レナード・ドール
朝目が覚めるとユウキはベッドから落ちていた。
落ちても起きなかった所を見ると、恐らくアレのせいだ。
そして周りを見渡すとレナードはまだ寝ていた。
「今何時だ?」
まだ少し眠気がある中、窓から挿す陽光の角度から大凡の見当を付けた。
時刻は恐らく昼前。外では学生が剣や魔法の修練に励んでいた。
「大分飲んだからなぁ。あっちでも酒なんて飲んだことないのに・・・」
彼の前世は17歳の高校生でスポーツや肉体の鍛錬に勤しみ、酒など飲むはずもなかった。
どこか懐かしさを感じるのは、前の年齢に近くなっているからであろう。
しかし悪くないとも思っていた。
誰かも知らない人達と全部を忘れて騒ぎ合い、友情を結ぶ者たちとたわいの無い話で盛り上がる。
だが・・・
「まだ早すぎたな。頭痛い」
ユウキは治癒魔法でアルコールを飛ばそうとしたがやめた。
自然治癒能力を高めるためにも、なんでも魔法に頼るのは良くないと考えたからだ。
顔を洗って湯を沸かすと、暫くしてレナードがモゾモゾと動き出した。
「おはよう、こんにちはか?」
それを聞いてレナードは頭を急速に回転させた。
実家で酒について講釈や若干の含みは行っていたが、まさか呑まれるとは想像し難かったからだ。
「おはよう。頭痛い」
ユウキは吹き出した。
「俺もだ。頭の中がガンガンするしフラフラするわ。
紅茶を入れるから顔でも洗ってこい」
言われてレナードはバスルームに行くと、そのままシャワーを浴び出したようだった。
(俺も後で浴びるかな)
さっぱりしたレナードが出てくると、制服に着替えだしたので交代でシャワーを浴びて午後の一時をレナードと満喫した。
「あいつら大丈夫かな?」
「どっちの?」
レナードが言うのは、獣士達とアリサ達のどちらか?という事だ。
「あぁ、アリサ達だ。ルインなんかボロ雑巾みたいになってたからなぁ」
それを聞いてレナードも昨夜の事を思い出したのだろう。ククッと我慢した笑い方をした。
「ハハッ、あぁ昨日は楽しかったな。あんな小さい世界でも確実な前進があった」
「そうだね。ユウキは本当に凄いよ」
どこか寂しげなレナードにユウキは眉を潜めた。そしてユウキは思い切った質問をしてみた。
「レナードはどうしたいんだ?ドールガルスのトップか?世界をその目で見たいのか?」
そう、レナードが将来何をしたいのか聞いた事がなかった。
彼は学園に来て将来どうしたいのか?目標があるのか?
「僕は・・・分からない。この学園に来たのも親が決めた事だよ。ユウキ達みたいな目標は・・・」
レナードが俯く姿を見て少し悲しくなってきた。
彼と一年以上も一緒に暮らしてそんな事も知らなかったのだ。
「なぁレナード、世界は変わるし人も変わる。俺は獣士の問題がなかったら入試で農村に帰っていたぞ?」
その言葉を真摯に受け止めていた。
レナードは考えても結局貴族が決めたレールの上を走る。そんな未来しか見えていなかった。
「ひとまず俺と一緒に世界を見よう。そして最後は言うんだよ、やりたい事があるってな」
レナードはやはり俯いたまま顔を上げない。彼が幼少期にどれだけ頑張っても実らなかった未来だ。
そう感じつつも、傷つけるかもしれないのを覚悟で背中を押すことにした。
「俺はレナードの相棒だ。この先背中を預けたくなったらいつでも何処でも駆けつける。
レナードが俺にしてくれたから、昨日の獣士と人とが笑い合う世界が出来たんだからな?」
それは事実だった。
仲裁に手を拱いていた自分に対して、背中を押してくれたのは間違いなくアリサとレナードだった。
「だから・・・もっと俺を頼ってくれよ。レニー」
最後の名前を呼ぶ声がレナードの中で反芻された。
彼を愛称で呼んでくれた者は誰一人いなかった。家族はネームで呼び、貴族は媚び諂い、同世代の子供はレナードを避けた。
レナードから自然と涙が溢れ落ちていた。
「これで・・・2度目だね。」
レナードは涙を拭うと、ユウキを見て優しい笑顔を向けて礼を述べた。
「1度目は入試の時に敬うアリサを止めてくれた。
僕はもう間違わないよ、僕の僕がやりたい事をしたいと思う」
それを聞いて笑みを浮かべた。
「あぁ、例え誰かに言われた道でも自分の意思で進むんだ。それがいつかやりたかった事に変わってもレニーの意思は変わらない」
レナードは頷きながらユウキに感謝した。
かつてここまでレナード・ドールと向き合ってくれた人は居なかった。
ドール家の後継者候補、近衛兵長の弟、生徒会長の弟。どれもレナード個人ではない。
「もう一度言わせて。君を友達に選んで良かったと思うよ」
レナードはもうブレない。
これからも彼は進み続ける力と信念を持ってもっと大きく成長するだろう。




