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氷結時代の終わり  作者: 六角光汰
第一章 燦然と輝く廃墟
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 数週間のあいだ、四人の乗客は広い船内で音信不通になったり意外な場所で遭遇したりした。抗老化プログラムを医療セクションで受ける者もいたし、主にストレス解消目的で設けられたV・Rステーションで顔を合わせた者もいた。

 しかし彼らはV・Rの危険性をよく知っていたので、利用するコンテンツは偏っていた。快楽享受系のV・Rコンテンツに浸ったとしてもプライバシーが守られるから他人に知られることはないが、彼らの名誉のためにいっておくと、久しぶりに乗客を乗せたこのアケドラ号では、最新科学の知見を詳解するプログラムの利用頻度が高かった。まだアポイサムの住人にも真面目で前向きな者もいたということだ。特に若い二人は意欲的で、二週間の至れり尽くせりのバカンスを勉強して過ごしていた。

 一方、炭酸ガスや生理活性物質が溶け込んだ温泉に浸かりながらもライルは数日前の経験が気になって仕方がない。三十八℃のぬるま湯にもかかわらず、額や耳の裏から幾筋もの汗がしたたり、アゴの先に集まって落ちる。念のために、ライルはAIに命じてラロス系に散らばる科学機構のストレージにデータを送った。そして、クラカマにもさきほど言ったデータを送った。温泉から出たら観測室へ行く、君も付き合わないか、とメッセージを添えたが、返事はすぐになかった。

 のぼせ気味のまま、ライルはひんやりとしたジェットエアーを浴びて体を乾かし、ワンアクションでスーツを着用すると、準光速船の観測室に向かった。気になるラロス系外の様子を観察するためである。さまざまな機器を駆使して、というよりもAIに命じて、時間をずらして採取したあの宙域のデータを徹底的に比較し始める。人間の目ではわからない差異をAIは見逃さない。しかし、そこにはめぼしい問題は発見できなかった。光の変化があるとすれば、遠い変光星や恒星の前を惑星が横切るさいの些細なちらつきしか検出できなかった。その後は、アケドラ号を運航しているAIに命じて光学観測や電磁波の記録を続けさせた。

その七十二時間後、惑星スナル(sunaru)近傍を通過中、衛星であるアドナリム(adnarim)から興味深いデータが検出された。

 スナルはエヌテンの兄弟星で、直径約五万キロの巨大ガス惑星だ。大気が青緑色をしているのはエヌテンと似ているが、系内の惑星とはまったく違う特徴がある。それは、自転軸が黄道面に対して水平であること。つまり自転軸が横倒しになっているのだ。

 ガスや塵の密集状態からふつうにラロス系が生まれたとすれば、こんな不自然な自転軸は考えられない。シミュレーションを重ねた結果、惑星同士の衝突が原因である可能性が高いとされている。スナルの衛星は大小合わせて三十個近くもあるが、その一つが直径五百キロのアドナリムだった。

 アドナリムは岩石のコアを持つが表面は氷に覆われているために基地などの施設が作りにくい。潮汐力が働いて小規模な地殻変動が確認されているが、内部に熱源がないので生命が存在する可能性もない。小さくて何の特徴もないため、人類はほとんど降り立ったことがない。忘れ去られている衛星だ。

 ところが、その方向から発信されている人工的でかすかな信号が検出されたと、ライルはアケドラ号からの報告を受けた。アケドラ号は飛行コース近傍の空間を常に観測し、危険や脅威に対して即座に対応する。場合によってはレーザーやミサイルといった兵器で危険を除去することもある。

 ライルが観測室へ向かうと、すでに連絡を受けていたクラカマが先に到着していた。眠そうな顔をしてあくびをしている。

「どうした、アケドラ号」

 ライルの問いかけに反応したらしく、ホログラムモニターが観測室の半分ほどの大きさで展開された。

「今からデータを視覚化します。ライル・ニアーム評議員、クラカマ・ダモエ課長。衛星アドナリムからの粒子線です」

 モニターには六色に分けられたグラフがあり、色は観測された粒子を示している。中性子線は黄色、ニュートリノは青、ミュー粒子は緑、タウ粒子は白といった具合だ。グラフの長さはそれぞれのエネルギーに比例している。

 その中で、赤くて一番エネルギー値が高いグラフが派手に点滅している。ライルはそれを見て瞠目した。クラカマの肩に手を置いて、あごでそのグラフを見るように促した。その一秒後、クラカマの表情も驚愕に歪んだ。

 なんと、赤いグラフは大量のモノポールの存在を示していたのだ。ラロス文明がモノポール――磁気単極子を初めて観測したのは、今から百年ほど前のこと。宇宙空間からの検出ではなく、恒星間宇宙船用の次世代型推進器の研究中に発見された。

 その新型エンジンは真空の相転移を隔離した領域で起こし、より低い期待値を持つ真空への移行によるエネルギーの差分を利用する。真空が持っている莫大なエネルギーが得られる一方で、この宇宙を破滅に導く可能性もあることから、ラロス文明では開発が封印されたテクノロジーだ。

 そして、モノポールは相転移が広がる境界面で大量に発生し、物質を構成する陽子の崩壊を引き起こす。相転移エンジンの研究中に、モノポールと同時に陽子崩壊の証拠となる陽電子、ニュートリノ、パイ中間子が大量に検出された。これも大問題になった。モノポールを大量に浴びた物質は、人間であれ機械であれ、ボロボロに崩壊してしまうからである。

 ライルはこのことをよく知っている。現場に立ち会ったことはないが、封印されたテクノロジーを安全な形で復活させようとして、ヨアヒムがまだ理論的な研究を続けていたからだ。ヨアヒムの研究内容は、評議委員の承認を得なければ進めることができないことになっている。ライルはモノポールの理論的な研究は認めたことがあるが、その実証実験をラロス系内で許可した覚えはない。

「なぜ、モノポールがこんな高エネルギーの状態で検出される? この宇宙船は危険だ。アケドラ号、すぐに回避しろ。モノポールは磁荷を持っている。磁荷の流れは異常な電流を発生させる。船も悪影響を受けるぞ」

「了解しました」

 アケドラ号は衛星アドナリムに船底を向けたらしく、二人の男は立っていられないほどの重力を感じて床にくずおれた。耐加速シートに固定されていない人間が、天井にぶつかったり横に飛ばされないよう、退避する船の姿勢を考えたアケドラ号は、さすがレベル4のAIといえる。

「とりあえず、観測を続けてくれ。アケドラ号。粒子線の値を記録して、安全になったら教えてくれ」

「了解しました。しかし、すでに安全のようです。ピタリとモノポールや陽電子の検出が止まりました」

「クラカマ、アドナリムには人工施設が何もなかったはずだ。何か心当たりはあるか」

「いや、ありません。ラロス系内では珍しく、手つかずの自然状態のはずです」

「だったらモノポールが観測されることはありえない。あそこには何かがあるのだ。アケドラ号、現在危険な状態ではないのだな?」

「はい、モノポールの観測値はゼロです」

「では回避行動を解除してくれ。アドナリムとの距離は?」

「およそ三十光秒です」

「では、十光秒まで接近しろ。再び危険を感知したらすぐに退避行動を開始してくれ」

 アケドラ号はしばらく沈黙した。何かを考えているようだ。

「ニアーム評議員。当船は旅客船です。調査船ではありません。飛行コースの変更は中央交通局への申請が必要になります」

 ライルは法律を記憶の中から引っ張り出して検討し始めた。同時に脳AIにも調べさせた。すると、非常事態と認められた場合には、施設や船舶の運用、および戦力や救助組織の指揮権は、その周囲一光分以内に首相が存在しない場合、評議員に委譲されるという非常事態法が存在する。評議員がいない場合には政府の役人が指揮権を持つことになる。

「アケドラ号、モノポールの異常発生は明らかに非常事態といえる。破局をもたらす相転移が発生している証拠にもなる現象だ。これを中央へ報告せよ。それと同時にこの船は私が指揮する。法に則っているはずだ」

 返答はすぐになされた。

「了解しました、ライル・ニアーム評議員。あなたをこの船の指揮官と認めます」

「ライル、指揮をとって何をするつもりですか」

 事態の推移を傍らで見守っていたクラカマがおどおどしながら聞いた。

「モノポールの発生源を調べる」

「しかし、我々は科学者とはいえ生身の人間です。それにこれが危機だとしたら、我々の管轄外だと思いますが。今回はすんなりとレザムへ戻りましょう」

「そうしたいところだが、戻るわけにはいかない。この場にいるラロス系内の責任者としての役目を果たす」

 その言葉を聞いてクラカマは両手で顔を覆った。そんな責任はAIに任せておけばいいのに、というふうに。





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