失踪
スコーピオンは威嚇することもなく、その長さを利用した尻尾による刺突を繰り出してきた。
ガアァァァン!
素早く身を躱すが、その速度と威力に度肝を抜かされる。
長い年月をかけて水脈により削られた強固な岩肌が、軽く抉り取られて四散していた。
「こいつは厄介だな」
尻尾を弾いてさばきながら胴体に接近し、強烈な一撃を見舞おうとした。
だがスコーピオンは、接近と同時に高速回転して巨大な鋏で攻撃を仕掛けてきた。
俺は鋏を両手で抑え込み、両断されるのだけは避ける事には成功する。
だが頭上には何かが迫っていた。
「チッ!くどい!」
拘束した状態から、毒針を差し込み鋏で圧殺するサソリが持つ驚異の戦闘能力。
わずかに空気が揺らぐ。
スコーピオンが必殺の一撃を仕掛けた瞬間、ユウキを離して10mほど後方へと跳躍した。
「どうやら防衛本能は人の比じゃないらしいな」
真紅の瞳から何かを察したのであろう。
スコーピオンは後退りをしながら、突然耳鳴りのする音を出し始めた。
キィィィィン!
たまらず両耳を抑えるがそれでも聞こえてくる。
「クッ・・・超音波か?!苦し紛れを!」
やがて音が途切れると、スコーピオンはただ防衛態勢を執ったまま動かなくなった。
この姿勢が厄介だ。
攻撃だけであの全周囲をカバーする能力を有していたのに、防御に専念されるとそれを掻い潜る速度と火力が必要になる。
素材を破壊するわけにもいかずに思案していると、辺りが騒がしくなってきた。
カチカチカチカチ・・・
暗闇からサソリの姿が浮かび上がる。点穴で探る限りはその数10や20ではない。
体長50cmはある大きなサソリが大量に奥からやってくる。
「子供か?さっきの超音波はこいつらを呼んだのか」
するとカチカチ音に紛れて違う音が聞こえることに気が付いた。
「ハァハァハァ・・!た、助けてくれ!うぁなんだ!?」
奥から冒険者と思われる男が右手に松明、左手に剣を持って走ってきた。
剣が右でしょうに。左利きの御仁か?
というより、正確にはあの人サソリから逃げているじゃないか。
次から次へと面倒ごとが増えて頭が痛くなってくる。だが一つ解決したこともあった。
「一匹いなくても問題ないな」
「何だよコイツは!失敗だったか!」
突然現れた男、ひとまずあの人を助けよう。
そう思って一気にサソリの集団を駆け抜け、彼のお尻を蹴り上げた。
「うおおおお!いてぇええ!!」
ドサッ!
何事もなかったかのように戻ると、後ろに男がお尻から落ちてきた。
「どうも、シルバー冒険者のユウキです」
「あぁ、シルバーのダニエルだ。ケツは助かっていないがありがとう。
いや、今はそれどころじゃ!あのデカイのはボスだ!」
最初に会敵したサソリは、通常個体より遥かに大きかった。
つまりこの辺りのボス的な存在であるらしい。
このサソリの通常個体はサーペントスコーピオンという名で、地下水道に落ちてきた獲物を捕らえる。
特徴は尻尾の毒針で全周囲を射程に納めてくるため、非常に危険な魔物であった。
地下水道で溺れかけ、獲物発見と増援に珍入者。
色々な事が積み重なる中で、これ以上はないと思った最悪が歩み寄ってきた。
首飾りからルインの声が脳内に響き渡ったのだ。
『ユウキ、アリサが帰らないし念話も反応がない』
『・・・何だって?』
『採取後の集合時間を過ぎても帰らない!』
クールだ。
こう言う時は慌てた方が負けだ。
だが魔物はそんなことも気にせず、攻撃を仕掛けてくる。
何度も何度も尻尾を打ち付けては、鋏で挟んで壁に投げつけてくる。
痛いし鬱陶しい。
「お前ら、黙れよ」
ビクッと反応したサソリは、ジワリと後退を開始する。
『捜索隊クエストが緊急手配されたから受ける』
『分かったアリサを頼む。俺も後から向かう』
『ふふ、ボクにまっかせなさい!』
急な変化に戸惑うダニエルが、心配そうに顔を覗き込んできた。
「お、おい、大丈夫か?」
だがその赤く輝く瞳に尻餅をついて何も言えなくなってしまった。
俺が魔力を解放すると、辺り一面が真紅に輝きを増していく。
暗がりだった地下水道は淡い光を反射し始めた。
そして俺は両手を広げて宣告する。
「時間が惜しい、去ね」
片足でトントンとリズム良く飛び上がる。
そして・・・
ズダン!!
「お、おい!何だこれは!?」
ダニエルが何かを言っていたが聞こえない。
「チビどもが邪魔なんだよ!」
《ストロング・極》《アーススパイク》
俺の身体から蒸気が溢れ出す。
まるで怒りを体現するように、真紅の霧が周囲に拡散されていく。
アーススパイクにより雑魚は全て串刺しにした。
残るはデカブツだけだ。
もう止まらない。
極限まで圧縮した魔力を拳に集中する。
そしてそれを無駄なく、ただ早く突き出す。
《殻刃》
貫手により、鋼鉄と同等とされる甲殻を貫いた。そしてその余波は内部を衝撃波で貫通していく。
内部を破壊されたボスはその力を失い、尻尾を地に落とした。
そして助けを求めたダニエルは、真紅の輝きを放つその相手に畏怖の念を抱いていた。
「こんな事って・・・」




