獣士懇談会(2)
カウンターの片付けが終わると女将はユウキの方に振り直った。
そしてため息を吐くと呟き出した。
「ある日、右も左も分からない坊やがこの街にやってきた。」
突然の女将の語り掛けに皆が首を傾げた。だがそれが何のことだか分かるようになる。
「そいつは歳のわりに出来るようでいて、どこか不安を隠して前に突き進んでいた。
不安に押し潰されないように虚勢を張っていたけど、ガス抜きは知らない。目標しか見てない。最初に見たあどけなさは徐々になくなっていった。」
そしてユウキを見ると、今度は母の眼でユウキを見ている事に気がついた。
思えばこの街に来てから最初に世話を焼いてくれたのはこの人だ。それからも色々と相談に乗ってもらったり、学園であったどうでも良い話を楽しく聞いてくれた。
それは第二の母とも言える存在であった。
「そいつが道を間違えたりしたら私は全力で止めてあげるし、帰る場所としてあり続けるよ。」
そしてユウキを抱きとめると最後に一言だけ告げた。
「だから頑張りすぎないで。」
ユウキも女将に抱きついてもう一度だけ、先ほどの言葉を言った。
「ありがとう」
暫くそうしているうちにガダンと音がして皆が振り向いた。そこにはミサが力なく座り込んでいた。
それを見た女将が額に手を当ててため息を吐いた。
「あちゃー見ていたのかい。安心おし!相手を考えて力を加減するさ。ユウキさんは頑丈だからこの程度じゃないとダメなの!」
そう言ってミサの方に歩いていくと、立ち上がれない娘を抱きよせた。
ミサは普通の少女だ。ゆえに母が叱っても普通の親子のやり取り終わり、今のユウキに対する叱り方とはまた違う。
レナードは心配そうに見ていたが、ミサ達の方に近づくとミサの頭に手をやり撫でてあげた。
それを気持ち良さそうにしながら、母の胸に顔を埋めてしまった。
「あの程度じゃユウキはビクともしないから大丈夫だよ。ただ母が男の子を叱ったようなものさ。」
そこでグライスが杯を持ってユウキ達のほうにやって来た。
「後は親に任せとけ。俺達は呑むぞ!」
ユウキはガルシアの方を向いて同席を促した。折角一緒にいるのだから楽しまないと損である。
人をかき分けながら食堂の奥に向かうと、一向は吹き出してしまった。
「ゎぉ、ヌーディスト・・・」
まさに誰得状況であった。服を脱ぎ捨てたレクサスが顔にレモンを乗せて踊っていた。
周りは囃し立てて面白がっていたが、リザードマンの裸など恐らく誰も見た事がないという歴史的瞬間だ。
だがこのレモン踊りには意味があった。
レクサスが顔に置いたレモンを宙に放ると、それをグラスの上に着地させた。
何とも器用なことであるが、実はこれ失敗すると服を脱いでレモンをグラスに絞り、焼酎を入れたら飲み干すゲームらしい。
双方成功で二人とも飲み、酔い潰れるまでやるとの事。服を脱ぐのはパン1なら辞めてもいい合図。
よく見ると周りには、酔い潰れたパンツ一枚の男どもで埋め尽くされている。だがレクサスはパンツなど持ち合わせていない。
「どうだ!我が秘義を前に勝てる者は現れんだろう!シュルルル!!」
そこでアリサがスッと横を通り過ぎていった。横目に見た感じヤバい。ユウキには目が見えなかった。
「なに、してんの、よっ!!」
バァァァァァン!!
レクサスは床に顔面キスにをして、ケツを上げた状態から動かなくなった。
周りがシーンと静まり返る中、アリサは腰に手を当ててフンッと鼻息を鳴らすと、突然冒険者が歓声を上げてアリサの周りに寄り集まってきた。
「嬢ちゃんすごいな!こいつこれでもネームドだぞ!!」
そう、これでもユウキと死闘を繰り広げた名のある獣士だ。冒険者は距離感を詰めてはいたが、やはり恐れ多い存在でもあった。
そこで屈強な冒険者が大樽も持ってアリサの前に来ると、ドンッと置いてニヤリとした。
「あら?私まだ呑めないわよ?」
チッチッチッ
指を左右に振ると大樽の上に膝を置いてアリサを待った。そう、これは腕相撲の挑戦状である。
それを理解したアリサは同じく膝をつくと、勝手に審判をしだした奴が組手に手を添えた。
「Lady…GO!!」
バガァァァン!!
開始と同時に大樽が破壊された。
始まる直前アリサは《真・ストロング》を使用した。しかも分かり難いように腕と背筋だけに。
魔力操作に天才の才能を持つアリサだからできる芸当である。
「「ワァァァァァ!!」」
再び歓声が上がった。この場は完全に彼女の独壇場であった。
「この樽、脆いわね。」
そんなやり取りをしている間にユウキはレクサスの様子を見ていた。
どうやら酒の方にやられているらしい。
「おい、レクサスだいじょ・・・」
声をかけた瞬間、突然レクサスがガバッと起き上がり意味不明な言葉を発した。
「エミリー誤解だ!女には手を出していない!」
エミリー?どちら様?
そんな事を考えていると、レクサスがキョロキョロと辺りを見回した。
「ん?ユウキか?来ていたのだな。呑むぞ!」
(おい、エミリーさんはどうした?)
心の叫び虚しく、酒は呑めないと言うと今度は凄く落ち込んでいた。実に面白い奴である。
そこでガルシアがレクサスの肩に手を置いて慰め、グラスを傾けた。
「エミリーさんは怖いけどいい女なんだな。」
バッとガルシアの方を振り向いてワナワナと震えていた。
「なぜ・・それを!」
フッと笑うと、イケメンが渋い声で語りかける。
「当たり前だろ?お前の事は何でも知っているさ。」
するとレクサスの空いたグラスに麦酒を注いだ。それをスッと綺麗にレクサスの前まで滑らせると、自分のグラスを一気に煽る。
レクサスも一口飲むと、焼酎とは違った口当たりに満足して口角を上げた。
「我はレクサスだ。お主の名は?」
「グライスと死闘を繰り広げた漢、ガルシアだ。」
それから二人はよく知る旧友であるかのように語り合った。
ここでガルシア氏について一つ弁明したい。彼は嘘はついていない。
だが酔っ払って言った事を忘れた相手に昔から知った風を装う事や、一々格好つけて渋い声で優しく言うのは彼の人の良さなのだ。




