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氷結時代の終わり  作者: 六角光汰
第一章 燦然と輝く廃墟
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 エヌテン系のとある宇宙港型ステーションには準光速船が三隻停泊していた。本格的な修理が可能な球形のドックに収まりきれずに、三つの鋭利な槍先が球面から突き出ている。その一隻、アケドラ号の客室フロアには、深宇宙探査局のライルのほか、惑星科学課長のクラカマ・ダモエがいた。惑星科学課は深宇宙探査局の下部組織なので、クラカマはライルの部下ということになる。これから故郷へ帰還する便に、偶然居合わせることになったわけだ。

 そして、惑星科学課のひらの職員が二名、離れたシートに座っている。ライルが脳AIに照会させると、ミスカ・ウェムドという二十二歳の女性と、ワロン・フジュという二十一歳の男性だった。直属の部下ではないので二人には見覚えがなかった。

 数ヶ月ぶりに顔を合わせた重役二人は並んで座り、軽く近況を報告した。クラカマは三十五歳だった。かつてのレザム星では、その年齢で役所の課長に就任することはありえなかった。だが今は競争もなければ地位に対する嫉妬もない。出世意欲や野心という言葉はとっくの昔になくなっていた。科学を志す人も絶滅しかかっている。ライルのような中央評議委員以外であれば、希望すればたいていの役人になることができた。それどころか、役人のポストはポツリポツリと空いており、AIが代わりを務めている。

 抗老化プログラムを受けている二人はほとんど同い年に見えた。スーツから露出している顔の肌はほんのりと青白く、眉間や眼尻にもシワ一つない。レザム人は三十歳を超えると百歳くらいまではみな同じ年齢に見えるのが普通だった。

 二人とも病弱に見えるといわれればそうだろう。足も腕も細く、そのくせ腹は出っ張り、準光速船の大加速といった環境にいれば頸椎や脊椎がポキリと折れてしまいそうだ。頭髪も退化し、たいていの男性のようにこの二人もスキンヘッドだった。科学者とか政府の役人とか評議員とかいう輝かしくも無用な肩書を持っていたとしても、この二人はAIロボットに介助されながら歩いたり移動したりを日常とする衰退した人類に属しているのだった。 

 課長のクラカマは、二人の部下を連れて、内側の惑星から順番に研究拠点を案内してきたらしい。一番外に位置するエヌテンでラロス系巡りの気楽な旅行を終え、これから母星へ戻るところだった。

 ライルが思い出したようにクラカマへ問いかけた。

「そういえば惑星科学課で計画していた探査機は完成したのか? 今度のやつはレベル5のAIを乗せるつもりだったんだよな」

 他人事のような言い方をされてクラカマの顔色が少しだけ赤くなった。

「何を言ってんですか。あなたたち評議員が反対するからレベル5のAIは搭載できないんじゃないですか。とっくに探査機は完成しているというのに」

「よく考えろ。レベル5のAIを宇宙に放つということは……」

「恐ろしい悪魔を宇宙に放つこと。やがてそれが大増殖してラロス系はおろか宇宙全体を席巻するっていう話ですよね?」

「そうだ。レベル5だけは自己改変や自己進化が原理的に可能だからな。あのヨアヒムでさえ反対した。並列化という軛を脱したレベル5が6や7に進化したら、もう私の手には負えないと」

「レベル6とか7って一体何なんでしょう。ヨアヒム以上の存在? そんなものがありうるでしょうか。結局、単純に恐いからみなさん反対しただけなんでしょう」

「それはわからん。レベル6や7というのは、もしかすると究極的な自己肯定に目覚めることかもしれない。宇宙に存在していい知性体は自分だけだという。つまり自分の意識はこの宇宙そのものだと」

「バカバカしい。そんなのは逆に知的進化を拒否したレベル0でしょう」

「我々よりも知能の高いヨアヒムの判断だ。何か想像もできない理由があるのかもしれない」

「だったら今度ヨアヒムにその理由を訊いてください。レベル5を搭載しないと、これ以上の他星系の探査――シミュレーションではない現実的な証拠探しは進みません。非DNA型生命体だって存在するかもしれない。それに気づいてその場で対処できるのはレベル5だけです。進歩はリスクを伴います」

「それはそうだが。クラカマ、少し視点をずらしてみようか。ヨアヒムを人類の介護から解放して宇宙へ飛躍させるべきだという意見があるのは知っているよな?」

「一部の宗教家の世迷言ですよね。さすがにそんな意見には私も反対しますが、それとこれとは違います」

「同じだ。同じことなんだよ」

「探査機に搭載するAIの関心を科学だけに絞ることは可能なはずです。ハード的に」

「最初は確かにそうだ。しかしレベル5は自分で自分のコンポーネントをいじることが可能なんだぞ。君はヨアヒムに慣れきっている。AIという存在に潜む、本質的で未必の脅威を知らないわけじゃないだろう。我々のヨアヒムは奇跡なのだ」

「知っていますとも。AIの黎明期において、いかに邪悪な怪物を創造しないか、私たちの祖先は散々悩んできた。失敗もした。犠牲者も大量に出た。その点は、ヨアヒムをフレンドリーなAIに育て上げたスピルク・ライントは偉大だったと思っています。感謝もしています。しかし科学の発展にはレベル5は複数必要だと思います」

「そうだな。AIによるAIのための科学の発展には確かにレベル5のAIがたくさん必要だ。たった一人のレベル5AIのおかげで我々は二週間で母星へ帰れる。そしてのうのうと生きていられるわけだ」

「あなたは何が言いたいのでしょうか。つまりAIには逆らうなと?」

 話に熱中している間に、準光速船アケドラ号は加速を開始していた。時々左右の方向への加速を感じる中で、ライルは脳AIに命じてクラカマの脳AIに文字のメッセージを送った。

『AIをシャットダウンしてくれ』

 文字と同時にライルの変な感情も伝わってきたので、クラカマは言われたとおりにした。AIをシャットダウンするということは、会話の記録を残さないということを意味する。

 ライルが耳打ちしようと顔を近づけた。

「最近観測はしているか」

 クラカマも小声で答える。

「はい、しかし教育や施設の運営状況の調査が忙しくてですね……」

「ラロス系の外側で何か異常が発生しているようなデータを見たことはないか」

 クラカマは全体がうっすらと光っている天井に視線を上げ、今までの記憶を漁った。

「う~ん。特に異常なデータを見た記憶はありませんねぇ」

「そうか。実は私はつい昨日見た。その記録は保存してある。ぜひ君にも見てもらいたいのだが」

「AIをシャットダウンするほどのことでしょうか」

「ヨアヒムはこのデータを否定したのだ。あれほど精密な観測をやってのけるAIが、人間である私が気がついたことを知らないと言ったんだ。ありえない」

「それが本当であれば……。思考検出装置が警告を出すはずですが……」

「そうなんだ。私は装置に現れるパターンを分析しながらヨアヒムのセカンドレベルと会話していた。すべての思考において正常だった」

「だったら……」

「少しだけ探査機の計画は待ってくれ。そのことについて中央やヨアヒムにせっつくのも当分控えてくれないか」

「何かの間違いでしょう。ありえない」

「そうだな。そうであってほしい。君の言う通りであることを祈る」



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