受付のお姉さんにお願いしてみた
お姉ちゃん達と暮らしていた土地は、魔族領と人族領のあいだにある森の中にある。僕はその森から人族領を目指して飛翔魔術で飛び立った。
システィナお姉ちゃんに教えてもらった秘術の一つだけど、そこまで速度が出ないうえに、魔力を物凄く消費するからあんまり長距離は飛べないんだよね。
でも、魔物のいる深い森の中を歩くのは大変だから、飛んだ方がマシなのはたしかだ。
それに、森には魔王の眷属がいるから見つからないようにしなきゃいけない。お姉ちゃん達に聞いたランク的には勝てると思うんだけど、絶対見つかるなって言われてるんだよね。
そんなわけで、僕は数日掛けて人族の暮らす町へとやって来た。
普通の人間は飛べないってお姉ちゃん達が言ってたから屋根の上に降りたって、ぴょんぴょん隣の屋根に飛び移りながら冒険者ギルドを探す。
ん~っと、あぁ……あれかな。冒険者ギルドって書いてあるや。僕は魔術で落下速度を減速してギルドの前にふわりと降りる。
「うわわっ、空から美少年が降ってきたわ!」
「はあ? 美少年が空から降ってくるはず――ホントに降ってきた!?」
近くを歩いていたお姉さん達が僕を指差して騒いでる。なんだろう? なにか不味いことしちゃったかな?
えっと……あぁ、そうだ。パメラお姉ちゃんが、困ったときは「どうしたの?」って小首を傾けたら、フィールなら大抵のことは誤魔化せるって言ってたっけ。
という訳で、僕はどうしたのって感じで首を傾けてみた。
「はうっ。な、なに! この胸のときめきはなんなのかしら! あの男の子、いますぐお持ち帰りをしたいわ!」
「落ち着きなさい、それは普通に犯罪よ。そもそもあんたは彼氏がいるでしょ! ここは私が声を掛けるわ!」
「ちょっと、なに抜け駆けしようとしてるのよ! 私だって、こんな可愛い男の子なら、お近づきになりたいに決まってるじゃない!」
なんだかお姉さん達は言い争いを始めた。
良く分からないけど……関わらない方が良さそうだよね。ということで、僕はそそくさと冒険者ギルドの扉をくぐった。
建物の中は、いかにも冒険者って感じの恰好をした人達であふれてる。そんな人達の中を通って、受付カウンターに顔を出した。
「すみませーん」
「はいはい、なにかしら?」
奥から手の空いていたブロンドのお姉さんがやって来た。二十代前半くらいかな? わりと整った顔立ちのお姉さんだ。
「あら、可愛い男の子ね。今日はどうしたの?」
「冒険者になりたいんです」
「え、冒険者になりたいの? キミみたいな小さくて可愛い男の子が? もしかして、魔術とか使えるのかな?」
「魔術は使えます。攻撃魔術に補助魔術、それに治癒魔術も全種類マスターしてます」
「こーら、嘘つかないの」
カウンターから身を乗り出したお姉さんが、ていっと僕の額をつつくと、青い瞳を細めてちょっと叱るような感じで笑った。
「冒険者になりたいのは分かるけど、そんな風に嘘を吐いてもすぐ分かるんだからね?」
「嘘なんて吐いてないですよ?」
「だから、嘘はダメだってば。冒険者は危険なお仕事。虚偽報告は御法度なのよ?」
「そんなこと言われても……あ、これでどうですか?」
空間収納魔術――アイテムボックスを開いて、三種類のペンダントを取り出した。それを受付のお姉さんに渡してみる。
「……これは?」
「お姉ちゃん達からもらった免許皆伝の証です」
「免許皆伝の証? ――え? あれ……これ、もしかして……聖女様の紋章? あれ、こっちは魔女様で、こっちは剣姫様? 嘘、本物のはず……ないわよね?」
お姉さんはなにやら、ペンダントをかざしたり鑑定の道具に掛けたりしている。冒険者ギルドには魔力を登録してあるって言ってたから、それを確認してるのかも。
しばらくすると、お姉さんは信じられない面持ちでペンダントを返してくれた。
「……驚いた。全部本物だわ。ということは、あの伝説の英雄達が生きているの? 魔王を討伐して以来、忽然と姿を消したから死んだって噂されてるけど……」
「生きてますよぅ。騒がれるのが嫌だって、人里離れたところで暮らしてますけど」
「す、凄い。国中で騒ぎになるレベルのニュースよ、それ。それにあなた、弟子って言ったわよね。なら、あなたは伝説の英雄達の弟子……? というか、免許皆伝って言った?」
お姉さんが信じられないといった面持ちで僕を見る。お姉ちゃん達が規格外なのは分かってるけど、お姉ちゃん達が弟子を取ること自体はおかしくないよね?
なのに、どうしてそんなあり得ないモノを見るような目で見られるんだろう。
困った僕はパメラお姉ちゃん直伝の必殺技「どうしたの? 僕なにか悪いことした?」とコテリと首を傾けてみせた。
「はうっ。そ、そんな上目遣いでお姉さんを見ないでぇ……。大丈夫よ。キミはなにも悪いことしてないわ。それにもしキミがなにか悪いことをしても、私が全力で護ってあげるからね」
「ありがとう、お姉さん!」
えへへと笑う。ちょっとだけ顎を引いて、照れくさそうに首を傾げるのが正義だってパメラお姉ちゃんが言ってた。
理由は良く分からないんだけど、お姉ちゃん達が喜んでくれるから覚えたんだよね。
「ところで、僕は冒険者になれますか?」
「あ、あぁ、そうだったわね。えっと……冒険者になりたいの?」
「うん。お姉ちゃん達みたいな立派なS級冒険者になりたいんです」
「そっか、それなら問題ないわ」
良かったあああああっ!
お姉ちゃん達みたいなS級冒険者を目指すのに、そもそも冒険者になれなかったらどうしようかと思ったけど、これでひとまずは安心だ。
「それじゃ、ちょっと待っててね。すぐに特別申請で、S級冒険者として登録してくるから」
「えっ?」
「えって、どうかしたの?」
カウンターの奥に行こうとしたお姉さんが足を止める。
「いま、S級冒険者として、って言いませんでしたか?」
「もちろん言ったわよ?」
「ど、どうして? 最初はF級からですよね?」
「普通はそうね。でもあなたはあの三人の弟子で、しかも免許皆伝なんでしょ? 誰か一人の弟子ってだけでも凄いのに、三人の弟子でしかも免許皆伝。S級以外あり得ないわよ」
「あう……」
困ったなぁ。お姉ちゃん達の威光でS級になっても意味がないんだよね。僕は少しずつ実力を付けて、自分の力でS級冒険者になりたいんだ。
「あの、お姉さん」
「お姉さんっ!」
うわ、びっくりした。受付のお姉さんがいきなりぴょんと跳ねた。
「えっと……?」
「あぁ、ごめんなさい。甘美な響きに新しい扉を開きそうになってしまって。それより、どうしたの? お姉さんに出来ることなら、なんでもしてあげるわよ?」
「えっと……じゃあ、僕をF級から始めさせてくれませんか?」
「え、それは、さすがに無理よ。あなたは伝説の英雄達の弟子で免許皆伝だし、さっき紋章を鑑定に掛けたから、結果がギルマスに連絡が行ってるはずだし……」
「お姉ちゃん達も一から頑張ったって聞いたんです。だから僕も、自分の力でS級を目指して頑張ってみたいんです。だからお願い、お姉さん」
「~~~っ」
お姉さんが身悶えた。
どうしたんだろう? さっきから変だけど、バッドステータスでも受けてるのかな? 治癒魔術で解除できる類いのなら、解除してあげるんだけど……
って思ったら、お姉さんがいきなり、バンッと自分の二の腕を叩いた。
「お姉さんに任せなさーいっ!」
「えっと……F級から始めさせてくれるの?」
「ええ、そうよ。あなたが英雄達の弟子であることも隠蔽してあげるわ。F級冒険者として登録するから、書類を持ってくるわね」
「ありがとう、お姉さん」
良かった良かった。
これでお姉ちゃん達みたいな立派なS級冒険者を目指せるぞ。って思ってたら、どこからともなく走ってきたおじさんが、お姉さんに詰め寄った。
「アイシャくん、どどどっ、どういうことだね!」
「あら、ギルマス。そんなに慌ててどうかしたんですか?」
「どうもこうも、さっき英雄達の紋章が認証されなかったか!?」
「気のせいじゃないですか?」
「いや、気のせいもなにも、ちゃんと履歴にあるだろ! ほら、ここに!」
おじさんはギルドマスターだったらしい。なんか、手元の魔導具を指差している。あれが、さっきお姉ちゃん達の紋章を鑑定した結果なのかな?
「ですから、気のせいですって。というか、ギルマスはどうせ、聖女のエリシア様に会いたいだけでしょ? 彼女が小さい頃から追っかけて……惚れてたんですよね?」
「なっ! ち、違うぞ! 俺はただ、無垢な天使を愛でていたいだけだ!」
「なにが無垢な天使を愛でたいだけですか。欲望のままに穢したいとか思ってたくせに」
「ばっ! ふざけるな! そんなこと考えるはずなかろう! 彼女は性的なことになんて一切興味がない無垢な聖女だぞ!」
そうかなぁ……?
エリシアお姉ちゃん、わりとエッチだと思うけどなぁ。
「とにかく、ギルマスの気のせいです」
「だから――」
「そういえばこの前、ギルマスの仕事手伝ってあげましたよね?」
「うくっ。そ、そのくらいで、誤魔化せると思うなよ。というか、アイシャよ。それこそ誤魔化してる証拠だ。やっぱり、英雄達がここに来たんだろ?」
「そんなことはありませんよ」
受付のお姉さん、アイシャって言うらしい。そのお姉さんの言うことは、たしかに嘘じゃない。だって、ペンダントを持って来たのは僕だし。
「そういえば、ギルマスが忘れていた書類も、こっそり渡したことがありましたよね? あと、先月はセクハラで訴えられたときにかばってあげましたっけ」
「なっ!? そ、それはもう、終わったことだろう!」
「そうですね、私の発言のおかげで誤解は解けたんですよね。もし私があの発言、いまから撤回したら、どうなると思いますか?」
「…………な、なにが望みだ?」
「ふふ」
なんだか良く分からないけど、微笑むアイシャお姉さんに見送られ、ギルマスのおじさんはすごすごと帰っていった。
「おまたせ。えっと……そういえば名前を聞いてなかったわね」
「フィールです」
「フィールくんね。それじゃこれから私、アイシャお姉さんがフィールくんの冒険者登録をおこないます。まずは……ここに名前を書いてくれるかしら?」
「はーい」
さらさらさらっと書類の必要な項目を埋めていく。
自分が使える技能を全部書いたら、F級冒険者として矛盾するって言われたから、アイシャお姉さんの指示に従って、魔術と剣術が少しずつって書くことにした。
「これでフィールくんはF級冒険者よ。このタグが身分証になるからなくさないようにね」
「ありがとう、アイシャお姉さん!」
僕の名前とかが刻まれたタグを受け取る。普通の、長方形のプレートだ。お姉ちゃん達の紋章と全然見た目が違うんだなぁ。
「どうかしたの?」
「うん。ペンダントじゃないんだなぁって思って」
「あぁ。ペンダントはS級の証だからね。偽造できないように色々と細工がしてあるのよ」
「そっか……それで違うんだ。じゃあ僕も、さっそくS級目指して頑張ろうかな」
「あら、それはダメよ」
なにか依頼をこなそうかなって思ったんだけど、今日はもう遅いから明日にしなさいって言われちゃった。たしかに、もうすぐ日が暮れるもんなぁ。
「今日はどこかに宿を取って休みなさい、ね?」
「宿かぁ……」
そういえば、お姉ちゃん達と別れてからもう何日も経ってる。
僕が獣にならないようにパメラお姉ちゃんにご奉仕してもらった最初の日から三年近く、一日も欠かしてなかったのに、もう何日もご奉仕してもらってないんだよね。
数日なら平気だって、パメラお姉ちゃんは言ってたけど……大丈夫かな?
「フィールくん、どうかしたの? なにか心配事?」
「え、それは……うぅん、なんでもないよ」
「なんでもないように見えないわよ。ほら、言ってごらんなさい。お姉さんに出来ることなら、なぁんでも、して上げるから」
「……ほんと?」
さすがに、初対面の人にお願いすることじゃないと思うんだけど……でも、パメラお姉ちゃんが、一夜の関係を求めてくる男は多いって言ってたっけ。
でもでも、パメラお姉ちゃんはそういうのは全部断ってたとも言ってたよね。
……つまり、どういうことだろう? 女性は身持ちが堅くて、男性は獣にならないように色々な女性を求めるのが普通――ってこと、なのかな?
だとしたら、断られるかもしれないけどお願いしてみようかな。このままじゃ僕、ホントに獣になっちゃうかもしれないし。
よし、お願いするだけしてみよう!
「あのね、アイシャお姉さん。僕、もうすぐ獣になっちゃいそうなんだ」
「……獣?」
「うん。だから、その……アイシャお姉さんにご奉仕してもらいたいなぁって」
「……はい?」
……あう。なに言ってるの、この子、みたいな目で見られちゃった。やっぱり、初対面で僕みたいな子供がお願いしてもダメだよね。
「ごめんなさい、聞かなかったことにしてください」
恥ずかしくなった僕はそう言って、逃げるように踵を返した。
「そうじゃなくて――あぁもう、ちょっと待ちなさい。ギルマス。私、今日は上がります!」
「は? そんな急に、なにを言ってるんだ?」
「次はなにを交渉材料にして欲しいんですか?」
「……まぁ普段しっかり働いてくれているから、今日くらいは構わないだろう」
「それじゃ失礼します。……フィールくん、ちょっと待ちなさい!」
とぼとぼとギルドの建物を後にしたところで腕を掴まれた。
「……アイシャお姉さん?」
「もう、どうして勝手に帰っちゃうのよ。まだ話は終わってないでしょ?」
「だって……」
「だってじゃないでしょ。ひとまず、詳しい話をしてみなさい。獣になるってなに? なにか、バッドステータスを受けているの?」
「バッドステータス? うぅん、そうじゃなくて、男の子はみんなそうだって、パメラお姉ちゃんが言ってたんだけど……知らない?」
ちなみに、バッドステータスは一種の呪いみたいなモノだ。たとえば身体能力低下のバッドステータスがあると、同じくらい鍛えていても他の人より力が出なくなる。
獣になるようなバッドステータスもあるかもしれないけど、僕のは違うと思う。
「……男の子はみんな獣に? それって……うぅん。パメラ様がそんなこと言うはずないわよね。なら、バッドステータスなのを隠すために嘘を吐いた……?」
「アイシャお姉さん?」
「あぁ、ごめんなさい。それで、その獣化を防ぐためのご奉仕ってなに?」
「それは……ごにょごにょ」
アイシャお姉さんの耳元で、お姉ちゃん達にしてもらっていたことを告げる。すると、その頬がみるみる赤く染まっていった。
「な、なななっな! え、嘘!? うわわ、そ、そんなことまで!? そ、それを毎日、パメラ様にしてもらってたの!?」
「うぅん、違うよ?」
「そ、そうよね。さすがにそんなこと……」
「パメラお姉ちゃんだけじゃなくて、エリシアお姉ちゃんと、システィナお姉ちゃんもだよ」
「はわわわっ!」
アイシャお姉さんがピシリと固まってしまった。そして、なにかに気付いたように、おっかなびっくり口を開く。
「あ、あのさ、フィールくん。さっき、私にして欲しいって言ったご奉仕って……まさか?」
「うん、そうだよ?」
「無理無理無理、無理だからぁ!」
「……うん、分かってる。変なことお願いしてごめんなさい」
僕はアイシャお姉さんが気にしないように笑って、今度こそ立ち去ろうとする。だけど踵を返して数歩歩いたところで、再びお姉さんに腕を掴まれた。
「……どうしたの?」
「そ、そんな顔で立ち去られたら、放っておけないじゃない!」
「ごめんなさい」
「あぁもう、謝って欲しいわけじゃなくて! ……あの、あのね。フィールくん、本当に困ってるんだよね? 冗談とか、口説き文句でそんなこと言ってるんじゃないんだよね?」
「うん、嘘じゃないよ。パメラお姉ちゃんが教えてくれたんだ」
「……そう。パメラ様がそんな嘘を吐くはずないわよね」
アイシャお姉さんがこくりと生唾を飲み込んだ。
「わた、私ね。いままで選り好みして、結局この歳まで誰とも付き合ってないの。だから、その、そういう経験なくて、上手く出来るか、分からないわよ?」
「僕、ご奉仕してもらうための方法も色々教えてもらってるから大丈夫だと思うけど……アイシャお姉さんがしてくれるの?」
「フィールくんが困ってるなら、その……助けてあげるって言っちゃったし。だ、だから、えっと……お、おねぇさんに、まか、任せなさぃ。~~~っ」
その夜、僕はアイシャお姉さんの家に泊めてもらった。
いつもとまったく違う書き方をしていることもあり需要があるかとか分からないので、どこまで続けるかはみなさんの反応を見て決めようと思っています。
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