。ボク達は少し浮いてるからね」
それを聞いてレクサスは難しい顔をした。そしてやや心配するように問いかけてくる。
「あの時は安心したが、帝国は上手くないか?」
「悪くない。悪いのは過去の呪縛だ」
ナルシッサ…やはりあいつが気になる。
例え人族が魔族に対抗するためだったとしても、常在戦場意識を植え付け獣人と戦う道だけしか示さなかった女。
それはリザードマンを踏み台にした最悪のシナリオであり、必要だと決め付けたアイツが許せない。
「呪縛だと?」
「俺の先祖が帝国の礎を築き、闘争を認可した。それが今でも帝国領の人族の意識にある」
顎に手を当てて考えるレクサスは、何を思うのだろうか。彼は何も言わずに歩を進めている。
「もう少し…前を見ていると思ったがな」
(……?)
突然の呟きに何を言われたか分からなかった。前だけを?
ーー見ているさ。
だけど、どう考えても戦争当時のやり取りが今も尾を引いている。それは間違い無いし過去を考えずに未来へは進めない。
「ま、かの者に会えば分かるか」
「誰かいるの?」
「お前たち同様に特異な人族だ。さ、着いたぞ」
そう言うレクサスの前には、隧道内の天井が崩落して閉塞していた場所であった。
だがレクサスは構わず瓦礫に手を翳すと、それは突然起こった。
土壁に波紋が広がりやがては重厚な扉が現れたのだ。
だが俺達はそれを見たことがあった。
「学園長の部屋と同じなのね」
「俺も仕組みまでは知らないし、誰が作ったかも知らん」
レクサスが扉を開けて中へと入ると俺たちも後に続き入った。
そこは広いドーム状に開けており土壁の表面が光っていた。
そっと手で触れると、そこからフワッとキラキラした物が飛び消えていく。光苔の一種であるようだった。
「エミリー!今帰ったぞ」
すると奥から一人の女性リザードマンが現れた。レクサス同様豪華絢爛な装飾をしており、侍女が待機している。
「お帰りなさい。その御仁がそうなのね?」
「あぁ、世話になったし彼奴のおかげで俺は今ここにいる」
「そう、主人をありがとうございます」
そう言って頭を下げるエミリーさん。俺は宿屋ポークバーグの一件で怖い女性を想定していたが、どこか女王の風格を持つ彼女に驚いてしまった。
「いえ頭をあげてください。リザードマンの情勢を聞いていますし、仕方がありません」
「そうです。戦争は良くありませんでしたが、僕たちは彼が未来を見た一つの選択をしたと考えています」
レナードも同じ考えを持っていたようだった。巻き込まれた物たちは居ないし、レクサスは戦時に人族には手を出さないと明言していた。
これは俺しか知らない情報だが、彼ら通じて何か思うところがあったのだろう。
それにエミリーは笑顔で答えた。
「やはり…お若いのに良い資質をお持ちですね。彼をここに」
侍女の一人が奥へと向かい、やがて一人の男性が姿を現した。
それはよく見知った人物であった。
「遅かったな。待ちすぎてニートになっちまう所だったぜ」
「ガ…ガルシアさん!?」
「おう、ディナーの準備は…俺のする所じゃねぇな」
「何故ここに!」
レクサスは俺たちの方を見ると、何を考えているのか初めて見るような優しい目で俺を見てきた。
「ガルシアは帝国の人間だが、一人でここへやって来た。さっき言った変わり者だよ」
ガルシアは帝国の人間に追われていた。
ここでやっと一つ合点が行き、彼は一人で帝国と戦っていたのだと悟った。
でも帝国と言う強大な味方を敵に回してでも一人戦う理由が思い付かなかったし、彼がそれによって命を危険に晒すのは何故だ?
「ガルシアさん、何故戦うのですか?」
「それを俺に聞くか?お前のように上手くいかない奴もいるのさ。紹介しよう」
すると更に奥から別の女性リザードマンがやって来た。その者は頭を下げると挨拶をする。
「お初にお目にかかります。ガルシアの妻のサラです」
「「「…ーはッ!?」」」
「ガルシアさん、ボクは変わっていると思ったけど、特殊な性癖を…」
流石のルインも口をアングリとあけて驚いていた。
「ちとカテぇって言っただろ?」
「「「そう言う硬さなの?!」」」




