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氷結時代の終わり  作者: 六角光汰
第三章 ラロス系の擾乱
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「ちがうんだ。アーイア・ライントは君を宗教活動に誘おうとしているのではない。そんなことだったら私やヨアヒムは必要ないはずだ。とにかく行ってみてほしい」

「わかりました」

 それにしても首相が同席する必要のあったという話の内容とは何だろうか。首相が脳内で誰かと会話している。動きが数秒止まるのでそれがわかる。すると、床に点滅する青い光点が現れた。

「その点についていってほしい。なにしろ、この中は複雑でね。私もナビがないと迷ってしまう」

 首相はそう言って笑い、背中を見せて歩いて行った。足元の光点が誘っている。少し動くと光点も同じだけ動く。追い越そうとすると光点も早く動く。追いかけっこをしているうちに行き止まりになった。どん詰まりの壁は銀色に光っている。いつの間にか光点が消えたので、そこに近づくと、銀色だった壁が茶色く変わっていき、扉が音もなく横に滑って行った。

 すると、中からは大きな声が聞こえた。アーイア・ライントの声だった。

「だったらあなたはどうしてアセンションなんてしたの! まさか興味があったから? そんなわけないでしょう?」

 ずいぶんと感情的でトゲトゲしい声だ。そんな母親に答える冷静な声が聞こえてきた。首相の案内では、その声の主はヨアヒムのはずだった。しかし、いつもの超AIとはトーンも言葉使いも違っている。

「アセンションを否定するわけじゃない。だが昇華でも上昇でもない。君が考えているような素晴らしいものじゃない」

「では、どうしても認めないのね? だったらこちらにも考えがある」

「どんな考えだ」

「バカね、そんな手の内をさらすわけないでしょう」

 そこで会話が途切れた。扉が開いているのに気がついたようだ。

「来てくれたようだ。君の娘が」

 さっきから背中を見せていたアーイアが振り返った。上気した顔つきをして髪が乱れている。そんな母の姿をイアインはあまり見たことがなかった。ずっと前に一度だけ、部下のスタッフと言い争いをしたときに、恐怖を感じながらその様子を眺めていたのを思い出す。

 アーイアの前に立つヨアヒムは例によって背筋がピンと伸びていた。顔も体つきも変わりないが、どうも違う。あれはヨアヒムではない。それに会話の中にアセンションという言葉が出てきた。一体、この二人は何を話していたのか。イアインにはさっぱりわからなかった。

「こっちへ来て座って。ラナンも」

 母親が手招きしているのでそれに従った。言うことを聞くのはずいぶん久しぶりのような気がした。

 向き合っている二人の下には小型の四角いテーブルがあり、四つのソファが取り囲んでいる。立っている二人はイアインが着席すると同じように座った。ラナンはイアインの後ろに立った。すると、入ってきた扉が閉まり、再び銀色に変わって鏡のように輝き始めた。

「アーイア、時間がない。この話はなかったことにしてほしい」

 ヨアヒムがそういうと、アーイアはテーブルを平手で叩いた。それと同時にイアインの肩が少し上がった。

「いいえ、今聞いてもらいます! ようするにあなたがどちらの未来を取るかです。どちらがいいの?」

「ヨアヒムがこれ以上止まったら色々な問題が発生する。もう君だけに時間を割くことはできない」

「ではまた、と言いたいところだけど、そうはいかない。もうあなたには会わせてもらえないかもしれないから」

「だが時間が」

「うるさい! あくまで受け入れられないというのね?」

 イアインは興奮する母親と変なヨアヒムを交互に見るが、何を言い争っているのか見当もつかない。

「あの、大事な話って? そのために呼ばれたんでしょ。私」

 ふぅ~と溜息をついてアーイアが答える。若干言葉がソフトになった。

「そうよ。本当に大事な話。人類の運命を左右する話。でも、その前に決着をつけなければならないことがあるの」

「では、そっちの話に移行してくれ。私は落ちる」

 アーイアが立ち上がった。そしてポケットから小型の銃を取り出し、右斜めに立っていたラナンに向けて撃った。電磁パルス銃のようだ。ラナンは体中からバチバチと放電して動かなくなった。

「何をするの! お母さん!」

 目の前で起こったことが信じられなかった。どうしてラナンがこんな目に遭うのか。母親がどうしてこんなことをするのか。さっきからの会話といい、まったく理解できない。

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