ダルメシア戦争の正史(1)
王都の国民に王から厳戒令の解除と解散が言い渡された。
皆元の生活に戻るため家々に帰っていくが、中にはその場に残り先ほどの宣告について話し合っているもの達が残った。
王は着替えに向かったため、皆それについて行き王を待つことにした。
多少時間を持て余した一行はそれぞれが今後の事を話し合っている最中、学園長のノイントがユウキ達に声をかけてきた。
「4人とも解散したら学園長室について来て貰えるかな?君達の学生としての今後を考えないといけない。」
4人は頷いて返事をした。休学、卒業、校外学習など様々な方法がある。王の命令を実行するために取る手段を決めようと言うのだ。
暫くして王が部屋から出てくると先程の会談での正装に戻っていた。そして獣士達に向き直ると告げた。
「獣士諸君は今日街を覗いて見てほしい。その身を持って民衆に知らしめるのだ、己が無害であると。」
「あぁ、だが剣を抜いた場合はどうしたら良い?まさか殴り飛ばすわけにもいかんだろう。」
グライスの懸念はもっともであった。中には憎しみに駆られて攻撃してくる者がいてもおかしくない。
「ギルド員を陰から見張させるから安心せよ。不届き者の始末はこちらで対処する。」
それを聞いて音もなくガルドが消えて行った。グライスはそれを横目に見ながらダンゾウを思い出し、口角を吊り上げた。
「影か、承知した。」
やり取りを見ていたユウキはどこか安堵したような優しい顔をして王に一言挨拶した。
「ダルメシア王、俺達もここで失礼します。学園長が用事があるようなのでこれから学園に向かいます。」
王は頷いて最後の取りまとめに入った。
獣士は同族をまとめ上げること。
王都は人族に同意を得ること。
その連絡にユウキ達がゾディアック帝国と聖都サンクチュアリに赴き説得を図る。
「相違ありません。」
ユウキが答えると獣士達もそれぞれ了承した。
「ユウキ・ブレイクには後ほど支援物資を寮に届けるので各々も十二分に準備をせよ。帝国までは2ヶ月以上を覚悟せよ。」
ユウキはここで初めて跪き、王に対する礼を示した。レクサスも続こうとしたがグロッサムに肩を掴まれて制止された。
ダルメシア王は人族の長であって獣士の長とは対等でなくてはならない。ユウキは獣士と親密であれ、まだ人族に帰属した者であることを暗に示していた。
王はそれを満足そうに頷くと、バルトフェルドと共にその場を後にした。
「グライス、後で酒場に行くからね。」
「おう」
そのやり取りを最後にそれぞれ解散した。
ユウキ達はノイントと共に学園長室へ、獣士達は城下町へと向かって歩み始めた。
ーーー学園長室ーーー
何もない煉瓦の壁にノイントが手を添えると水面が揺れる様になびいて扉が現れた。これで2度目になるため特に驚きは無かった。
ただ1人を除いて。
「うわっ!ユウキ見た?壁が扉になったよ!ボクの部屋もこうしようかなっ」
「ルイン、寮の扉は変えたら寮長が激怒するよ。」
ルインはそう言われて口を半開きにして驚愕の表情をしていた。恐らく言われるまで考えなかったのであろう。
「ユウキとレナードの部屋を試しに・・」
「「「ダメ」」」
ノイントはそんなやり取りを尻目に中に入ると、ソファーに腰掛けて4人も座る様に促した。
色々と話す事がある中でまず最初に切り出したのは学園生徒としての立場である。
「今回の遠征は正式に王から命を受けた内容だ。したがって学園としても君達を課外授業として在学扱いにしようと思う。」
それを聞いて皆安心した。
特に卒業課程を取得していないルインにとっては、闇ギルドの意向で入学したとは言え自らの将来のために卒業することは重要であった。
「良かったです。固有血技についても少し思い当たるところがあって、もう少しで何かが掴めそうでしたので。」
それを聞いてノイントは目を輝かせた。彼は学園長という立場にあれど生粋の研究者でもある。
固有血技の謎に迫れると聞いて無碍にするならこの立場には居ない。
「素晴らしい!固有血技は突然得られて以降血族にしか発現しない。
かく言う私も祖先から受け継いだ物で調べようが無かった。」
ノイント曰く彼の《波長干渉》はダルメシア戦争で祖先のノーザス・バレルが発現したようだ。その人が今の王都学園の初代学園長を務めて今の教育の礎を築いている。
「あの、分かる範囲で結構ですので初代の発現した状況は分かりませんか?」
それを聞いて学園長は立ち上がると本棚に向かって行った。そして《波長干渉》により本棚に詰まる本の固有魔力波長を全て同じに揃えた。
ユウキにはそれが《点穴》で一つ一つ変わっていく様が見て取れて感心していたが、他の3人には学園長がただ手を本棚に突き出しているようにしか見えなかった。
暫くすると本棚が横に動き出して一つの通路が露わになった。そして学園長は振り向いてユウキ達に一言念押しした。
「他言無用で頼みます。」
ユウキが頷くと学園長は付いてくるように告げた。
通路は狭く人一人がやっと通れるようなトンネルになっており、暫く進むとやや開けた場所に出た。
そこを見てユウキ、アリサ、レナードは驚きを隠せなかった。何故ならそこは黒龍が隠していたダルメシア戦争の英雄トージの書庫にそっくりであったからだ。
「ここは・・学園長、俺たちはここと似たような場所に行った事があります」
「それは以前ダンジョンに入った時の話かな?」
3人が肯定するとこの部屋の説明をしてくれた。この部屋は初代学園長ノーザスの隠し執務室であり、入るには《波長干渉》を従前に行える者しか入れない。
「王を含めてここに他者を招くのは3回目です。」
そして一冊の本を取り出して机の上に置くと本を開いた。
「見ての通り、全く解読ができていません。」
そこに書かれていた文字はやはりトージの書庫と同じく日本語であった。重要な隠し部屋のため厳重に保管されていたが故に解読が進まなかったのだ。
それを見たアリサとレナードがユウキに目配せをしてきた。ルインは何のことやらサッパリと言った状況である。
それを観察していた学園長はユウキを見て一言。
「これが読めるのかな?」
ユウキは問われたが周りの本の背表紙を見回した。執筆者がノーザスなのか、トージなのかが気になったからだ。
(転生者はどっちだ?両方?分からない・・判断材料が少なすぎる。)
「ユウキ・ブレイク、私を信用して欲しい。君には分かるだろう?歴史を紐解きたいのだ。」
ユウキは開かれたページをざっと見た。
“帝国と王都の戦いが膠着した状況の中、戦争は新たな局面を迎えた。
鳥獣人ホルアクティが聖都領に集まりだしている。聖都は未だ沈黙を続ける中で今西側から第三勢力が介入すれば王都が陥落する可能性は高い。
トージは聖都を刺激しない方向で帝国を説得し続けているが、とうの本人はやたらと北側の魔族を気にしていた。
彼らは未だかつてこの大陸に介入したことはなく、皆の不審感が募るばかりである。
明日ナルシッサへ西側に偵察隊を編成して貰うように打診する。”
ダルメシア戦争の手記と思われた。ユウキの祖先である《点穴》の初代発現者ナルシッサは英雄トージの右腕であり、聖都領のモリス森林で聖都から急襲を受けて《点穴》を発現した。
恐らくはこの手記はその直前の歴史を示す物である。
そしてこれをトージの書物と合わせれば、数百年前に起きた人族が結束する切掛となったダルメシア戦争の謎を紐解く事ができる。
だがトージの書庫で読んだ固有血技ノ書には当時の国王が、戦争の発端を作ったと言う戦犯事実も発覚した。
他にも不都合な歴史は多分にあると思われる。
非常に難しい局面であった。今後も含めて歴史は紐解けば助けになる。だが変わりに失う物や戦争に逆戻りする可能性すらあった。
ノイントはもう一度ユウキに問いかけた。
「どうかな?」
ユウキは本をじっと見続けた。
(どうする・・・!)




