久々の布団
ダルカンダを出発してから1週間が過ぎ去っていた。
王都から離れるにしたがって、街道の道は徐々に質が悪くなっていく。
夏と言うこともあり、雑草の手入れにまで手が回らないのであろう。
馬車の車輪幅を残して、土の部分の方が草より少ないくらいだ。
「イーストホープってこんなに遠かったの?」
レナードは言われて地図を眺めるが、正確に測量した物ではないのでさして当てには出来ない。
野宿もあまり慣れていない4人は、村や街暮らしに甘えていた事を実感していた。
しかも馬車の振動が直接伝わるため、街道は整備されていても土や石であり、振動が激しく寝られるほどの快適さもない。
「ダルカンダからイーストホープはそんなに離れていないはず、道を間違えたか?」
街道は基本一直線だが、先の通り草が生えているのだ。間違っていても不思議ではない。
「アリサ、ちょっと見てもらえるか?」
「分かったわ」
俺は馬車を止めてアリサが荷台から降りると、膝を曲げて一気に跳躍した。
暫くし戻ってくるとあまり芳しい顔はしていない。
「何もないわ、草と荒野と森」
「マズいな。ちょっと俺も見てくる」
アリサと同じように跳躍すると周囲の状況が見えてくるが、アリサの言う通り何もない。
だがアリサには見えない物が自分には見える。
下に降りてくると森の方を指差して言った。
「あっちに魔力反応があったから行ってみよう」
「大丈夫?賊とかじゃないかしら」
その心配もあった。
だが、このままでは正直言ってどうにもならない。ダルカンダで買い込んだ食料も有限である。
「ルインは一緒に来てくれ、レナードとアリサは待機。5分で戻らなければ警戒して来てくれ」
「「「了解」」」
ルインは《サイレントミスト》により隠密行動に優れている。自分も魔力については抑える事ができる。
慎重に森林の方へと歩み寄り、魔力反応があった場所へと侵入していく。
すると話し声が聞こえて来た。
「この辺りも食料が減って来たな」
「あんなに沢山来ればそうなる」
気配を消して様子を伺っていると、どうやらゴブリンだったようだ。
位置的にはサウスホープから離れているため、グライスとは別の集落と考えた方がいいだろう。
俺は意を決してゴブリンに問いかけることにした。
ガサガサッ!
わざと音を立てて茂みから姿を表す。
「ガッ!人族!」
ゴブリンは直ぐに棍棒を引き抜き臨戦態勢を取る。
だがここで防御姿勢は取らない。
「ユウキと言う、話をしたいがいいかい?」
ジッと俺を見ていたが、後方の木の上にもう一体いた。そいつはユウキの後ろを凝視して弓を構え始めた。
「後ろ!!」
そして引き切った矢をルイン目掛けて射出した。これを皮切りに棍棒ゴブリンが俺へと攻撃を仕掛ける。
ルインは矢を回避すると即座に木の上へと飛び移り、攻撃相手に接近を始めた。
棍棒を弾き飛ばして距離を取ると、ルインに警告するように叫んだ。
「ダメだ!隠れた俺らが悪い!!」
「あえっ!うわっとと!!」
乗り移った木の枝でつんのめって、落ちそうになるのを耐えるルイン。
落ちないのは流石である。
「すまない、賊を警戒していた!グライスの友ユウキだ!知らないか!?」
「グライスは知る、お前は知らん!」
ゴブリンは棍棒を打ち落とされて右手を庇うように距離を取った。だが弓ゴブリンはまだ弦を引いている。
(沈黙させるしかないのか!?)
必死に言葉で語りかけるが話を聞いてもらえず、一方的に武力での解決を図ろうとするゴブリン。
俺は思った。
これでは最初にグライス達に会敵した時と同じではないかと。
このままでは自分もルインも怪我を負う可能性があった。ここは仕方ない。
そう感じ始めていた。
「ルイン!弓を奪え!」
「オッケー!」
言うが早いか、学園長の失敗作である指輪の効果が強烈なのか。
ルインはレクサスに負けず劣らずの速度で、ゴブリンから弓をひったくって地に蹴落とした。
ドサッ!
「グガァ!いてぇ!!」
弓ゴブリンへと歩み寄ると、手を差し伸べた。
「大丈夫か?手荒な真似をしてすまない」
それを見たゴブリン達は、自分たちの過ちに気付き始めていた。
だがしかし、状況がそれを許さない。
森の奥の方から更に多くの魔力反応を感知した。
その数、数十はくだらない。
「チッ、タイミングが悪い!」
ゴブリン達も後方の気配に気付き始め、ニヤリと下卑た笑い方をした。
「お前達は終わりだ。あの方達が来られた」
ルインは俺の横に着地すると説明を求めた。
「奥から更に魔力反応だ。しかも強い奴がいる」
「ホブクラス?」
「恐らく。この辺りのボスかもしれない」
だが戦う意志を見せないように、増援部隊を待つことにした。
ホブクラスならもう少し込み合った話し合いが可能かもしれない。
徐々に近づくゴブリン達の姿が、木漏れ日からうっすらと輪郭をはっきりさせてくる。
そして相手を見て喜んだ。
「ボブ!」
名前を呼ばれ相手を見ると、俺である事に気が付いてくれた。
そして跪くと、一緒に来たゴブリン達も同じように跪いて首部を垂れる。
「お久しぶりですユウキ様。何故この様な場所に?」
それを見た最初のゴブリン達は唖然とした。
自分達よりも強大な集落の族長達が、敵対する人族に敬語を使って片膝を地につけている。
焦って同じようにしていたので、俺はそれを静止した。
「よしてよ、敵意は無いって最初に言ったでしょ」
敵意。
その言葉にボブが鋭い視線を飛ばすと、ゴブリン達は縮こまってしまった。
「よもやオレの話を聞いていなかったか?」
「は?あ!人族と突如接触したのでその・・・」
「ボブ、圧政は後で噴火するぞ」
それに対してボブは更に深く頭を下げた。
「承知の上。我等は時に力も必要となります」
確かに言葉だけで全てが解決される世界は素晴らしい。
だが、現実問題として聞き入れる事が無ければ、応じることもまた必要であった。
しかしミリタリーバランスは重要であるが、何でも力や圧政で生活を支障させては、いつか市民の怒りが爆発する。
「獣人同士のやり方があるし、全部が全部を否定はしないよ。分かっているならいいさ」
そこでボブの問いがまだ終わっていない事を思い出した。
アリサ達も約束の時間になったので様子を見に来てくれて、4人揃って近くのゴブリン集落へとお世話になる事にした。
「ではユウキ様は道に迷ったと?」
「情けない話ね。迷った事さえ気が付かなかったよ」
「ここはイーストホープの北東に位置します。人族の街道は渓谷を挟んで南北に分かれています」
南ルートは遠回りだが大都市を経由する安全ルート。
北ルートは短距離だが、寂れた旧街道という事らしい。
グライス達もダルカス大森林から撤退する際はここを通っており、いくつか馴染みのゴブリン集落があるとの事。
「先ずは知人から不和を解消しようって所かな?」
「然りに。しかし現実問題として末端はユウキ様の知る通りです」
中々一筋縄ではいかないか。
予想はしていたけど、人族の方もまだまだ獣士を知らない人の方が多い。
近況を話し合っていると、ゴブリンの集落に辿り着いた。
そこはグライスの集落と似ており、大木を柵にして円形の集落を構築していた。
「ボブ、只今帰還した。状況は静観で負傷者は居ない」
そこで俺達を見たゴブリン衛兵がギョッとした。
「そ、そこの人族は!?」
「友だ」
それだけ言うと、呆気にとられた衛兵を無視して集落内に入っていった。
最初こそ警戒されたものの、ルインやアリサが子供と遊んだり、レナードと共に族長と話をする事で誤解は解けた。
その日、一向は無骨ながらも久々の布団で休まる事ができて、布団の素晴らしさを実感するのであった。




