神無砦と帝国
夏もピークを過ぎて暑さがやや和らぐ季節に移り変わっていた。
城門に集まった俺たちの前にはビッグとゴブリン達がいる。
彼らは集落に向けて出発する。
ビッグ達の馬車は似たような作りだが、少し小ぶりになっており小旅行に適していた。
「ビッグさん、色々ありがとうございました」
「良いって事。刀次郎の面影も見たしな」
そう言ってレナードにウィンクをした。
刀次郎とは外見は異なるが、内なる物は似たような感じだと言っていた。
「僕もあの断崖を作れるほどの男になれると思いますか?」
「成れる成れないはお主次第じゃ。じゃが一重に実る才能の一端をお主はもっておる」
それを聞いてレナードは優しく微笑んだ。それを見たビッグは満足して一つレナードに伝授した。
『光は翼を纏う物に非、護るべき想いにより訪れる必然である』
「刀次郎の言葉じゃ。これが彼の強さの秘訣なのかもしれん」
それを聞いてレナードは目を丸くしていた。だがすぐに真剣な眼差しになって謝辞を述べた。
「その二本の刀は刀次郎が若い時に使っていた物じゃ。更なる境地があるのは事実、お主は奴を超えるか?」
口角を上げてニヤリと笑うビッグは旅立って行った。その背に携える斧二本からは歴戦の雰囲気が漂っていた。
「よし、俺達も行くぞ」
「ええ、帝国領まで一気に行きましょう」
「そうだね、もう道は大丈夫でしょ」
「ふかふか布団〜」
「「「ルイン!」」」
えへっと言って誤魔化していた。
チェストでは彼女が1番辛い戦いをしただろう。でも吹っ切ったようだ。
馬車に乗り進み始めると、今までの振動が嘘のように静かになり心地よい揺れを感じる。
本当にいい仕事をする人だった。
二週間ほど馬を進め、途中で夏の嵐に遭遇したアクシデントはあったものの特に問題なく進んで行った。
荒野もチェストを出てからは直ぐに森へと変わり、賊などの出没を懸念したが群鳥の壊滅で連絡線が途絶えたのか、特にそれらしい気配もなかった。
関所付近まで来たところで何処までも続く壁が見えてきた。恐らくあれが境界線なのだろう。
「無事ここまでこれたね」
「チェストで無事じゃなかったけどね〜」
そんな冗談をしていると長い列が見えて来る。
俺たちには便利コインがあるのでごぼう抜きにして関所まで直行した。
「何だお前達は?列に並べ」
衛兵に言われてオーギスから借用したコインを出すと、彼はため息を吐いた。
「子供の使いにしては贅沢な代物だな?」
「正式な物です」
少し疑念を持たれたようだ。
彼らはコインを調べるように見ているが、どこも不審な点はない。
そしてこちらをチラリと見て様子を見ながら、口角を上げた。
「偽モンだな、並び直せ」
「そんなはずがありません!私達は正式に命を受けています!」
そこで衛兵は再びため息を吐いた。
「だからガキなんだよ。この列に並んでランチシートでも広げてな」
そう言って衛兵は商人の一団へと戻ろうとした。
「ヘイ!ブラザーそう熱くなるな。頭の天辺までタコみたいになってるぜ」
声のする方を見ると、懐かしい男が笑顔で歩み寄っていた。
「ガルシアさん!」
父の友人であり、少年期にグライスと戦った時には彼に命を助けられた。
「久しぶりだな。子供は元気か?」
「まだいません…」
「悪いな、記憶障害なんだ」
そう言って先程の衛兵の所へと向かっていった。何やら話をしていると腕を組んで挨拶を始めた。
「御上の用事をランチボックスと一緒に捨てるわけにゃいかんだろ」
「はっ、それなら尻の青いガキ共に世界の常識を教えてやりな。でなければママンのケツに帰るんだな」
「クールにな。お前がいい奴なのは知ってるさ、ただ夏なだけさ」
そう言って懐から小袋を取り出して握手を交わしすと、衛兵は手の感触に納得してニヤリとした。
「親がいたんじゃ仕方ねぇ。次からはハイハイじゃ遠くまで行けないって事を教えてやれ」
「オーライ、俺の王妃並みの妻にも言っとくぜ」
「そいつは残念だったな。苦労が絶えねぇ」
やがてガルシアが戻って来ると、親指を立てて帝国側を指した。
「通って良いってよ。あいつらも生活が大変なんだ、わかってくれ」
「こんな世界があるんだね〜」
「国が変われば生活も変わるさ、ここは国境で城はねぇ」
差し当たって帝国への入国に洗礼を受けてしまった。
ここから他国へと入る。その生活や秩序の違いに若干のカルチャーショックを受けてしまう。
「レナード知ってたか?」
「知らないよ。ある意味では帝国に一番遠い場所に住んでいたからね」
レナードはお手上げとばかりに両手を上げて答えた。言葉は共通だが違いは様々なところにあるのだろう。
「お前達なんでこんな所にいるんだ?」
「帝国に王都の用事でー」
「違う、結構前に出ただろう?」
そこでダルカンダやチェストに立ち寄り、様々な経験をした事を話して聞かせた。
出たのは知っていたが、こんなにゆっくりしているとは思わなかったようだ。
「ガルシアさんは何故?」
「仕事さ。そこで話でもするか」
そう言って親指をクイッとして指した先は酒場であった。
この人昼間っから飲むつもりなのか?
そんな事を考えていると、ガルシアは扉を開けて中に入ったので後に続いた。




