世界で初めてのスポーツ
謁見の間に居た男が、皇帝の後に続く様に促す。
「帝国のやり方故容赦を。相手を説き伏せるには拳を合わせ剣撃を放て、と」
俺たちは通路を進みやがて広い通路へと出ると、急に皇帝の足が止まった。まだ闘技場に着いたとは思えない。
「部屋に行けと言ったはずだが?」
「えぇ、一度戻りまた出てきました」
凛とした声で告げる主は、先ほど皇帝に会う前にすれ違った女性であった。
「誰に似たのか。良い、後で用がある」
それだけ言うと皇帝はさらに奥へと進み始めた。
通り過ぎ様にレナードが女性に対して感嘆の意を評して声をかけた。
「逞しいんだね。羨ましいよ」
「あら?これ位しないと窮屈ですわ」
その口答え一つが如何に難しいものかレナードは知っている。それ故にその回答に笑顔を向ける事しかできなかった。
やがて闘技場のような円形の広場に出ると、外の空気の悪さにむせ返りそうになる。
「皇帝、ここの空気悪すぎじゃない?ボク達を空気で殺すつもりなの?」
「確かに悪い。だがこの仕事がないと国が成り立たない」
国民全員に仕事を斡旋することは、何か仕事を用意する必要があった。
さらに帝国領は製鉄や鍛造・鋳造技術に優れ、火山地帯が豊富にある事から有数の鉄産業国家である。
「この国武具製造技術は大陸随一です。我々はそれに誇りを持っております」
側近の男が説明を付け加えると、時計を出して皇帝を見た。それに皇帝が頷きマントを翻すと、槍を一本取り出し構えた。
「貴殿の言うスポーツに興じよう。ルールは戦闘不能か5分経過で良いか?」
「ええ、それとフェアじゃないので一対一でお願いします」
それに皇帝がニヤリと笑うと、俺は武器を持たずに構えた。
「格闘術か?」
「ナックルは壊れたので素手で」
必要な会話は終わり、側近がコインを手に持ち時計を見つめる。
誰もが側近のコインを見つめる中、俺達は互いに魔力を解放した。
キンッ!
コインが弾かれ宙を舞う音が響きわたった。
戦闘態勢に入り次第に神経が昂るのを感じる。目の前のコインの回転さえ見えるほど、時間の感覚がスローになっていく。
ゆっくりと落ちるコイン。
それが今…地面を叩いた。
俺は槍の死角となる内側に入るよう、一気に加速して《ファストブロー》を仕掛ける。
対する皇帝は槍先に風を纏い一気に突き出す。
それは初手を完全に予測した動きである。慣性を付けて突貫した勢いがそのままカウンターの一撃へと転じる。
吹き飛ばされる!
そう近くした時には凄まじい勢いで後退するのを感じ、そして外壁へ激突した。
…効いた。
背中の筋に微妙に痛みを感じるが、今は闘争中。考える前に行動した。
起き上がり魔力を更に高めて真紅のヴェールを確かにしていくが、皇帝は待ってくれない。
《テンペストロア》
闘技場全体を強風が襲い、やがては竜巻へとその姿を変えて襲いかかる。
(発動が早すぎる!無詠唱なみの早さだ!!)
赤龍の魔力を上げ、自信の周囲には雷光瞬く真紅のヴェールがその姿を表す。
俺は一気に加速して竜巻に近づくと、右腕を突き出し一気に魔力を解放した。
《龍の息吹》
竜巻に圧縮した魔力を放ち一気に解放すると、辺り一面を凄まじい破壊の渦が襲う。
スーッ…ズガァァァァン!!
破壊の衝撃の最中、点穴で確認していた皇帝の魔力を一瞬見失った。
!?ー…おかしい、居ない!
すぐに《点穴》で魔力の流れから場所を特定すると…
「上か!」
「遅い!」
《ガストスピラー!》
《烈風華!》
互いの渾身の一撃が激突し、辺り一面衝撃波で地が割れ、大きなクレーターを残した。
真紅の花弁が咲き誇り、それを貫いた所で槍が先端から捻切れた。
ヒュンヒュン…カランカラン…
槍の矛先が吹き飛び、転がる音が闘技場を支配する。
「続けますか?」
「…頭が高い、弁えよ」
皇帝が右手を突き出すと、突然立っていられなくなった。必死に立とうとするも、腕で体を支えるのが精一杯だ。
「なんっ!クッ!」
「ほう?まだ落ちぬか」
(グライス、力を借りるぞ!)
「うおおおおおおぉぉぉぉ!!」
《ストロング・極》
ストロングにより強大な身体能力を手に、一気に立ち上がると一歩、また一歩と歩みを始める。
ここで初めて皇帝に焦りが生じた。
「馬鹿な!だがまだ!!」
更に体を締め付ける様な感覚が全身を襲う。
だが歩みを止めない。
踏み出す足は地にめり込み、一歩動かすと大きな音を立てる。
ストロングにより魔力が底無しに消費されていく。
真紅の瞳の輝きは更に増していき、皇帝を威圧した。
この時、皇帝は恐怖ししていた。未だかつてこの状況で動けた者は居ない。
「何なのだ貴殿は!」
「俺も…知りたい!!」
最後は地面に足跡を残しながら走り出し、一気に皇帝を殴りつけた。
ズンッ!!
吹き飛ばす勢いで殴ったはずだが、皇帝はその場に膝をついただけに留まった。
「時間だ!双方矛を収められよ!!」
その言葉に先程までの圧力は嘘の様に消え失せた。
多量の魔力を消費して激しい倦怠感が襲い、その場に倒れ込んでしまった。
「「「ユウキ!」」」
3人が駆け寄って覗き込んでくる。
意識はあるが少し動けそうになかった。
「大丈夫…魔力切れ、だから…」
「ボクの膝を枕にして」
そう言ってルインは膝枕をしてくれた。
頭に他人のモモの柔らかさが伝わり、枕にはない不思議な心地よさがあった。
「ありがとう、助かる」
「わ、私だっていつでも良いからね!」
「僕もしてあげようか?」
「そいつは勘弁してくれ」
皇帝の事などそっちのけで4人は笑い合い、皇帝は優しくそれを見守るのであった。
何故なら皇帝はそれを羨ましいと感じていたらだ。この国の頂点と言うことは、刺客は多く友人は少ない。
そして今の戦いで完全に敗北感を味わっていた。
皇帝は固有血技の《重力》を使用して勝つ気でいたのだが、加減したとは言え見事にそれを凌駕されてしまった。
故に獣士についても前向きに検討しようと考えていた。
「ユウキと言うのだな、貴殿の願いを聞き入れる前に一仕事依頼したい」
そう言えば使者としてしか挨拶をしていなかった。
ちょっとやっちまった感が否めない中、譲歩した交渉を取ることにした。
「ありがとうございます。依頼とは?」
「娘を連れてパーミスト洞穴と言うダンジョンに挑んで欲しい」
そこで皇帝は先程のユウキの真紅の瞳を思い、ある事を口にした。
「貴殿らは赤龍を知るか?」
赤龍と言う単語に皆が反応した。
それはユウキに取って切っても切り離せない関係があったからだ。




