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氷結時代の終わり  作者: 六角光汰
第三章 ラロス系の擾乱
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 ファーミン空港から浮上したエルソア号は、高度七十キロで静止衛星のような周回軌道に乗った。つまり、常にファーミン空港の上空にいることになる。もちろん、この高度だと重力制御なしでは軌道を維持することはできない。だが、静止軌道には、昼と夜のサイクルが地上と同じというメリットがある。エルソア号の隣には、少し小型だが武装は比べものにならない戦艦マリステスが寄り添っている。

 イアインは扉に1001と表示されている、艦橋に一番近い部屋を当てがわれた。そして1000と1002には警備員と警備ロボットが入居した。この三つの部屋は中でつながっている。

 与えらえた空間のレイアウトを指示すると、船内工事専門のロボットたちは、例の柔軟な材質のパーテーションを切り貼りして、なんと数時間で終わらせた。イアインは広い部屋で寝るのが嫌いだったので、寝室は五メートル四方にした。そこにベッドをしつらえて、情報デスクがすぐ傍らに置かれた。デスクの上には、多種多様な機能を持った三十センチ四方のデバイスが乗っている。その機械には「艦長専用」と刻印されていた。

 ベッドに横になりながら彼女はそれを見つめる。

「艦長って……」

 どことなくその響きがおかしくなった。自分に艦長なんて役目を果たせるはずがない。移住団のリーダー、しかも人を集める広告塔で最初だけのリーダーだと思っていたのに、いつの間にか艦長? なら、私がどこかへ行けと指令したらその通り動くのかしら。

 数日前、ブリッジでエルソア号のAIに質問すると「その通りです」と言われた。ブレスレットとペンダントと顔と容姿と声質を常に認証しているので、船内のどこでも指令を承りますというのだ。

 これを聞いたオルシアとマストリフは「すげぇ」と声を合わせていた。そして、サブリーダーたちに無理やりキャプテンシートに座らせられた。すると、小型AIが「このお方はこう見えても冒険家です。では、レティピュール星でハイジャックされた事件での大活躍からお話しましょう」と始めたので、慌てて頭をはたいて止めさせた。フロリナは「聞きたい」とか「いいじゃない」とか言っているが彼女は拒否した。

「じゃあ、今度聞かせてね、ラナン」とフロリナにウインクされて、小型AIもウインクし返していたのをイアインは見逃さなかった。

 そんな小型AIは、いまリビングにいるはずだった。あの子は一人でいるときは、機械らしくじっとしているか、あるいは船内のAIとリンクして何かの情報を漁っている。

 さすがにリビングは来客がありそうなので狭くはしなかった。無数に思えるほど部屋があったとしても、船が全長二千五百メートルもあれば、十メートル四方のリビングは確保できた。

 しかし、十個ほどあるそれ以外の部屋は、どれも小さいものばかりで、形や扉は無個性になっている。というのも、セキュリティ専門の警備員から、目標人物がどの部屋にいるのか侵入者に即座に悟られないようにしたほうがいいとアドバイスされたからだ。

 そこまでする? とイアインはためらったが、小さい部屋が好きだったので従った。その一つでいま、ここ数日の疲れを癒すために横になっている。コールドスリープを途中に挟むとはいえ、これから何十年もここで暮らすことになる。だが、こうした静かな生活は彼女の好みだった。その途方もなく長い時間は、船内のみんなをいやでも成長させるだろう。私は母親のような年齢になり、あのルディも間違いなく成人する。いまこそ身長が一メートルちょっとしかなくて両腕の中にすっぽり収まってしまう少女は、時間がたつとどんな大人の女になるのだろうか……。彼女に近い年齢の子供たちが人類最後の世代になるのかもしれない。

 右腕のブレスレットに「ルディ、位置」と小声で囁く。すると、ホログラムがブレスレットの上に投射されて情報が示される。いつものように2203号室にいるようだ。今度会うときはどんなことを話し、どんなことをしようか考えているうちにイアインは久しぶりに深い睡眠に落ちた。

 翌日は、船内を移動しても警備員やロボットたちがゾロゾロとついてこなかった。空中で孤立している船内に異物が侵入すればすぐにわかるからだ。船内で動くものは常にAIが確認している。首相のいったとおり、セキュリティは地上にいるよりも堅牢だ。

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