議員の息子
「ふぅ、これは堪えるな」
久しぶりに戦闘で片膝をついてしまった。
いつ以来だろうか?グライス達とやり合った時が最後か。
しんどい身体に鞭を打って、サソリの素材を回収していく。
ボスはそのままポーチへと突っ込むことにした。
この収納スペース無視のポーチは非常に役立つ。
「あ・・・あっ・・・」
忘れていた。
男は尻餅をついたまま言葉を発せないようであった。
「失礼。必要なのでスコーピオンの素材を集めていました」
「そこじゃない!君はゴールドか?」
最初にシルバーと言ったでしょうが。
そんな事を思いつつ、興奮した男を落ち着かせる事に苦心した。
「ここに来て地下水道の調査をしていたのだが、魔物の数が尋常じゃなくてな」
落ち着きを取り戻したダニエルは、ここまでの経緯を説明してくれた。
彼らは6人で地下水道の調査依頼を受けて来たとの事。
スコーピオンの生息地はチェストでは有名と聞き、事前調査を疎かにした自分に腹が立った。
(クソ!街で聞いておけば・・・!)
最初は問題なく調査が進んでいたが、スコーピオンの数が想定よりも多く発生していたため入口に引き返そうとした。
だが入口方面は既に包囲されている状況で、戦士がスコーピオンの毒針と言う凶弾に倒れた。
残ったメンバーで一人でも多く逃げるため各自散開し、それぞれが別ルートを辿り逃げることで合意された。
そしてダニエルは全力で逃げていた所に、俺と遭遇したと言う事だ。
「無念だな。それで入り口は?」
「依頼人から地図を貰ったが、現在地が分からない」
調査に来て場所が分からないとはこれ如何に?
「ダンジョン経験がなかったのか?マッピングは常識だぞ」
半ば呆れて点穴を発動し、地下水道内の魔力の流れを読み解いていく。
学園の地下ダンジョンで使用したマッピング方法だが、あれは常に魔力が放出される壁だからできた技だ。
「若干だけど魔力を浴びているな。入り口はあっちのようだから進んでみよう」
そう言ってダニエルを連れて進み始めた。
道中で安全地帯になるであろう窪地を見つけて、ダニエルと休憩する事にした。
幸い地下水道には地表から落ちた木が流されて漂着していたので、それを使い薪として組んで身体を温めた。
そこで彼は自分の事を話してくれた。
「おれの正確な名前はダニエル・ルーファウス。
チェスト議員の父から反発して冒険者になったんだ。外の世界を自由に歩き廻りたくて」
「気持ちはわかるけど、何故危険な任務を?」
「二十歳になって本気で父から進む道を提示された。だから冒険者として出来るところを見せたかったんだ」
よくある話じゃないか。
で失敗して仲間は散り散り、命からがら他人に助けを求めたと。
この時点で既に彼の考え方が無茶苦茶な世間知らずと言うのがよく分かる。
「命は一つで死ねばもう戻れない」
俺はそのことをよく知っていた。
もうあの世界には戻れないし、話したい奴とも話せない。
それは歪みあった仲であっても、密接な関係であってもだ。
「あぁ、今更ながら感じる。実力もないのに・・・」
「悔やんでも死んだ人間には届かない。死んだ人間も伝えられない」
ダニエルはその言葉の意味を噛みしめていた。彼はもう知らなくて良い現実を知ってしまった。
知った後に後悔する悲しい現実だ。
そんな自分も先ほど死にかけ、この世界に転生してから慢心していた事に気付いてしまった。
故に今の言葉は自分に対する戒めでもあった。
「俺の方は戦闘中に仲間がチェストで行方不明になったと連絡があった」
「それで戦闘中に止まったのか」
「あぁ、急いで帰りたいが出入口から行くしかない」
ここは地下水道。
と言う事は水路を不用意に破壊すれば水脈が変わり、以前水が出た所で出なくなる可能性がある。
地盤を破壊して地表へ出れたとしても、あの美しいチェストの城から流れる水流は止まり、枯れ果てた街へと変貌するかもしれない。
そんな事になれば、人や街がどういった行動に出るかなど誰にでもわかる。
地震が頻発しても枯れないという事は山側で相当しっかりした水脈が流れているが、何の切っ掛けでどうなるか分からないのが水の道なのだ。
ダニエルについては仲間を探し、地下水道内をある程度捜索する必要があるだろう。
彼がこれからどうするかは、彼自身が考えていくしかない。
依頼受託者であったようなので、見つからなければ彼らの事を背負って生きていく事になる。
「お互い見つかるといいな。一応生体反応があるから見ながら出口を目指そう」
「本当か!?重ね重ねすまない・・・本当にありがとう・・・」
その後も若干の魔物に遭遇するも警戒して進み、探索しつつひたすら出口を求めて突き進んでいった。
『レナード聞こえるか?頼む、聞こえていたら動いて欲しい。
イーストホープ森林のゴブリン達の力を借りたい。アリサの救出が恐らく今のままじゃ厳しい』
通信を終えてやる事はやった。
そこで真っ暗な水道内であるのに淡く輝く物体を発見した。
しかし、若干禍々しさの様なものを感じて触るのも拒む様な感じがする。
「こいつは・・・剣か?」
その輝きに魅せられたようにダニエルが近づいていく。だがそれはとても危険だと本能が警鐘を鳴らす。
「やめろ!それに触れるな!」
ビクッとなってギリギリの所で手が止まった。
俺はこれと似たような物に以前出会っている。
ダルカンダの武器屋で入手した大斧シュレッケンだ。
俺はそっと魔力を纏いその剣に触れた。
瞬間、真っ黒な魔力の渦が周囲を覆い剣が一人でに浮き上がり出した。
“宿命を背負いし者にのみ許される。淘汰せよ”
「ななな何だよこれは!?」
「次から次にうぜえ!!」
拳を突き出し、一気に魔力を解放して最小限の《烈風華》を放った。
剣からは真紅の薔薇が咲き乱れ、花弁模様をした魔力が自然と四散していく。
花弁と共に剣の魔力が薄れていくのを感じ、剣からは先程同様に念話の様なものが聞こえてきた。
“汝の宿命は反逆にあり。我は汝が求めるに非”
何のことかさっぱり分からなかった。
ただ一つ言えることは「静かになった」と言うことだ。
剣自体にあまり興味はないが、何となくここに放置するのも危険か。
剣を拾い上げて適当にポーチに突っ込むと、何事も無かったかのようにアリサを探す為に出口を目指した。
ダニエルは完全に置いてきぼりであった。




