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氷結時代の終わり  作者: 六角光汰
第三章 ラロス系の擾乱
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「ラナン!」と叫んで立ち上がった娘の腕を、アーイアがつかんだ。

「大丈夫。回復できるはずよ」

「なんなの? これはどういうこと?」

 イアインは怒りに震えながら抗議するが、母親にぐいと引かれた。そして右手を体に回されて左手で脇腹に銃を突き付けられた。 

「君は、いったい……。自分の娘だぞ」

 ヨアヒムが見たこともないような表情をしていた。生体素材で造られているからなのか、顔色が青白くなっている。

「わかるでしょ? 私はアセンションにすべてを賭けてきたの。ここに来て信者を見捨てることはできない」

「お母さん、やめて」

という娘の言葉に一切耳を貸さず、アーイアは続ける。

「いい? 私は本気よ。人類再興計画はこの子に託す以外にない。なぜなら私が拒否したから。私は私の使命を果たす。未来がなく、不安に苦しむ人たちを救済する。そのためにはアセンションが必要なの。

 もしこの子が死んだら、もう人類再興計画はありえない。わかる? 人類の最後の究極の希望が失われる。それでいいの? どちらか一つを選びなさい。私の言うことを聞かず、あと数百年で人類が永遠に滅びるか、それとも私の話を聞いて、いつか人類が再興する可能性を信じるか」

 アーイアは超AIを睨みつけて答えを待っている。イアインも訳が分からないまま一緒に見つめた。ヨアヒムはじっとしていて動かない。青い澄んだ目は同じだが、いつもと違うのは、それが動揺していたことだ。明らかにあの何事にも冷静な超AIではない。

「さあ、どうするの? 言っておくけれど、私は本気よ。両方とも実現しようなんて贅沢よ」

「君の計画で問題なのは、アセンションを希望しない連中も巻き込むことだ。その点は何とも思わないのか?」

「これから先、移住希望者が出てくるでしょう。そういう人たちは船でこの惑星を離れればいい。生きる気力のある人たちだから。でも、こんな状況になっても寝て暮らしているゾンビどもはどうでもいい。考慮する価値もない。せいぜいアセンションに巻き込まれて幸運でしょ。それこそ救済」

「君という人は……」

「さあ、どっちを選ぶの? スピルク・ライント! この場であなたが嘘をついてやり過ごしたことがわかったら、私は間違いなく人類再興計画を潰す! アセンションできずに生き残った人生をその目的に使う」

 銃を突き付けられ、なおかつ信じられないほどの力で締め付けられているイアインの体が波打った。スピルク・ライントというのは確かヨアヒムの先生だったという話を聞いたことがある。

 やがて、ヨアヒムのピンと張っていた体が脱力した。少し猫背のような姿勢になり、両手で顔を覆った。両手がゆっくりと上下に動いている。

「わかった。アーイア。君は言い出したら聞かないからな。言ったことは必ず実行する。君の言う通りにしよう。白色矮星回避プログラムが発動したときに」

「よかった。理解してくれて」

 母親の手の力が少し緩んだようにイアインには思えた。

「でも、約束を破ったときは本当に人類は永遠に終わりよ。二度とこの宇宙に現れることはない。そのことだけは知っておいて。約束を誰かに漏らしても同じよ。

 それから、実行したあとにヨアヒムを説得して。もう人類にかかわらずに超生命体として生きなさいと」

「わかった。それ以上念を押さなくていい……。ヨアヒムの件は私も最初から同意している」

「お母さん! 今の話はなんなの? 私にはさっぱりわからなかった。私はどうしてあなたに銃を突き付けられているの?」

 母親の右手が解けた。締め付けられていた脇腹が痛い。呆然としながら疑問の目を投げかける娘に対して、母親は一言だけ「ごめんなさい」と呟いてうつむいた。

「それと、あのヨアヒムは何なの? あれはちがう! スピルク・ライントって何? 先祖? 本当に何だかわからない。説明して!」

 イアインの両目からは自覚のない涙がこぼれていた。

「アーイア。約束した。もう君の前に出ることはない」

 ヨアヒムらしき個体はそう言ったとたんに、猫背だった姿勢がピンと伸びた。

「ごめんなさい」

 今度は母親にやさしく手を引かれた。動揺していたイアインはそのまま体を寄せられて母親に抱きしめられた。また同じ言葉が繰り返された。

「ごめんなさい」

 横を向くとすぐ近くに目を閉じた母親の顔があった。こんなふうに抱きしめられるのは何年ぶりだろう。だが、イアインには母親の情念がまったく伝わってこなかった。おそらくかなりの確率で自分は死んでいたような気がする。その直後に抱きしめられても恐怖や動揺しか感じない。食い違い、行き違い、理解不能な母親がそこにいるだけだ。

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