薬草採取の依頼を受けてみた
同時連載中の『婚約者が前世の妹で逃げられない ――異世界姉妹と始める領地経営――』もよろしくお願いします。
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外から聞こえる小鳥たちのさえずり僕は目を覚ました。だけど、視界は覆われていてなんにも見えない。代わりに、吸い込んだ空気が甘くてちょっぴり大人な匂いがする。
そういえば、昨日はそのままアイシャお姉さんと一緒に寝ちゃったんだった。
もぞもぞと起き上がると、お姉さんの寝姿が目に入る。昨日は僕のために無理しちゃったから、まだ疲れて眠ってるみたいだ。
優しいお姉さんが愛おしくなって、指先ですべすべの頬を撫でる。ほどなく、お姉さんのまぶたがピクリと揺れて、ぼんやりと目を開いた。
青く澄んだ瞳の中に、僕の姿が映っている。
「……あれ? キミは……そっか。私、昨日……っ。~~~っ」
跳ね起きたお姉さんがシーツを掻き抱いて身悶える。
急にどうしたんだろう? やっぱり無理してたのかな? ……そうだ。ご奉仕をしてもらったら、ちゃんとお礼を言いなさいってお姉ちゃんが言ってたっけ。
「アイシャお姉さん」
「な、なに? ――ひゃっ」
僕はお姉さんの頬にキスをして、耳元で「昨日はありがとうね。僕、とっても嬉しかったよ」って、パメラお姉ちゃんに教えてもらった通りにお礼を言った。
途端、僕の吐息が触れたお姉さんの耳が真っ赤に染まってしまう。
「ど、どういたしまして。その……私、昨日は、その……ちゃんと、えっと……その。フィールくんの助けになったかしら?」
「うん。おかげで凄く楽になったよ!」
「~~~っ。そっか、それなら良かったわ。これからはずっとずっと、私がフィールくんのお世話をしてあげる。フィールくんはずっと家にいて良いからね」
「え、それはダメだよ」
「え、えぇ!? ダメなの!?」
「ダメだよぅ」
「どどどどうして!? なにかいけなかった!?」
「そうじゃなくて、僕は冒険者になりたいって言ったじゃない」
ずっと家にいたら依頼がこなせないよぅと言うと、キョトンとしていたアイシャお姉さんがハッとして、恥ずかしそうに顔を両手で覆った。
「そ、そうよね。すっかり忘れてたわ。というか……よくよく考えたら、昨日のは獣化を防ぐためだったし、フィールくんには英雄のお姉ちゃん達がいるのよね」
「……うん? うん」
良く分からなかったので、コテリと首を傾けて笑った。
「でも、この街にいるあいだはずっと、うちで寝泊まりして良いからね」
「え? それって……」
「フィールくんのお世話は私がしてあげる」
「わぁい、アイシャお姉さん、ありがとう~」
「~~~っ。あぁん、可愛いなぁ。この子、私をダメにしちゃう」
アイシャお姉さんにぎゅっと抱きしめられた。
お姉さんの甘くてちょっぴり大人な匂いに、また獣化しそうな感覚に苛まれる。僕が泣きそうになって見上げたら、アイシャお姉さんは優しく微笑んでくれた。
――結局、冒険者ギルドにつくのは午後になった。
アイシャお姉さんと一緒に冒険者ギルドに行くと、ギルマスのおじさんが近付いてきた。
「アイシャ、遅かったな。完全に遅刻だぞ?」
「ごめんなさい、ギルマス。次から気を付けます」
「な、なんだ? 今日は珍しく素直だな」
「ええ。私、大人になって気がついたんです。昨日までギルマスのこと、自分よりずっと年下の聖女を追いかけ回す変態だって思ってたけど、そうじゃなかったんだなぁって……」
「はぁ? えっと……まぁ良く分からんが分かってくれたのなら良い」
ギルマスのおじさんは釈然としない様子で頬を掻きながら戻っていった。それから、僕はアイシャお姉さんに依頼のリストを見せてもらう。
「フィールくんは、どんな仕事がしたい? お姉さんのヒモになるお仕事なら大歓迎だけど、やっぱり早く階級の上がるお仕事が良いかしら?」
「僕、困ってる人を助けるような依頼が良いなぁ」
「~~~っ。フィールくんは可愛いなあ」
よしよしと頭を撫でられた。なんだか周囲の視線が痛いと思って見回すと、冒険者のおじさん達がなんか僕を睨んでる。
ええっと……なんか呟いてるな。なになに……俺達のアイシャさんに優しくしてもらいやがって? わぁ、あの人達、アイシャお姉さんのことが好きなのかな。
さすが、アイシャお姉さんは綺麗なだけあってモテるんだなぁ。
「フィールくん、フィールくん?」
「あ、ごめんなさい。なにかな?」
「んっと、薬草採取はどうかなって。最近森で薬草がほとんど採れなくなったせいで、街で薬草がすっごく不足してみんな困ってるの。フィールくんならなんとか出来ないかな?」
「……薬草かぁ」
どんな種類の薬草かなって思って詳細を見せてもらったら、知ってる薬草だった。これなら問題ない。みんなが困ってるのなら、この依頼を引き受けようかな。
「――薬草採取に行くならあたしも一緒に森へ連れて行って!」
わぁ、びっくりした。いきなり女の子が腕にしがみついてきたけど、なんだろう? 僕と同い年くらい……かなぁ? もしかしたら、一つ二つ年上かも。
自分と同じくらいの歳の人を見るの初めてだ。
「お願い! どうしても薬草が必要なの。だからお願い、あたしも森へ連れて行って!」
「あなた、名前は?」
僕が戸惑ってるのを見かねたのか、アイシャお姉さんがあいだに入ってくれる。栗色の髪の女の子はミリィといって、この街の片隅で暮らしているらしい。
でもって、お母さんが病気で薬草が必要なんだって。けど、いまは薬草が凄く高騰してるから買えなくて、自分で採取に行こうと思ったらしい。
それを聞いたアイシャお姉さんが困った顔をする。
「あのね、ミリィちゃん。自分で薬草を採りに行くのはとても危険なの。だから、街で買おうと思ったら、薬草が高くなるのよ?」
「分かってるわ。だから、この子に連れて行ってもらおうと思ってるの。この子、可愛い顔をしてるけど、冒険者なのよね? それなら、安全に森に行けるでしょ?」
「そうね……きっと凄く安全よ。でも、フィールくんに連れて行ってもらうなら、依頼料が発生するわ。それは薬草の値段より高くなるわよ?」
「……うっ」
ミリィが言葉に詰まって泣きそうな顔をする。
僕はお父さんもお母さんもいないけど、お姉ちゃん達ならいる。だから、お母さんを助けてあげたいってミリィの気持ちは良く分かる。
なんとかしてあげたいなぁって見上げると、アイシャお姉さんは分かってるとばかりに少し笑って、ミリィに向かって「だけど――」と続ける。
「フィールくんが善意で連れて行ってくれるのなら依頼料は発生しないし、ギルドが関知することじゃないわ。フィールくんはどうしたい?」
「僕はミリィが困ってるのなら、助けてあげたい」
「――ほんと!?」
ミリィが僕の手を掴んだ。
小さな手でお母さんの手伝いをたくさんしているんだろう。その手にはたくさんアカギレがあって痛々しい。僕は治癒魔術を使って綺麗に治してあげた。
「……あれ? いま、なんか手が暖かかったような。って、あれ? 手の傷が治ってる!?」
「うん、痛々しかったから治しちゃった」
「治しちゃったって……えっと、どういうこと?」
ミリィはパチクリとまばたいて、頭の上にクエスチョンマークをたくさん飛ばしている。初級の治癒魔術はわりと使える人がいるって聞いてたんだけど……違うのかな?
ひとまず黙っておこうっと。
「それより、ミリィは森に行きたいんじゃなくて、薬草が欲しいんだよね? 薬草が手に入れば、森へ行かなくても良いんだよね?」
「え? それはもちろんだけど、どうしてそんなことを聞くの?」
「とっておきの場所へ連れて行ってあげようかなって思って」
「……とっておきの場所?」
「魔物がいなくて、色々な薬草がたくさん生えている場所だよ」
周囲の人達にも聞こえてたんだろう。
ギルドにざわっと声の波が広がった。
「そ、そんな場所がホントにあるの?」
「うん、僕のお気に入りの場所なんだ」
「なら、お願い! あたしをそこに連れて行って!」
「もちろん良いよ~」
それじゃ決まりだね――ってことで、アイシャお姉さんに行ってきますって挨拶をする。
でもって、ミリィを連れていこうと思ったんだけど、今度は周囲で話を聞いていた冒険者に、ちょっと待ってくれと引き留められた。
「冒険者のお兄さん、どうしたの?」
「――お兄さん、だと!? くっ、なんだこの、胸の鼓動は!」
「落ち着きなさい、レナード。相手は可愛くても男の子よ、目を覚ましなさい!」
「分かってる、分かってるがっ! なんだか、男だとか男じゃないとか、どうでも良くなってきた気がするんだ――がはっ!」
身悶えていたお兄さんが、止めに入ったお姉さんの杖で殴り倒された。なんか凄い音がしたけど……システィナお姉ちゃんのツッコミよりは優しかったから大丈夫だよね。
「……落ち着いたかしら?」
「あ、あぁ、すまない、落ち着いた。だが、交渉はおまえに任せて良いか?」
「私も冷静さを失いそうなんだけど……まぁ良いわ」
そんな話し合いの後、冒険者のお姉さんが僕の方を向いた。
「えっと……キミに頼みがあるんだけど。私達も一緒に、そのとっておきの場所に連れて行ってくれないかしら?」
「お姉さん達も薬草が欲しいの?」
「ええ。……と言っても私達が欲しいわけじゃないわ。いまこの街は薬草が不足してて、その子みたいに困ってる人がたくさんいるの。だから、出来るだけ薬草を供給してあげたいの」
「良いよ」
「もちろん、あなたには相応の情報料を支払うわ。だから……って、良いの?」
僕はコクコクと頷く。
そもそも、とっておきの場所に目当ての薬草が生えているだけで、僕にとって薬草が重要なわけじゃない。いくらでも生えてるしね。
「それじゃ……薬草採取に行くのはみんなで四人かな?」
「ええ、こっちはレナードと私の二人よ」
「分かった。じゃあ――はい」
システィナお姉ちゃん直伝の秘術を使って、異界へのゲートを召喚した。直ぐ目の前に、どどんと、馬車が通れるくらいの扉が出現する。
「え、ちょ、なんだあれ! まさか、ゲートか!?」
「馬鹿なっ、あれはシスティナ様しか使えない秘術のはずだぞ!」
「あり得ない! あんな小さな少年に使えるはずがない!」
あ! そういえばこの秘術は出来るだけ内緒にしておくようにって、システィナお姉ちゃんに注意されてたんだった! どうしよう、お姉ちゃんに怒られるぅ……
システィナお姉ちゃんのお仕置きを思い出して泣きそうになった僕は、アイシャお姉さんに助けてと視線を向けてみる。
「な、なにが言いたいか分かっちゃったけど、さすがにこれは私じゃ対処できないわ」
「……無理?」
「うくっ。そ、そんな縋るような目で見られても……あ、そうだ! ギルマス、ギールーマースっ! ちょっと来てください!」
アイシャお姉さんが呼ぶと、すぐにギルマスが飛んできた。
「なんだどうした――って、ゲートだと!? なぜこれがここに! どういうことだ!?」
「そんなことより、私のお願い、聞いてください」
「いや、そんなことっておまえ。ゲートだぞ、魔女システィナの秘術だぞ!?」
ギルマスのおじさんがすっごく興奮してる。なんだか、状況が悪化したんじゃないかなって思ったんだけど、アイシャお姉さんはフフッと微笑んだ。
「ギルマスは聖女様の情報よりゲートの方が気になるんですか?」
「よし、どんな頼み事だ!」
「ゲートのことを秘匿してください。それが出来たら聖女様の情報を渡します」
「よーし、聞いたなおまえら! この件は一切の部外秘だ! 破った者にはギルマス権限で制裁を加えるから覚悟しておけ! いいか、俺は本気だ!」
瞳の奥に燃えさかる炎が見える。
本気と書いてマジって感じで頑張ってくれそう。
でも、そんなギルマスを風に動かしたアイシャお姉さんも凄い。視線を向けて、声に出さずにありがとうって口を動かしたら、とびっきりの笑顔を返してくれた。
ギルマス達に後のことを任せて、僕達はゲートをくぐって異界へとやって来た。
異界って言っても、見た目はもとの世界とほとんど変わらない。扉を出てすぐのところには草原が広がっていて、少し奥には肥沃な森が広がっている。
「なんだここ、すげぇ広いぞ!」
「ここは異界ですよ」
「マジで異界なのかよ! うおおおおぉ! 木の根元に薬草が一杯生えてやがる! こっちも、こっちもだ! なんだこれなんだこれ! 薬草が取り放題じゃねぇか!」
冒険者のお兄さんが物凄く興奮してる。
もう、木の根元に生えてる薬草しか見えてないみたいだ。
「こらっ、レナード。私達は連れてきてもらった身なのよ。少しは遠慮なさい」
「そ、そうだったな。……すまねぇ、興奮しちまった。取り過ぎないように気を付ける」
「いえ、好きなだけ取って良いですよ」
そこらに生えてる薬草は、僕にとっては雑草とあんまり変わらない。だって、治癒魔術を使った方がよっぽど効果があるもん。
「……本当に構わないの? さっき、驚いてたみたいだけど」
「あぁそれは、世界樹には目もくれないで、その根元に生えてる薬草しか見てなかったみたいだから、本当に街のみんなのことを心配してるんだなぁって感心したんです」
「そりゃ、自分達の街のことだもの。心配くらいする……って、世界樹?」
「はい、世界樹です」
「世界樹ってあの、エリクサーの材料になる?」
「はい。別名ユグドラシルとも言いますね」
「な、ななっ」
「……七がどうかしたんですか?」
「なんですってえええええええええええええええええええええっ!?」
わわっ、びっくりした。
と思ったら、お姉さんが物凄い勢いで世界樹を見上げ始めた。
「な、な~んてね。だ、だだっ騙されないわよ。いくらなんでも、世界樹が生えてるわけ――ホントに文献と同じ葉っぱの形をしてるわ!」
「おいおい、いくらなんでも世界樹があるわけ――マジで世界樹だこれ!」
お兄さん達が世界樹を見上げながらわいわいと騒ぎ始める。
「うわああっ、凄い、凄すぎるわ! まさか、生きているうちに世界樹が見られるなんて!」
「すげぇ、すげぇよ! は、葉っぱを一枚、一枚だけ千切っても良いと思うか?」
「ダメに決まってるでしょ! 世界に一本しかない貴重な樹なのよ!」
「だが、エリクサーの材料だぞ!?」
「落ちてる葉っぱ、落ちてる葉っぱを探すの! それならギリギリ許されるはずよ!」
二人が、地面に這いつくばって世界樹の周りを回り始めた。
なんか怪しげな儀式をしてるみたいで怖いんだけど……向こうの森に生えてる樹、半分くらい世界樹だって教えた方が良いのかなぁ?
取り敢えず、二人には必要なモノを必要なだけ採取して良いですよって教えてあげて、ミリィと一緒に薬草を採取に行くことにした。
「ミリィ、薬草を集めに行こうか? ……ミリィ?」
返事がないからどうしたんだろうって思ったら、世界樹に釘付けになってた。エリクサーは万病に効くって言われてるから、欲しくなるのは当然だね。
「ミリィも世界樹の葉っぱが欲しいの?」
「――うっ! 欲しい……けど、世界樹の葉っぱだけあっても、エリクサーは作れないわよね。あたしはお母さんの病気を治せるなら、普通の薬草で良いわ」
「そっか……なら、薬草を採取しに行こう」
ミリィの手を引っ張って、森の中へと入っていく。
そうしてその辺に生えている薬草を採取しながら世間話をしていた。
「それじゃ、ミリィのお母さんってどんな人なの?」
「え? そうねぇ……凄く優しいお母さんだよ。お父さんが病気で死んじゃってからも、細腕一本で私や妹のことを育ててくれてるの」
「そうなんだ。なら、絶対に薬草を届けてあげないとね」
僕にはお父さんやお母さんの記憶がないからちょっと羨ましい。
そういえば、普通はお父さんやお母さんがいるものだけど、お姉ちゃんがいるとは限らないよね。普通の家の男の子が十歳になったら、獣化を止めるご奉仕って、誰がするんだろう?
……お母さんなのかなぁ?
今度、家に戻ったらお姉ちゃん達に聞いてみようっと。
「それより、あなたのことを聞かせてよ」
「えっと……なにが聞きたいの?」
ゲートのことは話せないんだけどと、ちょっぴり警戒してしまう。ミリィもそれに気付いたようで、違う違うってぱたぱたと両手を振った。
「もちろん、答えたくないことは答えなくて良いよ。ただ、あたしより年下なのに冒険者で、しかもみんなが驚くような魔術を使えるのって、凄いなぁって思って」
「お姉ちゃん達に色々と教えてもらったんだ。あ、その樹になってる果実をお母さんに持って帰ってあげると良いよ。病気なんて吹っ飛んじゃうから」
世界樹の果実がなっていたので教えてあげる。ミリィはさっきと同じ世界樹だって気付いてないみたいだけど、果実をよいしょっともぎ取った。
「この果実が病気に効くの?」
「うん、大抵の病気は治っちゃうよ」
「そっか、ありがとう!」
お姉ちゃん達みたいに魔王の瘴気を浴びてたら無理だけど、普通の人が世界樹の果実を食べて治らない病気に掛かってるってことはさすがにないと思う。
そんな感じで必要なだけ採取して、日が傾き始めた頃にみんなでギルドに帰還した。
「って、フィールくん。ゲート、ゲート! またみんなの前に出しちゃってるわよ!」
「あ、忘れてた!」
戻ってくるなりアイシャお姉さんに指摘されて慌ててゲートを消した。
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