聖女の噂について聞いてみた
そういえば、フォレストサーペントの買い取りをしてもらってなかったなぁと思い出した僕は、ギルドの素材買い取りコーナーへ顔を出した。
素材を買い取るカウンターや、魔物を解体するための大きなスペースが用意されている。僕がキョロキョロと見合わしていると、お姉さんが声を掛けてきた。
「あなたはアイシャのお気に入りの男の子ね。今日はどうしたの?」
「えっと、魔物の買い取りをして欲しいんです」
「あら、キミが魔物を狩ったの?」
「うん、大変だけど頑張ったんだよ」
僕が笑顔を浮かべると、お姉さんはそっかそっかって頭を撫でてくれた。
「それじゃ、査定をしてあげるから素材を出してくれる?」
「えっと、解体はしてなくて、アイテムボックスにしまってるの、出して良い?」
「あら、その歳でアイテムボックスを持ってるなんて凄いのね。それじゃ、そこのスペースに出してくれるかしら?」
「うん。それじゃ――」
僕は指定されたスペースにフォレストサーペントをどーんと置いた。。
「……え? 嘘! フォレストサーペント!? って、二体……三体も!?」
お姉さんがびっくりした様子で声を上げた。
フォレストサーペントって弱いけど大きいもんね。それが三体もアイテムボックスに入ってたらびっくりするよね。
「僕のアイテムボックスはちょっと容量が大きいんだよ!」
「え? いえ、驚いてるのはそこじゃないからね? フォレストサーペントが三体も入るアイテムボックスは珍しいけど、キミがこれを狩ったことに比べたら些細な問題だからね?」
なんか呆れられちゃった。
お姉ちゃん達が規格外で、弟子の僕も一般常識から外れてるって言うのは知ってるけど、フォレストサーペントってBランク冒険者なら狩れるんだよね?
僕が狩ってもおかしくないと思うんだけどなぁ。
「ねぇねぇ、これを僕が狩ったのって、そこまでおかしいの?」
「優れた魔術師なら、キミくらいの歳でフォレストサーペントを狩る人がいないわけじゃないわよ? でもこれ、剣で首を撥ねてるわよね?」
「うん、そうだよ。魔力を温存しておきたかったからね」
「……魔術まで使えるのね」
どうしてかため息まで吐かれちゃった。
「魔術はともかく、問題はこの傷口よ。首にある左右からの斬撃以外には一切の傷がない。双剣……かしらね? 全部二刀による一振りよね?」
「……どれどれ? おぉ、見事な一撃だな。こりゃ、一流の剣士でもマネできねぇよ」
どこからか現れたギルマスがフォレストサーペントの傷口を見て感心する。
と思ったら、頭をコツンと叩かれた。
「こら、フィール。お前は俺の仕事を増やすんじゃねぇよ」
「……ふえ?」
「分からないときに小首をかしげて誤魔化すのもやめろ」
「……あう」
お姉ちゃん直伝の困ったときのポーズなのに、ダメだって言われちゃった。
「えっと、ごめんなさい。僕、ギルマスのおじさんに迷惑を掛けるようなことしたかな?」
「……お、おじさん」
あ、なんか落ち込ませちゃった。これダメな奴だよ、僕、知ってるよ。えっと……そうそう、こういうときはパメラお姉ちゃんがたしか……
「ごめんなさい、ギルマスのお兄さん。お兄さんはとっても魅力的だから、きっともう結婚して子供もいるんだろうなって思ったの」
「ん? ははっ、なんだそうか。俺はまだ結婚してねぇよ。だからまだお兄さんだ」
「うん、お兄さん!」
「おうっ!」
ギルマスが復活した。
女の人におばさんって呼んで落ち込ませたときの対処法。お姉さんをお兄さんにしたら上手くいったよ。さすが、パメラお姉ちゃんの教えてくれた一般常識だね。
「ところで、僕がなにか迷惑掛けちゃった?」
「ん? あぁ……そうだったな。そのフォレストサーペントのことだ。そんなのを派手に見せられたらランクを上げないわけにはいかねぇ。……良いのか?」
話を聞いてた僕が途中で首を傾げたら、ギルマスは怪訝な顔をした。
「フォレストサーペントは僕が自分の実力で狩ったから、お姉ちゃん達の七光りでランクアップってことにはならないよね?」
「ふむ……なるほど、ランクを上げるのが嫌なわけじゃないんだな。なら問題ない。ただ、おまえくらいの子供がそこまで強い理由……どう説明したものか」
ギルマスがブツブツと言いながらなにか考え始める。
「強くなった理由なんて、一杯一杯頑張ったから以外にないと思うよ?」
「いや、おまえ。頑張ったからって、そこまで強くなるわけじゃ……ちなみに、どれくらい頑張ったんだ?」
「最後の頃はシスティナお姉ちゃんと攻撃魔術の打ち合いをしながら、パメラお姉ちゃんと剣で斬り合って、ボロボロになったらエリシアお姉ちゃんと治癒魔術のお稽古だったよ」
「……あぁうん、そうか。おまえ、ホントに頑張ったんだな」
頭をグリグリされた。お姉ちゃん達は練習の成果を褒めてくれても、頑張って稽古したことは褒めてくれなかったからちょっと嬉しい。
どれかの稽古がおろそかになったらお姉ちゃん達が喧嘩するから大変だったんだよね。
「あの、ギルマス。いまなんか、英雄達の名前が聞こえた気がするんですが」
「あぁ……それな、禁則事項だ。絶対に漏らすな」
「――っ。じゃあ、このあいだの箝口令の噂って……」
「ほう? 箝口令を発動したのに、箝口令が発動されたことを漏らした馬鹿がいるのか」
ギルマスがギラリと目を光らせる。
「わ、私はなにも見ても聞いてもいません。フィールくんは無害で可愛い男の子です」
「うむ、それで良い」
なにが良いのか良く分からないけど、僕はB級冒険者になった。薬草の報告でちまちまっとE級になってたんだけど、一気に三ランクアップだよ。
この調子ならSまであっという間じゃないかなって思ったんだけど、AからSは多くの実績や、複数のギルドマスターからの推薦がいるんだって。
だから、僕がお姉ちゃん達の名を出さない限り、すぐにSになることはないみたい。
ともあれ、フォレストサーペントの素材を買い取ってもらって小金持ちになった僕は、これからどうしようかなってギルドの依頼書に目を通す。
そしたら、近くにいた冒険者達の噂話が聞こえてきた。
「アイシャお姉さん、アイシャお姉さん!」
「ん? フィールくん、そんなに慌ててどうしたの? もしかして獣化しそう? 私の休憩時間、あと少し後だからそれまで待てる?」
「あわわ、違うよ、そうじゃないよ」
慌ててアイシャお姉さんの言葉を遮った。さすがの僕だって、それが受付の前で堂々とする話じゃないって知ってるよ。恥ずかしいなぁ。
「違うの? じゃあ……どうしたの?」
「あのね、エリシアお姉ちゃんを北の町で見たって噂を聞いたの!」
北の町に行けばエリシアお姉ちゃんに会えるかもって話したら、アイシャお姉さんが物凄く悲しそうな顔で「フィールくん、聖女様は……もう」って。
「エリシアお姉ちゃんは生きてるよぅ」
「……そう、そうね。でも、北の町の噂は私も聞いたけど、凄く不確かな噂よ?」
「それでも、お姉ちゃんがいるかもしれないなら探しに行きたい。エリシアお姉ちゃんは治癒魔術は得意だけど、戦闘はそんなに得意じゃないんだ」
喧嘩だったら、ほかのお姉ちゃん達にも引けをとらなかったけど、魔物が相手ならきっとフォレストサーペント相手でも苦戦すると思う。
「フィールくんが探しに行きたいって言うなら止められないけど、でもどうするの? ここから北の町まで馬車で数日よ? フィールくんなら往復できなくはないと思うけど」
「そっか、そうだよね」
お姉ちゃんがすぐに見つかるとは限らない。もし何日も探すことになったら、獣化の防止をなんとかしなくちゃいけない。
お姉ちゃんがついてきてくれたら助かるけど……さすがに頼めないよね。
「うぅん、私がお休みを取れたら良いんだけど……」
あ、アイシャお姉さんはそこまで考えてくれてるみたい。でもギルマスが言ってたよね。お姉さんのおかげで、死なずに済んでる冒険者がたくさんいるって。
「気持ちは嬉しいけど、お姉さんには受付を頑張って欲しいな。あ、でも……アイシャお姉さんはやっぱり嫌、だったりするのかな?」
僕が別の女の子にご奉仕されることを示唆すると、アイシャお姉さんは苦笑いを浮かべた。
「正直に言うと、ちょっぴり気になるかな。でも、よくよく考えたらそれって、あなたのお姉ちゃん達も一緒だと思うのよね。それに、フィールくんは戻ってきてくれたし。今回だって、聖女様を見つけたら戻ってきて……くれるわよね?」
「うん、もちろんだよ」
アイシャお姉さんには一杯お世話になってるし、いまではお姉ちゃんと同じように大好きだから、勝手にいなくなったりしないよって言ったら微笑んでくれた。
「それなら平気よ。でも、誰かついて来てくれる女の子にあてがある?」
「うぅん、ついてきてくれる女の子かぁ」
ぱっと思いついたのはサーシャお姉さん。助けてくれたお礼に――とか言ってたから、お願いしたら引き受けてくれると思うんだよね。
「ご主人様ぁ、ついてきてくれる女の子がどうしたの?」
不意に、腕にぎゅーって誰かが抱きついてきた。
なんだろうって見たら、ミリィが僕に抱きついていた。……いや、ミリィ、なのかな? サーシャお姉さんじゃないよね。ミリィっぽいけど……ご主人様?
「ミリィだよね? ご主人様って僕のこと?」
「そうだよ、フィールは私のご主人様だよ。なぁんでも、命令してね」
「――ちょっと、フィールくんこっちに来なさい」
あれあれあれ……?
アイシャお姉さんに引き剥がされて、ギルドの隅っこに連れて行かれちゃった。
「……どうしたの?」
「どうしたのはこっちのセリフよ。ご主人様ってどういうこと? どうしてミリィが、あなたにあんなにべったりになってるの?」
「僕も分からないよぅ。そういえば……慰めてあげたときに、最後はご主人様って僕のことを呼んでたけど……あれ? まだ続いてるのかな?」
「ちょっと、なにそれ、聞いてないわよ」
アイシャお姉さんがむーっと唇を尖らせる。
「え? 僕、言ったよね? 慰めてって言われて、ご奉仕と同じようなことをしたって」
「うん、それは聞いたわ。それで?」
「……それで?」
それだけだけど、なにか変わったことってあったかな?
あ、そうだ。
「ご奉仕じゃなくて、慰めるのが目的だから、パメラお姉ちゃんに教えてもらったお返しを色々と頑張ったら、ご主人様って言い始めたから、それが原因かも?」
「もう少し詳しくっ!」
「え? え?」
なんかすっごく詰め寄られたから、僕はパメラお姉ちゃんに教えてもらった、ご奉仕してくれた女の子へのお返しをいくつか説明した。
「ズルイっ!」
「え、ズルイ?」
「そうよ。私もミリィみたいに理性がすっ飛ぶくらいドロドロに溶かされたいわ」
「と、溶かす? そんな話してなかったよね?」
意味が分からないよって混乱してたら、アイシャお姉さんに「今度、私にも同じコトしてくれたら許してあげる」って耳元で囁かれた。
「えっと……それで良ければ?」
「約束よ! それじゃ、ミリィに同行をお願いして、早く聖女様の噂の真相を解明して帰ってきなさいね。私、待ってるからね?」
えっと、良く分からないけど……激励してもらった、のかな? 取り敢えず、ミリィにお願いしたら「もちろんだよ、ご主人様ぁ」って二つ返事で頷いてくれた。
それじゃ、エリシアお姉ちゃんを探しに北の町に行ってみよう!
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同時連載中の『婚約者が前世の妹で逃げられない ――異世界姉妹と始める領地経営――』もよろしくお願いします。
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