囚われた少女
冷たくほの暗い場所で、仄かに揺れる松明の明かりから周囲の様子が分かるようになってきた。
どのくらいの時間がたったのだろう。
何が起きたのだろう。
自分には分からないことが沢山あった。
身体を動かそうとすれば問題なく動く。
ただし寝起きの気怠さのようなものがあり、あまり意識も釈然としない。
「意識を戻したようだね。大丈夫かい?」
声の聞こえた方に視線を向けると、知らない男が石の壁に背持たれて座っていた。
少し力を入れて、冷たい石から頬を剥がすように身体を持ち上げる。
トロンとした感覚がまだ抜けず、声の主に返事をした。
「だれ?ここはどこ?」
それを聞いて頷くと簡潔に教えてくれた。
「私はシュラク。そしてここは賊の牢さ」
それを聞いて一気に脳が覚醒していく。
確かルインと二人で採取クエストを受けて森林に入っていた。
約束は3時頃に森の中にある円形の広場。ルインとは森に入った後ここで毎日落ち合っていた。
だけどユウキが出発して一週間ほど経ったあの日は、早く終わって少しルインに自慢しようと思ってポーチを覗いた・・・。
ここで記憶が途切れている。
「ごめんなさい、私はアリサ。先に名乗るべきでした」
シュラクはそれに首を振って問題ないと答えた。
「さて、こんな鉄棒からさっさと撤退だわ」
アリサは魔力を両手に込めたその時、突然灯した炎が四散して消えていってしまった。
「あれ?なんで??」
「ここで魔法は使えないよ。売られるまで動けないさ」
「売られる?奴隷商に??彼等はそこまで闇に満ちていないわ」
今のアリサの発言にシュラクの眉が釣り上がった気がした。
「よく知っているね。君は何者だい?」
失態だ。
普通はそんな事知る由もない闇の世界のお話。方向修正にも話を続けなくてはならない。
「ただの学生よ」
「なるほど、なら可哀想だ。抜け出せるなら手伝いたいが、私もこの通り繋がっていてね」
「貴方は何故こんな処に?」
「村一つが地図から消えても分からない世界さ。私はその村に行商に出ていたんだがね」
つまり村が襲われ、奴隷商に売られるためにここに連れて来られたと言う事だ。
恐らく自分の襲撃も同じ事だろう。
単純に背後がガラ空きだっただけの事で、ダルカンダ支部で言われた警告は頭の中から素っ飛んでいた。
「君、下がっていなさい」
???
訳が分からないが、一先ず言う通り動いた方が良いと感じた。
すると通路の方から声が聞こえてきた。
「痛い痛い痛い!!髪は引っ張らないで!!!」
ジャラジャラ・・・ズズッズズッ
何かを引っ張り鎖の擦れる音と共に、髪の長い女性が男に髪を掴まれて行った。
アリサは初めて人に対して恐怖を抱いていた。こんな事が現実に起きているなど考えたくもなかった。
「私は知らないわ!村のお金は全部父が管理していたわ!!」
「そのお爺ちゃんとお父さんがな、割らずに逝っちまったんだよ」
キャァァァァァァ!!
「強情だともう少し違う手になるが?」
「お願い・・やめて・・・」
もうやめてあげて・・・何も聞いていたくない。
今自分の隣にはいつもに一緒にいた幼馴染はいない。彼に助けられていた現実が痛いほど分かる。
「喜べ、口を割る以外に君に選択肢をあげようじゃないか」
「痛いのはイヤ!」
「この中から好きな物を選ぶんだ。その前に楽になる不思議なお菓子をあげよう」
すると女性の声が聞こえなくなった。彼女は何を見たのだろうか。
想像もしたくない現実に目を背けて、何も聞こえないようにしたい。
助けたくても魔法が使えなければ、自分はこんなにも無力だったなんて・・・
「知らないわ!知らなあっー!!止めないで!」
「場所を教えるならね」
その後もずっと女性の叫びが木霊していた。時間の感覚が麻痺して思考力も低下していく。
「君、大丈夫かい?」
「・・・ユウキ」
質問に正確な答えを返せない。
シュラクは立ち上がると頬を軽くパチンと叩いてきた。
「何するの!」
「うん、今言っていたユウキさんは強いのかい?」
ユウキ・・・助けてほしい。
首飾りも盗られて念話も飛ばせない。
ユウキがきたらどんなヤツだってきっとぶっ飛ばして助けてくれるばず。
幼馴染と言うヒーロー。
彼ならばと何処か期待してしまう自分がいた。
「そうよ、ユウキならこんな所すぐに壊滅させられるわ」
「来る保証は?」
「友人が待ち合わせにこないのを知っているわ」
「なら時を見て逃げる準備をしておこう」
そう言って取り出したのは石片だった。
彼は何度も何度も石畳に擦り付けて尖らせていく。一朝一夕で成せるのもではなかった。
彼もまたこの絶叫を聴きながら諦めていなかったのだ。
同じ様に石を拾い擦り付けた。
それは執念であり、今必要な生きる気力となっていた。




