黒城
寝起きは最悪の一言だった。
久しぶりのベットとまともな食事にありつけて満足していたのは事実だった。
だが煩い。とにかく煩い。
安眠妨害が当たり前のこの街では、昼夜問わずに轟音を響かせて仕事がされていた。
「レナード、最高の朝だな」
むくりと起き上がり、頭を掻き毟る相棒に声をかけた。どうやら似たような心情のようである。
「僕の気分は今にも天に召されそうさ」
二人はため息を吐いて宿屋一階の食堂へと足を運ぶと、ルインとアリサも既に来ていた。
「おはよう、最高の朝だな」
レナードにかけた言葉を再び問いかけると、アリサが物凄くダルそうに「えぇ」と答えた。
「きっもち良いね!やっぱり宿屋のベッドは最高だよ!」
あれ?おかしいな。一人マジで元気な奴がいる。
哀愁漂う3人を尻目に、ルインはキョトンとした顔をして見比べた。
「どしたの?」
盛大にため息を吐いてテーブルに着くと、芋のスープに硬いパンを湿らせて朝食を済ませた。
恐らく前世で言うとフランスパンに近いものであろう。
硬いがスープを良く吸い込み、少し塩っ気の強さがまたアクセントになって美味であった。
「これは美味しいね。食べて元気が少し出てきたかな」
「そうね、サウスホープにはないパンだけど美味しいわ」
「あぁ、米が食いたい」
チェストで少し話したが、17歳に近づくにつれて記憶が鮮明になってきているのだ。
詰まる話が前世の生活も徐々に馴染んできている。
米。
それは日本人の主食であり、記憶があの美味な物を要求し始めているのだ。
「米ならあるけど?」
なんだと!?
その一言に思わずバンッ!と机を叩いて立ち上がった。周りが若干驚き戸惑うが気にしない。
「ドール…ガルスか!?」
「う、うん。気候が涼しくて北の雪山から天然水が流れてくるんだ」
これは素晴らしいモチベーションだ。
もはや生きる気力に等しい情報を得ることができた!
「ユウキが米好きなのは初めて知ったわ」
「いや、アリサも知ってのとおり、生まれてこの方食べたことなし」
「だよね」
「ドールガルスに今度一緒に行こうか」
レナードのお誘いに甘んじて大いに頷いた。
きっとアリサも米を食べたらその虜になるに違いないが、それはまた今度だな。
次にやるべきは、帝国政府に打診することだがギルドに行っても正直怪しい。
ダルメシアと生活基盤が違いすぎて、冒険者ギルドは当てにできない。
「それならあの黒城に直接いくかい?」
「行って会えるものなのか?」
それにレナードがうなずいた。
城と言っても城門があれば検閲も行う。という事は、単純に政府への手続き申請をする場所もあるという物だ。
俺たちは方向性が決まると、鉄の音がする城下町を抜けて城門へと向かった。
馬車はそのまま宿屋で預かってくれるようなので、貴重品をポーチへと移した。
「おっきねぇ~。ダルメシア城よりこっちの方が大きいかな?」
ルインは手でサイズを図るように四角を作ったり覗き込んだりしていた。
その様子を眺めて、同じように全景が入るように囲ってみる。
「確かにデカイな。それに4本の塔があるけど中庭でもあるのか?」
「修練場かもね。ドールガルスも城塞だから似たようなのがあるよ」
それにやや納得したように進んでいくと、城門が見えてきた。
その手前には冒険者ギルドのような建屋があり『外交受付所』という看板が目に入る。
「ダルメシアの使者として参りました。皇帝への謁見を希望します」
懐からシルバーコインを取り出して受付に見せると、片目に付けたレンズで隅々まで確認していく。
やがて確認が終わったようで、一枚の書類を差し出してきた。
「事前に話は聞いている。まさかこんな子供が来るとは思わなかったがな」
小言を言われたが特に問題はないようで、書類に記載して申請書を提出する。
すると直ぐに城への入場許可証が提示された。
「拒む理由はない。刺客だとしても皇帝を殺すのは無理だろうな」
ククッと笑うと直ぐに次の来客対応に当たる。
それを後目に見ながらレナードは怪訝な顔をして言った。
「どういう事だろう?普通ならもっと厳重に審査されると思うけど」
「ガルシアさんの言う実力主義が、ここまで来ているってことかしら」
「王都から話が通っているだけだと思いたいけどね」
「目の前の敵はぶっ潰せ!ボクの師匠の教えだよっ」
ルインの一言で城にいる衛兵たちが瞳をギラ付かせて睨んでくる。
あれ気のせいか?口角が上がったような…
黒城は近くで見ると余計に威圧を増しくてくる。
どうやら黒色に塗色したレンガ壁が使われているようだが、所々に鋼板を用いた補強がなされている。
「ドールガルスと似たような感じ…かな」
「城塞も鋼板とか使っているのか?」
レナードの話によるとドールガルス城塞は防御に関して類を見ないほど頑強に作られたそうだ。
自分たちも知らない魔法陣が組み込まれていたり、隠し通路が城内にもあるとの事でよく探して遊んだそうだ。
「秘密基地みたいで良いな」
「そうでしょ自慢の城さ。貴族接待以外はね」
ほどなくして城内へと入り通路を進んで行くと、使用人達や衛兵とすれ違う事よくあった。
長い回廊を歩き続け、すれ違った人たちが多く若干慣れてきた所で人とのすれ違い様に違和感を覚えた。
「ん?」
「えっ?」
相手も何かを悟ったようだった。
しかし何と説明してよいか、急に古い知人とすれ違って気が付いたような感覚に近かった。
相手は背の低い10代半ばの女性で、金髪の長い髪をフンワリとレースアップにしていた。
こんなに綺麗なら見たら忘れるはず無いんだけどな。
「すみません、どこかでお会いした事は?」
「いえ、初めて…だと思います」
二人とも頭に??が浮かぶ中顎に手を当てて考えるが、全く思い当たる節がない。
「ユウキ、多分気のせいだよ。ここ帝都だよ?」
「それもそうだな。失礼しました」
「こちらこそ」
女性は深々とお辞儀して背を向けて歩き出した。
なんか不思議な感覚だな、会ったこともないのに。
回廊をそのまま進むと衛兵が立つ大きな赤い扉に着いた。恐らくここが皇帝のいる部屋だ。
俺たちは衛兵にシルバーコインを見せて要件を伝えると、頷いてその重い扉を開けた。
「勝負所だね」
「あぁ、行くぞ」
ここから新たな一歩を踏み出す。
そんな予感をさせた。




