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政府専用シャトルは、乗客として指定されているイアインがシートに座るのを確認すると、すぐに居住棟の屋上から上昇して、大気圏内では珍しいほどの強い加速を開始した。百キロほど離れたアポイサムの中心地まで十分で到着する予定だった。
ラナンが前のシートの裏についているディスプレイを操作する。首相かヨアヒムから命令されたことを実行しているようだ。
すぐにイアインの目の前で身長十センチの首相が会見を始めた。内容は驚くべきものだったが、ステルス機能で白色矮星をスルーするという計画については信用することができた。
実際にイアインはステルス状態で自分の体を異物が通過する体験をしている。あれと同じことが起こるのだとすれば、あまり心配する必要はない。だが、政府を信用しない人たちに及ぼす影響は計り知れないような気がした。ステルス機能について説明されても不安は払拭できないだろう。
「で、ヨアヒムがそこまで考えていたなんてすごくないですか? アポイサムの地下に大型の装置を用意していたなんて」
とんでもないことが起こっているというのにラナンは楽しそうに話しかけてくる。
「確かにね。そういえば、うちに来る予定だった二人には連絡した?」
「はい、しておきました。ご主人さまが急用ですと」
「でも、こんなニュースが発表されてしまって、それどころじゃないでしょうね。今ごろ船の中でみんな集まっているよ」
「でしょうね。おそらくその場にあなたがいて欲しいと思っているはずです」
「そうかな? 違うと思うけど」
サブリーダーのオルシア・ルノン、マストリフ・ネスラ、フロリナ・バロアたちがなんとか船内をまとめてくれているだろう。彼らは自分より頼りになる。それから、ルディはまだ寝ているだろうかと、イアインはふと思った。
「私がリーダーだったら多数決をとって今すぐ出発しますけどね。何カ月も待てません。白色矮星の通過でどんな影響が出てくるかわかりませんし」
「それは慌てすぎでしょ」
「あ、もうそろそろ減速するはずです。あっという間でした」
慣性飛行中のシャトルが百八十度向きを変えた。船窓から差し込む夕日でそれがわかる。再び重力が背中にかかるが、準光速船で体験するGとは比較にならない。
窓を覗き込むと眼下には黒々とした十一面体が見えた。どうやらここに直接降りるらしい。どんどん近づいてくる暗黒を見ていると、深い縦穴洞窟に吸い込まれていくような錯覚に陥った。
高さが五百メートルある黒くて異様な建造物の上部は五角形になっていた。航空機が降りられるような特別な施設や標識はまったくない。シャトルは五角形の縁近くに着地した。
イアインたちがタラップから降りると、縁の向こうも同じような五角形の急坂になっている。数歩踏み出したらそのまま滑り落ちていきそうだ。十一面体に立ってみた感覚は、どことなくザラザラしていた。光の反射がまったくないので、ずっと見ていても目に馴染まない。気持ちが悪くなりそうなのでイアインは水平方向へ視線を向けた。すると、五角形の中央がせりあがって塔のような構造が出現していた。そこが入口のようだ。
直径三メートルほどの塔に入るとそのまま下がった。下のフロアには首相が待っていた。来客とその従属AIの到着を認めて、首相は笑みを浮かべた。しかし、その隣には評議員の服装をした男が二人いる。
「イアイン・ライント。急に申し訳ない。ファーミンの方では忙しいようだね。もう知っていると思うが、我々も忙しい。スケジュールが詰まっている。済まないが用件だけ言おう。ヨアヒムと君の母親が待っている。会って欲しい。重要な話がある。できれば私も同席したかった」
母親がいるとは聞いていなかったので、イアインの体が緊張した。
「母ですか? 母と話すことはないと思いますが」
率直にそういうと、首相は意外にも母子の関係を理解しているようなことを言い始めた。




