チェストの職人
ここチェストの街並みを見渡すと木造家屋が大半であった。
王都と比較して面積はやや狭いが、石組みやレンガなどの建屋は皆無である。
そして中央には王都よりも小さめの白城が建っている。
これがまた美しく、城壁からは地下水から汲み上げた水が流れ落ち、堀から四方に川として流れる。
さながら荒野にそびえるオアシスと言った所であろう。
街中へ入り、心配した宿屋の確保もスムーズに行く事が出来た。
そこからは一先ず街中を散策しつつ、馬車問題の解決に対する糸口を探すこととなった。
市場の当たりに差し掛かった所で見知った男が取引をしているのが目に入った。
そのまま彼の用事が終わるのを待つと、握手を交わしたタイミングで俺は声をかけた。
「アルバスさん、こんにちは!」
サウスホープの食物を各地に届ける商人アルバスは、こちらに気がつくと笑顔で手を振り歩み寄ってきた。
俺はアルバスさんに聞きたいことがあったのだ。
「すみません、馬車の改造を考えているのですが良い職人を知りませんか?」
「ほんとに切実なんです・・・身体が痛くって」
それを聞いたアルバスは苦笑いを浮かべて同意した。
行商人や運送を担う者なら誰もが通る辛い壁だという。
「それなら家具職人のビッグさんを訪ねるといいよ」
どうやら馬車に関して信頼あるとの事。彼の行商用荷車もビッグ氏に頼んでいるようであった。
因みに葉物野菜の事などを彼に話していたので、どうなったのか進捗が気になっていた。
「葉物野菜の件は上手く行っていますか?」
だがこれにはあまり明るい表情をしなかった。
「ダメなんだ。王都でさえ傷付いてしまい、足が早くて販売できる状態じゃない」
「そうですか・・・それについて何か案があればまた」
調理の幅が広がるので、自分としても上手くいっていて欲しかった。
だが販売できる状態にないのであれば仕方がない。
そこでアルバスとは別れて先ほど聞いた家具職人の店へ向かうことにした。
「ねっどこーねっどこー」
「ルインはよっぽど嬉しいようだね。僕もあの硬いのはもう嫌だけど」
「そうさー布団がないと出来ることも出来ないしね!」
何をされるおつもりでしょうか?ルイン様。
アリサを見ると頬を押さえて顔を赤くしている。
「だっ!昼っから何を考えてるんだ!」
「え?抱き枕ができないじゃない」
「ユウキは何を考えていたのかな?んっ?」
とんだブーメランだ。
今俺の頭に突き刺さってやがる。
「僕も抱き枕は前々から欲しいと言っていたよね。ユウキは枕じゃなかったのかい?」
「頼むぜレニー・・・」
レナードのやつ逃げるのが上手くなってやがる。
いやまて?思い返せば学園でもこんなやり取りが・・・前々から上手いな。
そこでふと顔を上げると家屋に入りきらない家具が外に出ている店を発見した。
どうやらここがアルバス氏の言っていた家具職人の店だろう。
とりあえず馬車は街の門に預けているので、相談だけでもと店に入ることにした。
「どなたかいらっしゃいますか?」
「いらっしゃい。家具の所望・・・じゃなさそうだな」
出てきたのは年配の男性だ。背は低めだが体つきはしっかりしており、白髪と長い髭が特徴的であった。
特に身長。ユウキの伸長は今160cmほどあるが、彼は140cmほどしかなかった。
名前負けとはよく言ったものである。
「馬車の相談にアルバスさんの紹介で来ました」
「ふん、最近めっぽうコキ使いおるわい。お主も温度保存ができる馬車とか言いよるな?」
それにルインがズイッと胸を張って答えようとしたので、任せることにした。
少々貧相だが気にしてはイケナイ。
「熟睡できる馬車を!」
「「「・・・」」」
空気が凍り付いた。
胸を張る少女以外は凍ったまま動けないでいると、レナードがハッっとして補足した。
「あいや、ははは・・・布団も欲しいですが馬車の揺れに困っていまして」
ビッグは呆けた顔を横に振ると気を取り直して、答えてくれた。
「行商の夢じゃな。だがざんね・・・」
カタカタカタカタ・・・
「「机の下に伏せろ!!」」
ガダンガダン!ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
非常に強い地震だ。噴煙を上げた火山が南に見えたからこの地域では地震が起きるのだろう。
しかし予想に反して地鳴りはするが店内は強い揺れを感じない。
揺れが収まるのを待ってから辺りを確認して机から出ると、ビッグも同じように出てくる所であった。
他の3人はこの世の終わりのような顔をして出てこない。
「もう大丈夫じゃ。腰が引けているなら落ち着いてから出てきなさい
しかしお主、地震がよく分かったな?この辺りの出身か?」
ビッグと被って注意を促したのは自分だった。
前世ではそれなりの地震に遭遇している。微弱な振動の音を察知したのも前世の経験からだ。
「サウスホープですが、まぁ地震には慣れていまして」
「こいつは驚いた。旅人はたいてい遭遇すると混乱して大変なのじゃがな」
レナードとルインはアリサに目配せするが、アリサは地震なんて小さいのが数えるほどと小さい声で答えていた。
「ビッグさん、地震が多いということは免震技術などがチェストにはありますか?」
「ほう、それを知るとな?」
免震と聞いて職人の目に戻ったビッグは、チェストの技術歴史について語りだした。
現在は家屋の基盤には丸石を桶状の石同士で挟み、地盤と建屋を分離する免震機構が備えられている。
過去にはばね鋼を用いた緩和も検討されたが、逆に共振や振動の助長が分かり一気に衰退したようだ。
「スプリングの生成技術があって何故?!」
俺は思わず机を叩いたので、まだ下にいる3人がビクッとなった。
ばねを台車に使えば今より格段に良くなる。ビッグは衰退したと言ったがまさか・・・
「台車に使うとな?200年前ならあったが、それを組み込める職人が今いると思うか?」
やはり免震には使わなかったから技術が衰退したか。だが俺はここで秘策を打って出た。
一つの本をポーチから取り出して机に広げた。
そこでようやく机の下から出てきた3人は、本を見て目を丸くした。
「ユウキ!それは!」
そう、過去からの呼び声。
トージの書斎にあった一冊だ。
そこには適切なばね鋼の成分から原材料の産地、絵が描かれていた。
そして書かれた場所はここチェストである。試作の真っ最中に彼等は立ち会っていたのだ。
文字については、いつか来ると想定して翻訳を書いてある。
つまり、ロストテクノロジーの再現方法が記述された、国宝級の宝が置かれたのだ。
ユウキはニヤリとして彼に突きつけた。
「これでもまだ疼かないかい?」
ビッグは俯いたままワナワナと震えていた。
だがこれは・・・
「素材を・・・持ってこい!」
一人の職人が発する武者震いであった。




