サイレントミストの真価
俺は丘の上から状況を観察していた。
今のところ外に逃げ出す群鳥は確認できないが、それは鵙のドーピングによるものだろう。
ゴブリンは良い装備と、リンが陣頭指揮を取るおかげで被害は少ないようだった。
冒険者も二枚看板とグライスがいるため、問題はなさそうどころか、ドーピングした群鳥相手に善戦している。
《ディヴァイン・ガーディアン》
散り散りになり、戦場の真っ只中にいた一般市民の捕虜達は、レナードの《光の翼》に守られて退避を開始していた。
そしてここで隠し球。
と言うか、意外にも才能を発揮した人物がいた。
「チェスト議会オーグの子、ダニエルです!貴方達の安全は保証しますので進んで下さい!」
レナードに守られているとはいえ、群鳥や魔法と矢が飛び交う戦場で逃げるのは、精神的に相当きつい。
だが議会、つまり政府の人間の関係者が安全を担保するとその身を晒している姿は、それだけで逃げる気力になり得たのだ。
捕虜の退避も遂行できているし、後はルインだな。
「よし行くか」
ユウキは真紅のヴェールを纏い、ルインと鵙の所へと飛翔して行った。
すると途中でヌルヌルとした液体がばら撒かれて、身体のあちこちにこびり付く。
「んだこれ?誰だ?」
辺りをキョロキョロしていると、1人の少女に目が止まった。ポニーテールを風で揺らしながら「あっ」って顔をしている。
《フレイムジェル》
延焼効果を持つ液体を創造する水属性と土属性をハイブリットさせた、上級魔法。
《ヒートエンドボム》
敵地上空を中心として大気中の酸素が集約されていく。そしてとてつもない大爆発を引き起こし、フレイムジェルに引火して辺りは火の海と化す。
遠方から発動したアリサは、着弾点から物凄いスピードで地面に吹き飛ばされるユウキを見た。
「あわわわわ!何であんなとこ飛んでんのよ!」
ズドォォォォン!!
燃え盛る炎が辺りを照らし、熱波が吹き荒れる中でルインの近くに突然何かが落ちてきた。
「おいおいおいおい!格好つけて自爆とは、君達の言うユウキ君は大道芸人ですか?アハハハハッ!!」
流石にこの事態は予測していなかった。
と言うか戦術級の上級魔法が入り乱れる中を通過しようとする馬鹿は居ない。
「ボクも同意せざるを得ない」
そして直撃した本人は、炎の中から蘇る不死鳥のように立ち上がった。
炎の中から真紅の眼光が鋭く見え、鵙に歩み寄ってくる。
「悪いな、天然なんだ」
鵙は先程の笑いが消し飛び、炎の中を悠然と歩く人間に心底恐怖した。
「何ですか貴方は?」
「ユウキ・ブレイクだ」
腕を左右に振って悠然と炎を消そうとするが、最初に付着した液体が燃えていて中々消えない。
「あれ?おかしいな、ちょアリサ?これどうするの??」
「そのうち消えるわよ!」
遠くから腕で大きくバツを描きながら答えが帰ってきた。
発動者なら対処法も考えておくように言っておこう。
「すまんな、暫くこのままだ」
「構いませんよ、得体の知れない化物さん」
頭のキレる鵙は察していた。
現状を打開するのは不可能であり、全力を出しても恐らく勝算は薄い。残る手段は一人脱出して再起を図る事だけだ。
それにはまず、今目の前の二人が邪魔だった。
鵙が警戒して短剣を構える。
だがユウキはそれを静止した。
「ルイン」
名前を呼ばれて見つめ返してくる。
彼女は何かを察したのだろう、立ち上がり鵙に短剣を構えた。
「過去を精算する。闇ギルド所属ルイン・エミナスが、群鳥のボス『荒野の鵙』に制裁を与える」
「闇ギルドに帰属していたのですか。ならば父と呼べるあの方に報いましょう!」
鵙は鵙でやはり人の子。助けた冒険者を冤罪で捕らえた闇ギルドを心底恨んでいるのだろう。
ルインは《ミスト分身》を作り出し、視認することさえ困難なほど高速で切り結ぶ。
縦横無尽に駆け巡り、やがては鵙に生傷を残して行く。鵙は何かを仕掛ける気配がなく、この熱風のため毒霧を散布できないのだろう。
「チッ!これほどの速度とは!」
鵙は長い顔をしつつ、苦し紛れに右腕を前に出した。
!?
ルインは何かを感じてすぐに横へと飛び去るが、その動作でさえフェイクであった。
設置された毒霧の塊に突っ込んだルインは、突然脚に力が入らなくなり再び地に伏せてしまった。
「どこまでも甘い、その速度に多重攻撃は脅威です。殺す気であればね」
「クッ!もうごめんだよ!!」
「無駄です。魔力は使えませんよ」
ニヤリと笑う鵙。
だがしかしそこで異変に気がついた。
ルインからは溢れんばかりの魔力が迸っていた。
「何故!?」
強すぎる力は恐怖を生む。ましてそれが元々自分になかった物であるなら尚更だ。
溢れる魔力に感情が揺さぶられる。
その葛藤を知ったユウキは、ルインに優しく微笑んで告げた。
「お前の力の一部だ。解放してやれ」
ユウキの一言に何かが吹っ切れた。
ボクはもう感情を隠さないと誓った。
だから従う。
想いのままに。
「うあぁぁぁぁぁぁ!!」
紺碧の魔力風は灼熱の炎を消し飛ばし、渦を巻きながら天高く舞い上がって行く。
魔力風を当てられた者達は恐怖を感じた。
怒りと悲しみが入り混じった、人の感じるやるせない気持ちが流れ込んでくる。
こんな感情を経験する者は一握りだ。
発動者は立ち上がり涙を流しながら告げる。
終わりに向けた幕が今開く。
「地獄に落ちろ…このクズが」
ルインは拳を前に出すと、上に向けてパッと開いた。すると辺りには水滴が浮き上がり、周囲を囲み出す。
右腕を振り切ると、それが一斉に四散して濃霧が発生する。
《蠱惑の楽園》
「霧ですか?何とも因果ですね!」
「何で誰も助けてくれないの?」
「この盗人が!二度と近づくな!」
「お前は一人だよ。こらからもな」
鵙の周囲には誰とも知れない者達の声が木霊する。しかもその内容は、幼少期を彷彿とさせるものがあった。
「なっなんだ!?誰だ!」
ピッ!
鵙の首筋にヌルリとした生温い感触が伝う。
「そこですね!」
大きくバックステップを取って後方を斬りつける。感触はあり!
「あがっ!痛い痛い痛い!お兄さん何するの!?」
(子供!?こいつは私じゃ!)
「鬱陶しい技ですね、幻聴と濃霧からの攻撃ですか」
鵙は詠唱をして《クラスターボム》を炸裂させ、濃霧を晴らそうとするが濃霧は変わらない。
そこに更なる追撃の一手が鵙へと迫り来る。
《アクアパラダイス》
突然全周囲から水泡が出現し、凄まじく圧縮した水流となって襲いかかる。
身体を貫かれ、濃縮された水泡が爆発して吹き飛ばされる。
吹き飛ばされた先でまた水泡にぶつかり、吹き飛ばされる終わりなき連鎖。
四方から水流が襲い、的確に鵙を撃ち抜いていく。
身動きが取れないまま、自らの身体が崩壊して行くのを感じとっていた。
「これが…俺は逝くのか…」
僅かな意識の中で一人の男が濃霧から現れた。
「おいお前、来るか?」
(あぁ、待っていた)
鵙は無心に身体を引き摺りながらその手を取った。
だが次の瞬間、冒険者風の男が水へと変わり音を立てて崩れ落ちてしまった。
「待ってくれ、俺を一人にしないでくれ」
涙を流しながら鵙は残骸となった水をかき取る。泥水になっても只管に掬い続ける。
「あは、あはは…なんで、何でなんだよ…」
濃霧は晴れて群鳥のアジトの丘が見え始めてくる。
そして目の前には紺碧色をした猫目で見下ろす少女。
「お前がしてきた事だ!」
ザシュ!
クリミナルナイフが鵙の抱える水へと突き刺さる。
「やめろ!やめろ!!連れていくなぁぁぁ!!」
短剣から真っ黒な何かが鵙を縛り上げていく。
そして最後の一撃で完全に崩壊した。
鵙の支えの全てが。




