本気の模擬戦
サウスホープ森林の一角、ゴブリンが作った闘技場から凄まじい爆音と衝撃波が木霊していた。
ボブは防御に専念し、ゾゾが矢により撹乱しながらダンゾウが死角をついてくる。
ユウキは合間合間に素手による連弾をソリッドフィールドに叩き込むが、非常に頑強で傷一つ付かない。
打ち込むタイミングで凄まじい風圧を帯びた矢がユウキに放たれる。
ユウキはそれを掴むが矢は勢いを殺されず、一緒に吹き飛ばれるが地に足をついて錐揉みしながら停止に成功する。
(外壁に防御壁がないから壊れるっつうの!)
悪態をついて矢を持ったまま立ち上がると、背後からゾワッとした感覚がユウキを襲う。ダンゾウが気配を紛れさせて背後を取ったのだ。
一閃。
ユウキは回避した・・と思っていた。
大きく距離を取ったユウキの左腕が燃えていた。咄嗟にウォーターボールで消化してダンゾウを見やった。
彼は油断のない佇まいで短刀を構えていた。だがその短刀からは炎が揺らめき、異様な圧力がユウキを捕らえていた。
「流石はユウキ様です。あの状態で躱されるとは思いませんでしたよ。」
「魔力使っちゃったよ。聞いても?」
「固有血技の《陽炎》にあります。詳細はその身をもってお答えしましょう。」
ユウキはチッと舌打ちして悪態をついた。まさか全ての族長が固有血技に目覚めているのは想定外だった。
ゾゾも《エアリアルフィール》と言う固有血技に目覚めている。リザードマンとの戦闘で行使した突風を生む矢は、魔力の追跡で遠方の的を射抜き全てを吹き飛ばした。
遠くではゾゾとボブがグライスとやり合っているが、グライスもソリッドフィールドを崩せず難儀していた。
ダンゾウが揺らめいた。いや、炎がダンゾウを囲い人の形を成していくのだ。
一気に周囲の温度が上昇して大気は揺らめき、炎の塊はそれ単体で触れれば火傷では済まない高音物質へと変化していく。
「ユウキ様、御覚悟を。」
陽炎は揺らめき形を変えながらユウキに飛んでいくと、右腕を突き出した。
シュッ!
ユウキは掴めず触れない相手に距離を置きながら、バックステップで回避していく。徐々に反対の外壁まで追い詰められるユウキは必死に打開策を考えた。
(触れない相手・・高温に対抗できる物・・相性悪過ぎ!)
ユウキは思考を切り替えて、本体であるダンゾウに標的を絞ると陽炎をすり抜けて一気に加速した。
《ファストブロー》をダンゾウに打ち込まんと相当な速度で闘技場を一直線に疾走した。
「それが答えですか?ユウキ様。」
胸をガードするダンゾウは、ニヤリと笑ったユウキの顔が目に入り驚愕の表情をした。
ユウキは余裕な態度のダンゾウに対して目の前で急停止し、ブローをアッパーへと切り替えたのだ。
「!?」
ダンゾウはスレスレでアッパーを回避すると、持ち手から横に一閃した。
ユウキは体を捻り回避を試みるが、横腹を斬られてダメージを負った。だが致命傷は避けられた。
しかしダンゾウの瞳は勝利を確信していた。
回避後の無理な姿勢。
それはあまりにも致命的であった。陽炎がユウキに追いつき炎を凝縮して右腕を振り下ろした。
致死性の高温を伴う豪腕が迫り、反対には同じく高温の炎を纏った刀を持つダンゾウ。ユウキは絶体絶命だった。
そしてそらは突如として起こった。
ダンゾウは外壁に押し付けられ、陽炎は消え失せたのだ。視覚できないとかそう言ったレベルの話ではない。
「ガハッ!な・・何が起きた・・・」
ダンゾウが最後に見たのは隆起した地面が吹き飛び、ユウキが自分の命を握るように手を突き出している所であった。
そこでダンゾウは気を失い戦闘不能となる。
離れたところではグライスがゾゾの《エアリアルフィール》を利用してボブの《ソリッドフィールド》を破壊していた。
同士討ちを狙われたのだ。ここで戦闘経験の差が如実に現れ、後はなし崩しのように連携が途絶えた所をグライスに壊滅させられた。
ユウキはグライスの元に駆け寄ると、二人は何も言わずに右手を出して掌を打ち付けた。
パンッ!!
「個々の能力は高いけど、同レベルの訓練しかしてなかったんじゃない?」
同レベルでも精進をすれば強くなっていく。だがそれは双方のレベルが上昇しなければ一切変わらない。
ゲームでは経験値でレベルが上がるが、実際はそう言うことはない。これはスポーツなどでよく分かる。
反復練習は効果を生むが、より強大な敵が現れれば復習しか出来ない者達は実戦で成す術もなく殺される。
「応用力が無かったのも、身内同士で遊び半分の気持ちがあったのだろうな。」
グライスも同様の意見であった。
彼の世代は生きること自体が常に戦場であった。ユウキもこの世界に来てからは、前世の平和な世界から一変して生きる事と守る事へ余念なく精進してきた。
ユウキは魔力を生成すると一気に解き放ち、真紅の魔力の渦が闘技場を駆け巡る。
《龍の囁き》
癒しの力によりダメージを負った者達は起き上がり、皆が片手で頭を抱えていた。
違ったのは一名、ダンゾウだ。
突然ダンゾウが地面に目一杯拳で叩きつけると地面が割れた。ダンゾウの右手からは血が流れるが気にした様子もなく歯を食いしばって震えている。
「全力・・!我輩の全力はこの程度なのか!魔力も纏わない師に届きもしないのか!!」
わなわなと震えるダンゾウをゾゾとボブは見つめていた。そしてそれを「仕方ない。」と思っていた自分達を恥じた。
「ダンゾウ、それは違うぞ?」
悔しさで震えるダンゾウは顔を上げて声を張り上げる。
「ユウキ様、情けは無用!この結果が事実です!」
「良い悔しさだね。だけど俺は一度死んだぞ?」
それに皆の片眉が吊り上がる。さながら何を言っているんだ?と言った感じである。
「俺もまだコントロール出来ていない力だ。陽炎と挟まれた時に死を覚悟したんだよ。
だけど周りが遅くなったと言うか・・あぁもう説明できない!一先ずあの時死を覚悟した!それは確実!!」
ユウキはリザードマンのレクサスと戦闘している時に知覚した、周りが遅くなるような感覚に陥った。
あの時は回避に使ったが、今回は自分の速度は変わらず周りが遅くなったように感じたのだ。
それ故にダンゾウを回し蹴りで吹き飛ばせた。
陽炎の攻撃はグレイヴで地面を隆起させた後に殴り、土塊を飛散させて陽炎を消したのだ。
グライスがこれまでの戦いを思い返して、最後に告げた。
「お前らは強い。だが一族を引っ張る族長であり、一族を守る砦でもある。
お前達の訓練を思い返せ。最初は辛くても俺が不在の後半はどうだ?」
それにボブが答える。
「自らの強さから訓練が楽になったと思っていました。」
グライスとユウキは同時に首を振った。
「それはお前らの成長がそこで止まっていたんだよ。対してダンゾウ、お前は何をしていた?」
「陽炎を使いユウキ様と長を想定したシャドウを行っていました。族長クラスでも我輩の攻撃に耐えるものはいませんでしたので。」
そこでダンゾウはやっと表情を崩すと、ユウキに笑顔を向けた。
「ですが想定よりも強くなられていた。我輩も甘かったようです。」
「そこが今の戦いでダンゾウとの違いに出てきた。後は分かるな?」
ゾゾとボブとダンゾウは跪いて答えた。
「甘さを捨てます。」
ユウキはニコリとすると諭すように補足した。
「でも優しさは失くしたらダメだよ。この戦争でリザードマンの心を結んだのは慈悲だよ。それを忘れてはいけない。」
「「「ハッ!(御意!)」」」
こうして彼らはまた一つ成長していく。ユウキとグライスはそれを優しい瞳で見ていた。




