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アポイサムに夜が訪れると、北の空にはひときわ明るく輝く青白い星が見えるようになった。その凶兆はやがて昼間でも見えるようになるはずだ。
レザム星の歴史上、初めて空に二つの光球が出現し、人々は珍しい眺めに感嘆するだろう。刻一刻と信じられない速度で接近してくる凶星を安心して眺められるのは、もちろん政府が発表したプログラムがあるからだ。
しかし、それを信じられない人々もいた。数にしておよそ七万人。政府はそれだけの人数を収容できる準光速船五隻を用意し、順次乗船させた。だが、どこかの恒星系へそのまま脱出する船は一隻しかなかった。
ほとんどの人は冒険がしたいわけではない。もし白色矮星をスルーできなかったときの保険として準光速船に乗り込み、レザム星周辺でステルス状態で待機し、凶星をやり過ごした後に母星へ帰還するつもりだった。
レザム星の衛星――直径二千キロほどの岩石衛星――ドゥーテの軌道の内側に待機し始めたそれらの船窓からは、恒星ラロスとちょうど反対側にある、惑星スネフの軍事工場から飛んできた新造戦艦群の噴射炎が多数見えた。
かたまって飛翔する無数の流星群たちは、凍結して白く輝く惑星スラーの宇宙港に集まってきた。あまりに数が多いので、巨大なはずの宇宙港はすでに姿を隠している。遠目には小魚の群れが作るいわし玉のように見えた。その数三千隻。だが、それらの戦艦に弾薬や物資を搬入する補給船や、連絡用シャトル、ランデブーポイントへ先発した艦船を含めると総数は五千隻以上になった。これほどの大船団はラロス文明史上初めてのことだった。
宇宙船の群れの中心にはこの艦隊の指揮をとるルビア・ファフの乗艦、ガスピル号がいた。かつての旗艦で、現在は白色矮星と並走して観測を続けているレイスタニス号と同形艦だ。
ガスピル号の艦橋で、集結している夥しい船影を眺めていたルビアは、再びここで出陣の時を待っていた。前回は独立自然主義者同盟の逮捕に向かうスウープ作戦のためだったが、今回用意された戦力はその数百倍はあるだろう。作戦コードネームは《オーバースロー》と決まり、内容のほとんどがヨアヒムとバリー・セナジによって組み立てられた。
大艦隊はお得意のステルス状態で敵に接近し並進。一斉に目標に向けて核融合弾、反物質ミサイル、相転移エネルギーを放出するフェイザー砲、電磁気で弾体を射出するレールガンといった持ちうるすべての手段で攻撃する。敵艦隊は散開するはずだが、それらの一隻も撃ち漏らさないように複数の小型AI艦が追跡する。場合によってはリプリケータをミサイルで投入することもあり得る。これがオーバースロー作戦の概要だった。
シミュレーションはすでに嫌というほど行ってきた。ルビアは、早く出撃したくてうずうずしていた。特に、フェイザー砲の威力を試したくて仕方がなかった。
あとわずかな時間でこのスラー宇宙港を出発し、白色矮星を取り巻くように各艦を配置すると同時に一斉攻撃だ。迎撃空域に到着するまで二十日あまりかかる。
八十隻集まったガスピル級戦艦に搭乗する人間は、八十人弱だった。みんな志願兵で、やはりサクゲナ市民軍が多かった。
だが、八十隻すべてに人間を乗せるわけにはいかない。多くのガスピル級戦艦を高速で先行させ、一次攻撃の司令艦の役目を与える必要がある。人間の乗った船は第一線に出る必要はなく、後衛を務めればいい。なので平均すると十六人が五隻のガスピル級戦艦に乗っていた。
キャプテンシートに落ち着いたルビアは、現在のところ艦橋にヨアヒムがいないことに多少の不安を感じていた。しかし、向こうへ行けばレイスタニス号に乗っているヨアヒムと合流する手はずになっている。
見ているうちに、スクリーンに表示される戦艦たちのグループが次々にグリーンに変色していく。最後の一つが準備完了のサインを送ってきたとき、ルビアは「第一~第三グループまで出撃せよ」と命じた。




