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お姉ちゃんを探してみた

 ミリィを連れて北の町に向かって飛び立ったんだけど、ご主人様ご主人様ってベタベタしてきて飛びにくい。いままで通りに接して欲しいってお願いしたらようやく落ち着いてくれた。


 それから半日掛けて、僕達はようやく北の町へと到着した。のどかな町なんだけど、どこからともなく独特のニオイが漂ってくる。


「うぅ、この町、なんで卵が腐ったようなニオイがするの?」

「これは温泉のニオイだよ」


 ミリィは温泉を知らなかったみたいで、説明すると複雑そうな顔をした。温泉くらいは知っていても、こんなニオイがするとは知らなかったみたいだ。


「とにかく、エリシアお姉ちゃんの噂を聞いてみよう」


 ミリィには英雄なお姉ちゃん達の身内だと打ち明けてある。そのうえで、聖女の噂を聞いて、エリシアお姉ちゃんを探しに来たと伝えた。

 そんな訳で、僕は近くの露店に立ちより、お姉ちゃんのことを聞くことにする。


「すみません。その串、二本ください~」


 おじさんに鳥の肉らしき串焼きを注文してお金を払い、ミリィと一本ずつ分ける。がぶってかぶりつくと、肉汁がじゅわって口の中に広がった。


「わっ、凄く美味しい」

「ホントに美味しいね、なんの鳥だろう?」

「お、ぼうずたち、これが気に入ったか? これは、この辺りで育ててる地鶏だよ」


 露店のおじさんが嬉しそうに教えてくれた。この町は温泉と鳥の畜産が盛んなんだって。


「ところで、この町に聖女が表れたって噂を聞いてきたんですけど知りませんか?」

「なんでぇ、ぼうずはその噂を聞いてきたのかよ」


 おじさんが目を丸くして、それからニヤリと笑うと、屋台から身を乗り出して僕の耳に顔を寄せてくる。


「ぼうず、そんな可愛い彼女を連れてるのに物好きだねぇ」

「ふえ? どういうことですか?」

「くくっ、隠すな隠すな」


 ばしばしって背中を叩かれた。

 ギルマスみたいに、僕が聖女のファンだって思われたのかな?


「えっと……それで、噂の出所って、分かりますか?」

「あそこに宿が見えるだろ? あの温泉宿だよ。詳しくは宿屋の主人に聞いてみな」


 思ったより早く噂の出所が分かっちゃった。

 屋台のおじさんにお礼を言って、僕達はその宿へと向かった。



「こんにちは!」

「いらっしゃいません、宿泊ですか?」

「取り敢えず一泊お願いします」


 温泉宿のおじさんに宿泊の手続きをしてもらって、前金でお金を払う。そうして部屋に案内してもらいながら、僕は聖女の噂について尋ねる。


「あぁ……お客さんは噂を聞いてきた口ですね。たしかに目撃されてるのはうちの宿ですよ」

「……目撃、されてる?」


 過去形じゃないんだってびっくりする。


「ええ、大体数日に一回くらい、温泉で目撃されてるらしいです」

「え、そんなに!?」


 びっくりした。まさかそんなに何度も目撃されてるなんて思ってなかった。お姉ちゃん、ここの温泉で湯治でもしてるのかな?


「もしかして、この宿に宿泊してるとか……?」

「いや、少なくとも私は見たことがないんですよ。それに、目撃したお客さんはみんな湯あたりしてるんで、夢か幻とも言われてて……実際はよく分かりませんな」

「そう、なんですか……」


 宿泊はしてないのに、宿には現れる? 見間違い、なんてことあるのかな? 一度ならともかく、何度もお姉ちゃんらしき人が目撃されてるんだよね?

 うぅん……分からないけど、とにかくしばらくこの宿でお姉ちゃんを探してみよう。




「と言うことで、ミリィにもお姉ちゃんを探して欲しいんだ。お姉ちゃんが目撃されるってことは、女湯だと思うからさ」

「うん、いいよ。聖女様を見かけたらフィールを呼べば良いんだよね?」

「いや、僕を女湯に呼ばれても困るよ……」


 いくら僕だって、男が女湯に入っちゃいけないことくらいは知ってる。お姉ちゃん達と暮らしてた家のお風呂は混浴だったけどね。


「もしお姉ちゃんらしき人を見つけたら、僕が会いたがってるって伝えてくれる? ちなみにいまのお姉ちゃんは、髪が黒くなってるから気を付けてね」


 もともとはプラチナブロンドなんだけど、瘴気の類いで髪が黒く染まっているのだ。


「分かった、黒い髪だね。見かけたら話しかけてみるね」

「ありがとう、お願いだよ」


 ミリィが協力してくれたので、さっそく温泉に行ってみることにした。エリシアお姉ちゃんの捜索をミリィに任せ、僕は男湯の温泉に入る。


「お、おい、あそこにいるの、女の子じゃないか?」

「いや、ここは男湯だぞ? そもそも、あんなに可愛い子が女の子のはずないだろ」


 僕は脱衣所で服を脱いでいく。

 お姉ちゃん達と近く山にある天然温泉に入ったことはあるけど、それから長いこと温泉には入ってない。それに、こんな風に調えられた施設の温泉も初めてだ。

 楽しみだなぁってわくわくしながら上着を脱いだ。


「男……いや、ツルペタ少女か?」

「だから、あれは男の娘だって」


 なんか周囲が騒がしいなって思いながら、僕はズボンとパンツを脱ぎ捨てた。


「ばっ、馬鹿なっ、フォレストサーペントだと!?」

「可愛い顔をしてなんて凶悪なモノを持ってやがる!」


 ……なんで僕、みんなに見られてるんだろう?

 うぅん、お姉ちゃん達に見られるのは慣れてるけど、おじさん達にジロジロ見られるのはなれてなくてなんだか恥ずかしいよぅ。

 早く温泉に入っちゃおうっと。


 そそくさと脱衣所を後にした僕は、洗い場でかけ湯をしてから温泉に浸かる。それからゆっくりと身体をほぐして、最近の疲れを流していく。

 たっぷり温泉を楽しんでから、僕は部屋に戻った。


 それからほどなく、ミリィも部屋に戻ってくる。


「おかえり、ミリィ。お姉ちゃんらしき人はいた?」

「うぅん、それらしき人はいなかったよ。力になれなくてごめんね」

「そっかぁ……ま、そんなにすぐに会えたら苦労はしないよね」


 気にしなくて良いよってミリィを慰めて、二人で宿や自慢の夕食を食べた。


 そんでもって夜。

 ミリィの方から誘ってくれたので、僕はお世話になることにした。


 でもって深夜。ミリィは疲れて寝ちゃったけど、獣化防止が終わって元気になった僕は、汗を流すために温泉に入ることにした。


 夕方と違って、深夜のいまは静まり返っている。

 脱衣所で服を脱いだ僕は、かけ湯をして湯船に浸かる。なにげなく見上げると、そこには満天の空が広がっていた。

 そっか……ここ、露天風呂になってるんだ。


 なら、エリシアお姉ちゃんが宿泊客じゃないのは、外からきて入ってるから? でも、ここは宿泊客用の温泉だよね?

 お姉ちゃんが、ルールを破るようなことをするかなぁ?


 なんとなく腑に落ちない。

 そんなことを考えていると、周囲の湯気が濃くなってきた。少し先が湯気で見えなくなってしまう。そして、近くからちゃぷんってお湯の音がした。


 さっきまで誰もいなかったはずだけど、もしかして誰か入ってきたのかな? そう思って視線を向けた僕は思わず息を呑んだ。

 湯船にゆらりと立っていたのは湯浴み着を着た女性。その女性がエリシアお姉ちゃんに見えたからだ。


「エリシア……お姉ちゃん?」

「ふふっ。そうよ、フィーくん。さぁ……お姉ちゃんとエッチしましょう」


 怪しい微笑みを浮かべて僕に手を伸ばす。そのちょっぴり妖艶な雰囲気を醸し出しているお姉ちゃんの手を掴んで、後ろ手に捻りあげた。


「あいたっ。いたたたたっ! ちょ、い、いたい、痛いわよ、フィーくん。なにするの!?」

「なにするのはこっちのセリフだよ、魔物。エリシアお姉ちゃんの姿で、僕になにをするつもりなのかな? 返答次第じゃ、ただじゃおかないよ?」

「ひぅっ」


 僕が怒気を込めて威圧すると、魔物は背中に翼のある妖艶なお姉さんに変身した。


「……サキュバス?」

「そ、それより、どうして私が偽物だって分かったのよ?」

「どうしてもなにも、気配が違うし。それに……」

「それに?」

「エリシアお姉ちゃんはもっとエッチな雰囲気だから」

「はああああっ!? なによそれ、その子はサキュバスの私よりエッチだって言うつもり?」

「おまえなんか目じゃないぞ?」


 お姉ちゃんは強くて優しくて、可愛くてとってもエッチなのだ。


「そんな、サキュバスの私が負けるなんて……あぁ、でも、こんな性剛な男の子の深層意識に焼き付いてる女性だし、それも当然なのかしら……」

「なにブツブツ言ってるのか知らないけど、僕は目的を聞いてるんだけど?」

「それは……その……」

「正直に話さないと、退治しちゃうよ?」

「あわわわ、話す、話します。だから、その殺気を飛ばすのは止めてぇ!」


 サキュバスはよほど退治されたくないのか、正直に話し始めた。

 要するに人間の精が欲しくて、この温泉で気に入った男を見繕っては、いい夢を見せるのと引き換えに精を分けてもらっていたらしい。


「……つまり、湯あたりしたって言うのは?」

「精根尽きて、ふらっとしてたのがそう思われたんじゃないかしら?」

「ふむふむ。それで湯あたりか。でも……たしかサキュバスって、絞り尽くして相手を殺しちゃうんじゃなかったっけ?」

「そういうサキュバスが多いけど、私はそんなことしないわ。自分に精をくれた相手を殺すなんて、私の信条に反してるもの」


 なんだかちょっと変わったサキュバスらしい。


「じゃあ次の質問。僕は聖女を見たって噂を聞いてきたんだけど、おまえもしかして、ほかの相手を襲うときもエリシアお姉ちゃんの恰好をしてたのか……?」


 僕はイラッとして威圧する。

 サキュバスがガクガクと震え始めた。


「あわわっ、待って、待って。なんのことか分からないわ。私はただ、相手の深層心理を読み取って、望んでる姿になってただけよ」

「……そう、なの?」

「そ、そうよ。だから、さっきの姿になるのは今回が初めてよ」

「……じゃあ、どうして聖女の目撃情報が……?」

「それは、だから、私が男を襲ってたからでしょ?」

「……エリシアお姉ちゃんはエッチだけど、僕じゃない男を襲ったりしないぞ?」


 やっぱりイラってして威圧する。


「あわわ。違う、違うってば! あなたが言ってるのは癒やし手の聖女でしょ? でも、目撃されたって言うのは性女。性的な女で性女よ!」

「な……」


 そ、それは予想外だったよ。あぁでも、そういえば露店や宿のおじさんとの会話が微妙に噛み合ってない気がしたのは、それが理由だったんだね。

 ……なんか、無駄に疲れた。


「あ、あのぅ。誤解が解けたのなら、解放して欲しいんですけど」

「……むぅ」


 お姉ちゃんの姿で男を襲ったわけじゃないみたいだから許しても良いんだけど、襲われた男の人がいるんだよね?

 ……あれ? でも、ちょっと精を奪われる程度で、獣化防止のご奉仕をしてもらえるなら、多くの男の人にとってはありがたいこと、じゃないかな?


「ねぇ、サキュバス。僕が宿屋のおじさんに交渉して上げるから、ここで働いてみない?」

「……ふえ?」


 その後、温泉宿のおじさんにことのあらましを話して提案した結果、サキュバスは正式な宿の従業員として、望んだ男へのご奉仕と引き換えに精を得るサービスを始めた。

 こうして、天にも昇るご奉仕コースが追加された宿が繁盛し、有名になって行くのは……もう少しだけ先の話だ。



「フィール様には、感謝してもしたりません。またいつでもいらしてください。そのときは、色々とサービスさせていただきますから」


 二日後、宿を出ようとした僕に、温泉宿のおじさんがお礼を言いに来た。


「気にしなくて良いですよ。僕も、人間に敵意のない魔物は殺したくなかったですから」

「まさか人間に敵意がない魔物がいるとは思いませんでした。最初フィール様から提案されたときは正直、なにを馬鹿な……と思いました」

「まぁ、そうですよね」


 魔物は人間に敵意を持っているのが普通。敵意を持たない魔物は非常に珍しいってお姉ちゃん達から聞いていたけど、見るのは僕も初めてだ。

 なんて思っていたら、ミリィが僕の袖を引く。


「それよりフィール、聖女様は結局見つからなかったね」

「あぁ、うん、そうだね」


 性女様なら見つかったけどね。


「おや、フィール様が捕まえたサキュバスが性女だったのではないのですか?」

「あぁうん。僕が探してたのは、癒やし手の聖女だったんだ」

「あぁ……そっちの聖女様でしたか。そういえば……聖女様はお見かけしてませんが、わりと似た方ならさっき見かけましたよ?」

「え、似た方って、どういうこと?」


 僕はびっくりして詰め寄った。


「えっと……私は一度聖女様を遠目に拝見したことがあるのですが、よく似てらっしゃいました。ただ、髪が黒っぽかったので本人ではないと思いますが」

「――その話、詳しく教えてください!」

 

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