貴族の尊厳
チェストの街中は華やかな宴が至る所で開かれており、中央に鎮座する城からは来た時よりも多くの水が流れていた。
そんな晴れやかさとは裏腹に、鎮痛な面持ちを浮かべた人物がいた。
それは貴族風の男と対面して、何かを話しているようであった。
「此度の落とし前どうつける?人の命は等しく大きいぞ」
地下水道で出会ったダニエルであった。
彼の仲間は結局見つからずに出口から出てしまった。
「俺は…だけど父上!」
「勘当だ。我が屋敷の敷居を跨ぐことを禁止する」
俺はすかさず間に入った。
冒険者とは常に自分の命をかけて戦っている。それを承知のはずだ。
「現地で出会ったユウキです。でも彼は此度の戦いに大いに貢献されました」
捕虜を身を挺して守り避難させたこと、その先陣を切り素晴らしい指導力を示した。
これはお世辞抜きに素晴らしい才能であった。
「…であるか。しかし変わらぬ」
「何故!」
そこでレナードが俺の肩に手を置いて、首を横に振り静止してきた。
「君は?」
「レナード・ドールです」
「ドール!?これはご無礼を!オーグ・ルーファウスです。お前も頭を下げろ!!」
貴族の男はドールと聞き、ダニエルの頭を持ってすぐに頭を下げさせた。
「父さんドールって…」
「口を慎め!だからあれ程礼節に励めと!」
二人のやり取りに慣れているのか、心を殺しているのか。
嫌そうな顔を見せないが、きっとレナードは相当嫌なのだろう。
「僕のことはいいです。父上の言い分は最もだ、だからこれ以上は引き下がるといい」
「なっ!レナード!?」
俺は頭に来てレナードの胸ぐらを掴んだ。
「お前はそれが嫌でここにいるんじゃないのか?!」
「ユウキ、違う」
レナードも剣呑とした瞳を真っ直ぐ向かってくる。
「離してくれ」
だが手を下げない。ここで下げたらレナードがおかしくなっちまう。
「ふざけんな、あの戦場でレナードも見ただろう!ダニエルが必死になって村民を助ける姿を!」
「そうさ、でもその前にこいつは愚行を犯した。貴族として最もしてはいけない愚行を」
そこで俺は自然と手が解けていた。レナードは何を言っている?
「探せ。血眼になって骨の一変でもいいから必ず」
「ハハッ!必ずや!」
「当たり前だ!俺は奴らに報いなくちゃいけない…」
そこで父にまた頭を押さえつけられて、言葉に慎めと怒られていた。
レナードは遠くを見るように話し出した。
「貴族とは町民の安全を第一に、戦争では最善の策を。例えそれが自らの命を算段に入れた作戦であっても」
そしてダニエルを厳しい目付きで睨みつけた。
「お前が貴族である誇りがあるなら、護るべき対象を危険に晒した罪は斬首に値する」
斬首。
普段の大人しい性格のレナードからは想像もつかない言葉だ。
だが彼は以前言っていた。
『王都を守る砦を守るか、市民を護るかで常に悩んでいる』と。
それは裏を返せば貴族としての誇りであり、彼を支える尊厳であった。
意味のない社交辞令は嫌いだが、その尊厳を目の前で踏みにじられて怒らない者はいない。
「もし君にまだその誇りがあるならば、見つけ出せ」
レナードの身体からは自然と魔力が溢れ出し、光の粒子が周囲に舞った。
その言葉、その威光を見てダニエルは涙が溢れた。
自分の浅はかさに嘆く時間はとうに終わっていたのだ。
「あぁ、例え貴族で無くともやるさ!俺は…俺は見つけ出す!!」
そこでようやくいつものレナードの雰囲気に戻ると、優しい顔をしてダニエルに手を差し伸べた。
「父上の英断はきっと君を強くして帰ってくる。その時もう一度ルーファウスを名乗ると良い」
「はい…ぐっぅ」
レナードをの手を取り、ダニエルは起き上がる。
父オーグはレナードに対して畏怖を感じていた。
ドールとは過去の栄光に身を置く、名ばかりの貴族だと思っていたのだ。
だがこのレナードは違った。
故に相手に対する敬意を込めて軍礼をする。
「ルーファウスがチェストの街をこれからも護ることを誓いましょう」
レナードはそれにニコリとすると、ハイとだけ答えた。
「尊大な恩赦を感謝申し上げます」
親子揃ってレナードに軍礼をする。
ダニエルはこれから冒険者として大きく成長し、彼等を見つけ出すだろう。
いつになるかは分からない。
だがきっとやり遂げる。
そんな気がした。
「レナードさっきは悪かった。お前の事を知らずに」
「分かってくれたならいいよ」
レナードはニコリとして俺の暴力を許してくれた。
「僕の胸ぐらを掴むのはユウキ位だしね」
レナードは何故か嬉しそうに言った。
どうであろうと、友として間違った道を正そうとしてくれるのは嬉しい。
レナードは特にその辺りに敏感であった。
「ちょっと心配したわ」
「街が消し飛ぶ喧嘩パート2がおきるかと思ったよ〜」
うっとして、リンとの喧嘩を思い出した。あれで群鳥のアジトは壊滅してしまった。
「悪い」
皆今の一言で笑い合った。
本当に仲の良い、気心知れる友人達に恵まれた。
その事については神に感謝するのであった。




