偽りの平和と正義
ユウキはあの時起きた事を思い返していた。
「赤龍!俺に力を貸せえぇ!!」
(弱者よ、何故力を望むか?)
「うるせぇ!全部護る為だ!」
ガシャァァァァン!!
間に合った。
真紅のヴェールは破壊と同時に次のフェーズへと移行した。
翼の形状へと変化を始めたユウキの魔力は、漆黒の斬撃を物ともせずにやり過ごす事に成功する。
だが何かが己を支配しようと襲いかかってきた。
(汝は耐えうるか?求める物全てを支配してみせよ)
ユウキはレディアントブレスの閃光から上空へと退避した。
下では猛攻がなりを潜め、静観するように闇バルトフェルドが様子を窺っている。
ユウキは再度扉の前へと訪れていた。
先ほどとの違いは、赤い扉が8割ほど開いた状態へとなってる。
“破壊せよ。さすれば護る者も自身を殺そうとする者も、全てが無に帰し世界は永遠の幸を手に入れる”
赤い扉から男の声が響いてきた。それは脳に直接語りかけるようで、その言葉全てが正しい事のように聴こえてくる。
「そうだ、全部壊せば不幸も何も無いじゃないか・・・」
ユウキは何故今までそんな簡単な事に気がつかなかったのかと愚かしさを感じていた。
グライス達を滅すれば人族との不和も解決するし、人族を滅すればそもそもの闘争も起きない。
“左様。破壊は殺戮と浄化を生み、新たな芽吹きは刈り取られる”
あぁ、素晴らしい世界だ。
迷う事さえ無い。
「力は正義。悪は弱者」
“それが世界の唯一変わらぬ秩序だ”
何故この世界を守ろうとする?何故この世界の平和を望むんだ?
誰に約束した?自分の道は自分で切り開けばいいじゃないか。
「全部壊してやる」
この答えにたどり着いた時、赤い扉の向こうで男が悲しい表情をした気がした。
その時、ユウキの頭にチクリと痛むものを感じた。
それと同時に赤い勾玉がついた首飾りから1人の少女の声が響いてきた。
『まだ終われない!ユウキは・・・まだきっと!』
それはアリサであった。
彼女は自分を信じて意識が奪われたバルトフェルドと対峙しているのがわかる。
ユウキにはそれだけで十分であった。
グライスとの闘争や村で遊んでいた時から、彼女には助けられた事が沢山ある。
「・・・なぁ赤龍。そんな悲しい未来を信じて託したのか?」
ユウキの問いかけに声の返答はない。
「お前の魔力は生まれつき俺の中にあった。ならばこの魔力は俺の力だ。お前は・・・」
ユウキは扉の主である幻影に向かって、拳を突き付けた。
「お前は俺だよ」
その言葉に呼応するかのように、赤い扉は輝きを増していく。
その輝きは自身の中に吸収されるように、周囲を優しく照らしていく。
(よくぞ辿り着いた。我等が子よ)
「偽りの平和は要らない。ただ信じる者達が進んだ正義を求める」
ユウキは自分を自分の中に押し込めて、ただ大切な者たちを護るために力を行使する。
それは破壊と殺戮の狂人とは真逆の性質を理解し、暴れる己の魔力に打ち勝つことができた。
そして愛する1人の少女を守るため、翼をはためかせて死の閃光が護るように優しく包容した。
ここまでがユウキの深層での葛藤であった。
ユウキの治療をある程度終えた段階で、バルトフェルドが意識を取り戻したようである。
周囲の惨状に目を見張り、立ち上がろうとしたが脚に力が入らなかった。
フラッとした瞬間、メアリーとマーカスが支えて肩を貸していた。
「皆すまない、私の未熟さ故に」
バルトフェルドによると若干の意識はあったようだ。
ユウキの推測通り《ソウルイーター》を行使した直後に自分の中で強大な魔力が蠢き、自分を支配しようとしたとの事であった。
「あれは何なのだ?」
バルトフェルド曰く、《ソウルイーター》は相手の魔力を吸収して自分の魔力に上乗せする。
更に自分が行使できる能力として、自身のキャパシティの約2倍までは引き上げられる。
だが己を支配してくる魔力など今まで経験したこともなかった。
故にバルトフェルドは戸惑ったのだ。
「それは俺の中にある黒龍の魔力の一端です」
ユウキは地下ダンジョンにて黒龍と対峙した際に、魔力と希望を託された事を話した。
そしてユウキは今後の暴走のことを踏まえて、アリサとレナードの魔力を《点穴》で詳細に潜り、調べておく必要があると感じていた。
「アリサ、レナード、2人とも少し魔力を覗かせてもらっていいかい?」
2人はユウキが何を懸念しているかを察して同意した。
「私はさっき使ったけど問題なかったわ。でも一応見てもらえるかしら」
そしてアリサの胸に手を当てて深く潜ろうとした。
だか突然アリサがバッと胸に手を当てて下がった。
「えっと・・・その、ここじゃないとダメ?」
ユウキは自分の手とアリサを見て、慌てて両手をブンブン振った。
「ゴメン!必要だったんだ!」
アリサは顔を赤くして手を退けると「仕方ないわね」と言って胸を突き出してきた。
言われてユウキは何処か恥ずかしくなってしまったが、ソッと優しく触れた。
「すぐに終わるよ」




