ガルシアの客
「マスター久しぶりだな」
中年で黒髪をオールバックにしたマスターは、声にグラスを磨く手を止めて目を丸くした。
そしてガルシアを見るなり笑顔になって挨拶を返した。
「ガット!久しぶりだな!」
「あぁ景気はどうだ?」
「先ずは頼めよ。ここは酒場だぜ?」
「ポールダンサーは雇ったのか?」
俺たちはやや大人の世界についていけず、一先ずガルシアと同じくカウンターに着いた。
「エールを、こいつらはミルクでも頼む」
「おいおい、さっきも言ったが酒場だぜ?」
「かてぇこと言うな。大事な客人なんだ」
マスターは慣れた手付きで手早く飲み物を用意すると綺麗に並べた。
言葉とは裏腹に仕事は丁寧なようだ。
ガルシアはエールを一気に煽ると、ぷは!っと息を吐く。男気ある人がやると無性にカッコ良く見えてしまう不思議である。
「お前達は帝都に向かうのか?」
「はい、帝都に入ってまずは先方と話をしようと」
帝都でどう言った手続きを踏めば良いのか分からない。だが何にしても行かないと話にならないのだ。
「この国は実力主義だ、恐らくは謁見は楽に出来るが話が通じると良いな」
「僕たちの戦いをするだけですよ」
レナードはどこか覚悟を決めたように応える。しかし一悶着あると面倒だな。
「そっちの二人はもうやったのか?」
「「してません!」」
「チェリーボーイの話じゃねぇ。実戦だよ」
あっとして二人は俯いて顔を真っ赤にしてしまったが、それを見たガルシアは豪快に笑って受け流した。
「若いのは良いってことよ。俺のカミさんも時間があれば紹介してやる」
「へぇ、帝国領にいるんですね」
「まぁな、良い女なんだがちょっとカテぇ」
そこでマスターを見たガルシアは妙な事を聞き出した。
「マスター、最近おしとやかな人はどうしてる?」
それにマスターが真剣な眼差しでガルシアを覗き込み、周囲を警戒した。
店中には机に足を置いて札に興じる者、冒険者らしき男達が酒を飲んで騒いでいる。
「追加料金だ」
「金3」
そこから交渉が始まり、金貨5枚を出してマスターが受け取った。
マスターはやはり周囲を警戒しつつも情報を提供した。
「良くない。この間は帝都の一部に大穴を空けちまった。
あの時の皇帝ときたら、居城をヒートエンドボムで月まで吹き飛ばしちまう所だったぜ」
「そうか、まだ座る椅子が残ってるなら大丈夫だな」
物騒な話だが、帝国内でも何か問題があるようだった。他国には知られたくないのか、箝口令が敷かれたようであった。
「ところでお前らチェストで派手にやったそうだな。さっき聞いたチェストの話がそうだろう」
ここまでの経緯でチェストの郡鳥壊滅の事は話したが、ゴールド級に昇格した話はしていない。
あまり大っぴらに言う事でもないし、風の噂は勝手に人に流れる。
「アリサは死にかけたしねぇ~。ボクも大変だったよ」
「そうよ、あんな経験は二度とごめんだわ」
「ビーチでバカンスって訳じゃなさそうだな」
そんな話をしていると、やがて店の外に人の気配が漂ってきた。
点穴を使える俺は気が付いたが、ガルシアも何故か感づいてサングラスをかけ始めた。
それを見たマスターが怪訝な顔をして少し伏せた。
バン!
勢いよく扉が開かれて、武装した男たちが5人ほど入店してきた。
「Hello、ミスターガルシア。天気がいいのに辛気臭せぇ所に籠るなよ」
「ハッ!俺がどこで嗜もうが勝手だろう。帰ってリバーサイドにでも行ってろ」
「いけねぇ、いけねぇなぁ?そのキレる頭も髪と一緒に剃り落してやるよ」
「お前の剛毛も剃った方がいいんじゃねぇか?見えねえって話で有名だぜ」
男たちは剣とクロスボウを構えると臨戦態勢に入った。
ガルシアはカウンターの内側へと入り込み俺達も慌てて同じように身を隠す。
同時に刺客から放たれたクロスボウの矢が飛び交い瓶が割れ、辺り一面にアルコール臭が立ち込めた。
「SHIT!奴らダーツバーと勘違いしてやがる」
「お前の友達だろう!店が壊れるから帰れ!!」
ガルシアは剣を抜くと、彼から何か変わるスイッチが入るのを感じた。
マスターが射線の途切れを待つと、割れたグラスを鏡にしてカウンターから一気にクロスボウを射出する。
「本日は閉店です!!クソ野郎どもが!」
「ぐあ!」
声が聞こえるが早いか、ガルシアがカウンターから飛び出して一気に跳躍すると、勢いのまま剣を持つ刺客を斬り伏せていく。
相手も直ぐに立て直して反応するが、ガルシアはテーブルを蹴飛ばして盾を作り、クロスボウの攻撃を受け流す。
続いて椅子を放り投げて相手に直撃した所に、マスターがクロスボウを放って仕留めた。
クロスボウを持つ戦力が無くなったのでガルシアは机から飛び出すと、俊足で相手の口に剣を突っ込む。
「ミディアムレアとウィンドスライスどっちが好みだ?」
「あひっ!あっえっ!」
剣が当たるたびに口内が切れるのだろう。男は答えるに答えられないまま尻もちをついて両手を地に付けた。
「子犬のように喋ってくれ。でないと足元が狂ってお前の大事な玉がお婆ちゃんの所に行っちまう」
恐怖で顔を小刻みに揺らして肯定を示すが、プルプルと震える全身がそれを如実に表していた。
「お前のボスは?おっと悪い、これじゃ喋れないな」
そう言って剣を口から少し離すと、剣先から僅かに風を発生させた。
「それを言ったら俺が殺されちまう!」
「お前は王都の役人か?答えは3秒だ」
「帝都だ!それ以上は言えない!」
ガルシアはそれを聞いて剣先から風を纏うと、そのまま口から脳天を貫いて引き切った。
「うぇっぁ」
アリサがあまりの光景に見ていられなくなり、目を背けた。俺はアリサを抱きしめながらも、胃の中から上がってくる物を我慢した。
平然としていたのはマスター、ルインとレナードだった。
「ったく、ガット!修理と清掃費は別だぞ」
「役人が来る前に撤退する。この借りはいつか」
そう言ってポーチから袋を取り出してマスターに放り投げた。
それを受け取ったマスターは頷いて返事をした。
「腐れ縁だな。次は普通に飲みに来い」
「オーライ、ポールダンサー用意しとけ」
俺たちはマスターにお辞儀すると、屍となった刺客を飛び越えてガルシアの後に続いた。
ガルシアは何者なんだ?父さんの友達で王都騎士団の下級騎士にいた事は知っている。
でも退団した後は冒険者と言っていたが、何をしていたかなど分かりもしない。
まして騎士団に入る前など。
「ガルシアさん、どう言うことでーー」
そこでガルシアに手で遮られた。
「話は後だ。今は目の前の友人に集中しろ」
言われて《点穴》で気配を探ると、沢山の魔力が確認できた。それも戦闘態勢にあるような感じで。
「パーティ会場はこちらで?」
「違うぜ、ここは通夜会場だ」
チラリとガルシアが見てくるが、切りぬけろという事なのか?
俺達の仕事を考えれば、当然帝国と揉め事はしたくない。
「ガルシアさん俺達は戦えません」
「そうかもしれん。だが既に火線の先に居る」
《ファイアアロー》が全方位から放たれた。




