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氷結時代の終わり  作者: 六角光汰
第三章 ラロス系の擾乱
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「すごい迫力だね。さすが」

 そんな感想を漏らしたのはサブリーダーの一人であるアメル・ハンリオだった。それを聞いたオルシア・ルノンがアメルの肩を叩いた。

「おいおい。誘導されてるんじゃないのか」

「別に大丈夫よ。でも、よくこれだけのことを言うよね。本心なのかな」

 その言葉にイアインの心も動いた。確かにすごい。演壇に立っている女性と血縁があるとは思えない。あんな群集を前に立ったら、自分は何も言えないだろう。

 本心。そう、あれは本心なのか。いや、幼いころに、母は神様なんてこの宇宙にはいないと言っていた。母親は本心を吐露しているというよりも、本気なのだ。本気で何かをしようとしている。十一面体での母親の言葉が思い出される。

――私は本気よ。私はアセンションにすべてを賭けてきたの。ここに来て信者を見捨てることはできない――

 本気で信者と一緒にアセンションするつもりだ。しかし、どうやって?

 いつの間にか演説が続いていた。

「みなさん。安心してください。あなた方の希望は、私が、この命に代えても、必ず、実現します。その時はいつか。私たちの希望が現実のものになるのはいつか。それは、今から百日後です。約束します。

 百日たったら、またこの地にてお会いしましょう。

 その日、私は最後の祝福をみなさんにお分けするために詠唱します。これはザトキスの神官が代々受け継いできた神聖な唄で、終末の時にしか歌うことを許されていないものです。したがって、今まで一度も歌われたことがありません。

 それをみなさんにお分けします。おそらくご自宅にいても、宇宙船に乗っていても中継されれば聞くことができるでしょう。そして、その恩寵は必ずみなさんに届くでしょう。その恩寵とは……」

 教組さまは言葉を切った。間を目いっぱいとって、緊張感を高めた。

「その恩寵とは! アセンションです!」

 群集の歓声が最高潮を記録した。アポイサムの中心地が揺れている。地面や建造物や空気が波打っている。しばらくしてから教組はまた演説を始めた。

「ところで、みなさん! 私たちは未来がない自分たちに絶望したから、昇華するのでしょうか? 

 残念ながら、現在生きている私たちに唯一残されている希望はアセンションです。

 しかし、私たちには今まで知らされなかったもう一つの希望があります。実は、確固とした、科学的な検証に耐える現実的な希望を手にしています。超AIが総力を挙げて構築したプログラム。それは私の娘が実現してくれるはずです」

 イアインの体がビクッと慄えた。何のことだ。私が何を実現すると母親は言っているのか。

「そうです。我々人類は数億年後に再びこの宇宙に出現します。それは科学的に予言できます。高度なシミュレーションによって計算され、限りなく百%に近い確率で実現します」

 アーイアのこんな発言のために、ブリッジにいる全員の視線が自分に集中し始めたことにイアインは気づいた。しかし、母親の発言から注意を逸らすことができない。

「いずれ発表があるでしょう。今まで政府はこれを隠してきました。私たちは生命のタネ、人類のタネを然るべき惑星に撒きます。その使命を担っているのがわが娘、イアイン・ライントです。

 みなさん。私たちは絶滅しないのです。もちろん、現生人類はじきにいなくなるでしょう。でも実際には絶望する理由はなかったのです。数億年のブランクはありますが、必ずや人類は再生して存続するでしょう。彼ら、彼女ら、新しい人類の幸運を祈りましょう。私たちと同じ過ちをおかさないように祈りましょう。そして、私たちは安心して、希望を胸に抱きつつ昇華することができるのです!」

 このあたりでイアインは演説が耳に入らなくなった。その代わりに思い出されたのが、やはり十一面体での母親の発言だった。

――いい? 人類再興計画はこの子に託すしかない。もしこの子が死んだら人類再興計画はありえない。人類は永遠に滅びる――

「イアイン!」と大きな声をかけられて我に帰った。目の前にフロリナ・バロアとオルシア・ルノンが立っていた。

「教えてほしい。君の母親は何を言っているのか」

 オルシアが顔を近づけてくる。しかし、十一面体の記憶と今の演説を総合しても、はっきりしたことはいえない。オルシアがさらにたたみかけてくる。

「ヨアヒムが作ったプログラムを使って、君が数億年後に人類を再生させるのか?」

「わからない。わからないのよ。私は何も言われていない」

 イアインは顔を両手で覆った。母親に銃を突き付けられたショックが再びよみがえり、イアインの体が小刻みに震え続けている。フロリナが隣の席に戻り、くってかかりそうな姿勢のオルシアを手で押し戻した。

「ごめんなさい。あなたの部屋に戻りましょうか」

 そのやさしい声に甘えて、イアインは立ち上がった。左腕をフロリナにつかまれ、ゆっくりとブリッジを出た。まだ続く母親の演説が、背後から追いかけてくるようだった。

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