ダルメシア戦争の正史(2)
ユウキは思考をフル回転させていた。
このまま読めないと言えば、ここにある本は恐らく二度と読めなくなる。たが、変わりに解かなくて良い謎まで公にする可能性がある。
冷や汗をかき思考を続けるが、堂々巡りになり半ば思考停止の状態となってしまった。
トンッ
ここまで静観していたルインがユウキの肩に手を置いた音が静かな書庫に響き渡った。
「大丈夫だよ。ユウキは一人じゃないから。」
そして見渡すとアリサ、レナードが力強く頷いていた。
ユウキはまたしても自分の世界にのめり込んでしまった。サウスホープ森林の戦いで皆に助けてもらったのにまた一人で抱え込んでしまったのだ。
ユウキは自然と笑みをこぼしていた。
「ありがとう。ここから出るのは大蛇か獅子か分からない。でも三人となら・・・」
そしてユウキは決意して学園長に告げた。決して後ろを振り向かない。
「読めます。ただし読むには時間を要します。」
学園長はそれを聞いて満足そうに頷くとここの書庫の出入り許可を出してくれた。
結局は学園長室を経由しなければならないため、学園長が在室している時に限られる訳ではあるが。
「ユウキ君、このページは直ぐに分かるのかな?」
先ほどノイントが開いた本の事である。ユウキは内容を掻い摘んで説明することにした。
著者はノーザス・バレル。彼が戦時中に書いた物であること、そして時期は聖都が参戦する直前で聖都領に居る獣人ホルアクティの調査に、ユウキの祖先であるナルシッサを使おうと画策した事を説明した。
それを聞いた学園長は驚いた顔をして、本棚に視線を侍らせた。
「これは・・・歴史が変わりますね。」
レナードも学園長に同意した。彼は幼少期より歴史についても教育を受けており、その辺りにも精通していた。
「確かに。ホルアクティの活動は文献に残らないし、ノーザス氏の動きについては多くが語られていない。
加えて一般向けには、ナルシッサ・ブレイク嬢のことも語られていませんね。」
農村で育ったユウキやアリサ、闇ギルドにおいて別の意味で英才教育を受けたルインは歴史に疎い。
「国の正史を掻い摘んで教えて頂けませんか?」
学園長は頷くと、少し長くなると言って着席を促してから正史について語りだした。
今から約200年前、帝都ゾディアックと聖都サンクチュアリと王都ダルメシアが戦った戦争である。
戦争初期は帝国と王都における領土戦争。
始まりは国境周辺における些細な衝突で、これは日常的に発していたがその時は帝国兵一名の命が失われた。
これを皮切りに帝国は国境衝突の調査という名目で、大規模な兵を集結。
だがこれより先に王都は上級騎士団を含めた騎士団を国境から50kmほど離れた街、ハーミットへ派遣していた。
王都正史文献には獣人鎮圧を目的に、たまたま部隊が国境の近くに配備されていたと言うことであった。
帝国の調査隊が到着すると、王都側には既に騎士団が到着しており、一触即発の状態のまま一週間が過ぎた。
帝国側もその間に軍備を整えて増員を派遣するも、緊張の糸に耐えることが難しい状況で帝国領の国境付近に隕石が落着。
衝撃が何であったかを特定する前に前線の兵士が戦闘を開始。国境砦と防壁を破壊し泥沼の戦いに発展した。これは双方共に完全に誤算であった。
この戦いは無慈悲な状況で開戦したことから、後に『神無砦の崩落戦』と言われ王都軍1万と帝国軍3,000がぶつかり、帝国側の大敗で幕を閉じた。
国境砦は当時の騎士団長デルタ・ガークス(バルトフェルドの祖先)が指揮をとり、圧勝した後に帝国側の領地を含めて1ヶ月ほどで復旧掌握した。
ここで王都からの下級騎士増員を受けて、帝国側に動きがないことから上級騎士団は王都の防衛に帰還する。
しかし帝国側の増援部隊が残存兵と合わせて再編成され、砦の復旧を待ってから再度の反撃に出る。
この準備時間を使って帝国側は領内の冒険者を徴兵すると、帝都の防衛は皇帝本人がいれば良いと言う強硬手段に出て一気に巻き返しを図った。
帝国側の再編部隊は約3万に上り、防衛に残された下級騎士は2万ほどであった。
帝国軍には佐官クラスの上級騎士団と同等の強さを持つ部隊で襲撃したため、砦をほぼ破壊することなく王都軍を鎮圧した。
そして砦防衛に部隊を残さずそのまま王都に向けて進軍を開始した。
最も近い街であるハーミットは砦の再侵攻から僅か3日で陥落。また、物資の略奪で軍備を養うと1日も経たずに500kmほど離れる王都へ向けて出兵した。
この二週間後に王都へ帝国が国境砦を掌握し、進軍中との知らせを受ける事になる。焦った王都はすぐに王都騎士団の部隊を再編制し、さらに帝国と同様に王都に駐在する冒険者を強制的に徴兵した。
この時王都で名を挙げていたトージが冒険者の指揮を執るように命じられた。
騎士団長以下上位騎士はすべて王都の防衛に充てられ、トージを筆頭とした元冒険者で結成された義勇軍(名目上)が矢面に立たされることとなる。
義勇軍はまず王都から150kmほど離れた街、イーストホープに拠点を置くこととされた。
義勇軍の数は約1万5000、対する帝国軍は佐官クラスを含み3万で、後方には帝国の冒険者を含む本隊6万が国境砦に待機された。
トージはイーストホープの東に広がる荒野を主戦場におき、伏兵をその南の森林に待機させる作戦をとる。この戦いが後に『イーストホープ渓谷戦』と言われるようになる。
相対した圧倒的不利な状況でトージは相手の指揮官であるスワロフ・カズキリー少佐に対し、撤退の意向を促した。しかし当然ながら受け入れられず開戦の合図は即座に発せられた。




