荒野の鵙(1)
ボクの独り言を聞いてか聞かずか、ボスは話しかけてきた。
「嬢ちゃん分かってるじゃないか。何ならここで働くか?」
「冗談。ここは今日で壊滅だよ」
「冗談はどっちだい?」
虚勢を張っているが、村人全てを守り切る事は出来ないと判断するしかなかった。
問題はアリサがその状況で動けるかだが、牢での話を聞く限り怪しい。
「ははっ、結構詰んでるかな。十数年前に王都の財務関係者を暗殺したの覚えてる?」
「言う必要もねぇな」
もう時間も稼げないし、正直言ってキツい。
誰か来てよ!助けてよ!ユウキはまだ来れないの!?
ボクだけじゃもう限界かな・・・
「「「うおおおおおおぉぉぉぉ!!」」」
断崖の切れ目の方から大勢の声がする。
まだまだ余力を蓄えているみたいだね。この組織は賊と言うには些か異常すぎるかな。
だが周りの賊達の様子は違い、何故か切れ目の方に向かい臨戦態勢を取る。
その声が冒険者な物であったとは、思いもよらなかった。
「捕虜がいるぞ!巻き込んで殺さない様に攻撃魔法は使うな!」
「おう!支援があっちに届いてないぞ!」
キンッキンッ!
「クッ!賊もベアクラスは持ってるぞ!」
「回復を頼む!脇腹をやられた!」
「3人以下のパーティは支援に徹しろ!」
あっあっ・・・届いた。届いたんだ・・・
ボクの思いが、皆に届いたんだ!
冒険者のパーティは緊急クエストを受諾した有志達であった。
事前に与えられていた情報は、賊の拠点が荒野にある事と、拉致の可能性が高くベア以上が推奨で褒賞なし。
こんなにも多くの人達が見返りを求めず集まった。この世界は温かい部分もあると感じさせてくれた。
「どう?話は後で聞いてあげるから、今はお縄に着いてね」
そう言ってクリミナルナイフを構えた時だった。
「グフッ、何故?」
ボスはその場に倒れ込み、ピクリとも動かなくなった。
代わりに起きたのはシュラクだった。
「クドイ奴。やるなら最初からー」
「罰だよ。彼には代理としての責任を取って貰ったのさ」
何を言っているの?代理?何の?
疑問の嵐は尽きる事はなく、シュラクはパッパッと服についた土を払うと、胸元からメガネを取り出して掛けると振り向いた。
「一先ず無関係者には静かにして頂こう」
シュラクが両腕をパーティの始まりと言わんばかりに大きく広げたその時、先ほどまで屈強に戦っていた戦士達が片膝を着いて倒れ込んだ。
「『群鳥』の主である『荒野の鵙』が、しかと返礼致しましょう」
「お前がボス?!何をしたの!」
「種も仕掛けもありますが、答える必要が?」
こいつ!賊達はいつの間にかマスクをしている。そして奴の部屋を見たものから考えられるのが・・・
「毒を散布したな!」
パチパチパチ
「御明察、死にはしませんよ。痺れを伴う毒ですから意識はハッキリしています。
品定めに牢にいましたが、面白い収穫でした」
後続からやってくる冒険者達も、アジト内に入った途端にそのまま地に伏せてしまう。
「貴女は何故立って?あぁ、何か保護膜を使っていますね。じきに魔法も使えなくなりますよ」
《アクアヴェール》を強固にしつつ、周囲に風を発生させて空気を攪拌する。
こうする事で毒を自身に近づけることを避けるが、奴はいつ毒を散布した?
「固有血技・・・」
「おぉ!そこまで辿り着いたのは貴女が初めて。そう言えば十数年前に王都の財務関係者を暗殺と言っていましたね」
「そうだよ、お前がボクから全てを奪った事件だ!」
鵙は顎に手を当てて考えだしたけど、何を考える必要がある!
「忘れました」
ビキッ!
「嘘つけえええぇぇぇぇ!!!」
懐から手記を取り出して鵙の目の前に投げつけた。
「いやはや優れた人だ。まるでご両親の様に聡明でいて・・・そして馬鹿だ」
魔力を一気に解放してミスト分身を作り出し、自身もクリミナルナイフで鵙を挟撃し、一気に首を掻っ切った。
だが手応えがない。
ミスト分身が霧散するように水蒸気へと戻っていき、クリミナルナイフはギリギリで回避された。
「魔力生成を阻害し、かつ分解する神秘の調合です。素晴らしいが、あの暗殺ほどではありません」
アクアヴェールも気がついたら分解され、徐々に体内へと毒が回るのが分かる。
立っていられない、こんな物で!
「チェックメイトのようですね。
知られたからには生かせませんので、ここで愛玩具としてでも生きて頂きますよ」
ドガァァァァァン!!
突然アジトの一片が吹き飛び、防毒マスクを着けた賊達が宙を舞った。
「鵙よう、好き放題やってくれたなオイ。11年前の借りを返しに来たぜ」
ヒュンヒュンヒュン!
風を斬る音共に、賊達が血を吹きながら地に伏せた。
「オーギスさん、私の管轄ですよ」
キラリと光る金色の首飾りを着けた人物が、音速を超えた剣撃を見舞いながら登場した。
イージス支部長であった。
「ハンッ!この毒の中で立ってられたらな」
「私の固有血技は毒耐性も若干ありますのでね」
鵙は少し難しい顔をしていた。少々部の悪い相手の登場に戦略を構築していた。
どうやらオーギス本部長の登場までは予期していなかったようだ。
そして両腕を広げると、笑顔でオーギス達を迎え入れた。
「最高の舞台になりましたよ!レディの要望通り少し話をして差し上げましょう」
「話ならギルドで聞いてやる」
すると横穴という穴から、ガスマスクをつけた賊達が現れた。
その数5万は下らない。
「チッ、戦争をする気かよ」
「あれは群鳥を作る前の事でしたね。まだ盗賊などをやっていた時です」
こうして鵙は11年前に起きた出来事を、まるで自慢するかのように語りだした。
彼にとって罪は芸術であり、芸術は誰かに見て聞いてもらう事で欲求が満たされる。
その為の手記であったのだ。




