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氷結時代の終わり  作者: 六角光汰
第三章 ラロス系の擾乱
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「わかりました。マストリフ。あなたが責任者になってください」

 イアインがそういうと、マストリフは首を振った。

「自分の専門は医学系です。適任ではありません。これから先に乗船する人数が増えたら、面倒見きれなくなるかもしれない。自分は医療チームや体制をしっかりやりたいと思っています。

 情報収集チームのリーダーはフェリデがいいと思う。彼は早く出発したいという意見だった。おそらく色々な危険性を考えてのことでしょう。フェリデを推薦します」

「私ですか? 確かに専門は天文や物理だけど、自信がないな」

 フェリデ・ガータンが自分を指差していた。

「では、まず最初に、フェリデが情報収集チームを作ってください。専門家を集めて情報収集を開始してください。自分が適任だと思ったらチーフに就任。ほかに適任者がいると思ったらその人に任せましょう。それでいいですか?」

 イアインがそういうと、フェリデは「わかりました」と指を下した。

 そのとき、エルソア号のAIが突然アナウンスを流した。

《首相権限により重力制御開始。上昇します。注意。緊急プラシージャではありません。対加速行動の必要はありません。上昇準備中》

 これが数回繰り返されたあと、船体がグラリと揺れた。一瞬だけ重力が強くなったが、すぐに元に戻った。

「どうした?」「どういうことだろう」「ブリッジへ移動したほうがいい」

 イアインを含むサブリーダーたちは近くのゴンドラに乗り込み、構造的には船首に当たる部分にあるブリッジへ向かった。

 ゴンドラの壁に空いた透明な窓からは、数字がものすごい勢いで流れていく。その数字は船首からの距離を表わしていた。

 その流れがゆっくりしてきてゴンドラが止まった。扉が開くとそこには扇状の部屋が広がっている。

 一番奥の壁には、巨大なホログラムディスプレイが鎮座して、艦内のすべての情報が表示されている。

 その前の一角にはゴツゴツした形の艦長専用シートがあった。クリーム色の背もたれにはエルソア号と書かれている。横に向いたシートに付属する小型のホログラム投射機から、何やら人影が浮かんでいた。七人はそこまで走った。ホログラムが勝手に浮かび上がることはありえないからだ。

 リーダーたちが到着すると、三十センチに縮小されたイーアライ・クールグ首相の声が聞こえてきた。

「エルソア号の諸君。勝手なことをして騒がせてしまった。その船を浮上させたのは、イアイン・ライントの保護のためだ」

 それを聞いて名指しされたイアインが一番前まで出てきた。

「私のせいですか」

「君の文書は読んだ。詳しいことは言及しないが、母親との一件は看過できないと判断した。その船には警備部隊五人とロボット五体がすでに乗り込んだ。そのうち君のところへ到着するはずだ。安全が確認されたらまた地上にすぐ降ろす。警備体制を構築する。それまでちょっと我慢して欲しい」

「そうですか。私のせいでみんなに迷惑を」

「そんなことないよ。事情は知らないけれど、すぐ地上に戻れるようだし」

 隣のフロリナが声をかける。

「そうそう。リーダーが危険なら我々だって守る用意はある。首相。全面的に協力します」

 オルシア・ルノンがそういうと首相は「感謝する」と返事をした。

「これを見てほしい」

 首相が前面の巨大ホログラムに右手を向けた。すると、空撮されているらしい十一面体周辺のリアルタイム映像が広がった。

「すごい!」とフェリデ・ガータンが息を呑んだ。

 映像の中心に十一面体が黒々と居座っているのはいつもの光景だったが、周囲には大群衆が取り囲んでいた。数万人はいる。映像が群集に寄っていくと、ザトキスの神官の旗や、狼煙のような煙が散見された。アポイサム始まって以来、前代未聞の出来事だった。

「それにしても、こんな群集の姿を我々の都市で見ることができるとは」

 マストリフ・ネスラが漏らした。

「みんなアーイア・ライントを釈放しろと要求している。イアインの報告を元に、我々は色々調査した。しかし、何も出てこなかった。詳しいことはここでは言えないが、アーイアは釈放せざるを得ない。そこで、我々は万が一の事態を考慮して、エルソア号の浮上とイアイン・ライントの保護を念のために行ったわけだ。安全が確認されたらすぐに元に戻す」

「ありがとうございます」

 そう答えたのはフロリナだった。

「しかし、宇宙に出たら、こうした判断は君たちがしなければならない。ラロス系にいるうちによく体制を考え、よく訓練をしておくように」

 オルシア・ルノンが「わかりました」と答える。

「首相……」と、イアインが問いかけた。

「あのとき、重要な話があると言っていましたが、何だったのでしょうか」

「イアイン・ライント。その話をしに行きたい。ヨアヒムも一緒だ。しかし今はこんな状態だ。忙しい。だから少し待っていてほしい。昨日の内容に関することは黙っていて欲しい」

「はあ」

 そんな受け答えをしていると、かなりの重武装をした警備員とロボットたちがブリッジに入ってきた。イアインに近づいて取り囲む。それと同時に、他のサブリーダーたちが離れざるを得ない。

「俺たちも船内での武装を考える必要があるな。それに警察みたいな組織も」

 そう言ったのはマストリフだった。そしてAIのアナウンスがまた聞こえてきた。

《接近飛翔体情報。当船の上空三万キロに戦艦マリステス確認。AIマリステスとの相互認証後リンク確立。当船の護衛任務のため併進・接近許可申請。許可しました。当船はファーミン空港の上空五千メートルまで上昇して一時停止》

 それと同時に、巨大ディスプレイにはの銀色に光る戦艦マリステスのローアングル映像が広がった。徐々にその姿が大きくなっていく。

「これも首相の命令ですか?」というイアインの問いに、首相は「そうだ。しばらくこの状態が続く」と答えた。ホログラムからの声には続きがあった。

「それから、君の警護には欠かせないAIもそこにいるはずだ」

「え?」と、周囲を見回す前に、お尻をちょこんと突かれた。振り返ると、そこには修理を終えたらしい小型AIがいた。

「気づきませんでしたか」

「ラナン! 小さくて見えなかった。何回も修理されて可哀想だけど、よかった!」

 その場にいたサブリーダーたちも再会をはたしたご主人さまと小型AIを取り囲んで拍手した。

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