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イアインは一人で2203号室を目指した。コフィは外出していた。これから行くことを告げると、担当するもう一人の男の子を連れて保育室に出かけた。コフィは、セレナ・ラクライルが責任者になっている保育室で男の子を預けたあと、フェリデ・ガータンが臨時のリーダーを務める情報収集チームに参加するらしい。船内では刻々と参加者たちの役割や体制が形成されつつあった。
2203号室のリビングに入ると、ルディは床に座っていた。予想通り十台ほどのホログラム投射機を身の回りに並べている。
そっと近づく。今まで集中していた体が周囲の変化に気づいて少し反応した。だが、来客に向かって挨拶をしようとはしない。これはいつものことだった。
ルディがやっているシミュレーションは、かつてイアインにショックを与えたものではなかった。投射機によって宇宙空間が形成され、惑星やステーション、宇宙船などが動いている。戦略シミュレーションのようだ。
「こんにちは。ルディ」
少女は背中を向けたまま「うん」と返事をした。最小限の反応には違いないが、今までとは大きな違いだ。イアインは少女の隣に座った。すると、投射されていたホログラムが消えた。部屋の中の一角がふつうの空間に戻った。
「やめちゃうの?」
「うん」
一回うなずいて少女は足を抱えた。そのまま動かない。
「どうして?」
「お姉さんが来たから」
イアインは微笑んだ。明らかにルディが気を使ってくれている。
「私のところで一緒に暮らさない?」
それを聞いて少女は初めて来客の顔を見た。
「どうして?」という声と共に目もそんな形をしている。
「いつも一緒にいればもっとお話しできるでしょ。あなたのことももっとよくわかる」
少女は無表情のまま顔の向きを戻してまばたきした。銀色のまつ毛がしなやかに動く。
「ここにいたい?」
「どこにいても同じだから、どこでもいい」
「じゃあ、決まりね。うちにおいで。1001号室だよ。面白いAIもいるよ」
「お姉さん、偉い人なんでしょ?」
「そんなことないよ。成り行きでこうなっただけ」
「コフィが言ってた、この船で一番偉い人だって」
イアインは思わず苦笑した。とりあえず、この子が会話するようになってきたことが嬉しかった。
「別に偉くないよ」
「それから、子供が産めるんだって」
「ふ~ん。でも実際にやってみないとわからないな、それは。よく知ってるね」
会話の内容は単純だが、この子がやっているシミュレーションは、相当高度なものだった。それに見合った理解力や知識があって当然だ。というよりも自分よりもよほど頭がいいのではないかと彼女は思い直した。子供向けの語り口を心がける必要はないのかもしれない。
「お姉さんは、人類最後の希望なの? コフィが言ってた」
「う~ん。自分ではまったくそんな感じしないけど。そう言われてきたことは確かかな」
そう答えると、ルディがまたイアインへ顔を向けてきた。
「人類の希望って何?」
小さな目がじっと見つめている。年上の女は答えに窮した。人類を絶望に導いているものは、やがて確実に絶滅するという真実だった。したがって、希望とはその反対の概念になるはずだ。
「たくさんの人が生きたり死んだりしながらずっと続いていくことかな」
これ以上の深い質問をされたら、答えるのは無理そうな気がしたが、ルディは言葉を発しなかった。言葉を吸収して何事かを考えているようだった。
「やっぱり誰もいなくなるんだね。すごく寂しい」
ルディはうつむくようにしてそう言った。




