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「私の細胞から培養した心臓を移植したから、もう大丈夫だって。手術の痕もないでしょ?」
「それまでは人工心臓だったし、胸のあたりに機械をつけてたし、大変だったね」
「元に戻りました。あと、裁判もありがとうございました。おかげさまで三ヵ月で刑務所を出られました」
「そう」と答えたイアインはロロアが準光速船の中で自分を撃ったシーンを思い出していた。あのときは絶対に死んだと思ったが、こうして目の前に本人がいるのを見ると改めて安堵した。
「ほかの人たちは?」
そう訊かれてロロアが当時仲間だった連中の顔や名前を思い出している。
「刑期が半年以上の人はいなかったと思います。それもイアインのおかげです」
「私は思ったことを言っただけだから」
「それが嬉しい。みんなにイアインにはお礼を言って欲しいと頼まれているのよ」
「だけど、いま、裁判とかやっている状況じゃないと思う」
「ところで、議長たちの居場所は政府側にわかっていたりするの?」
イアインは最後に会ったときのナゲホ・ミザムとの会話を思い出していた。すでにアセンションしているのだろうか。
「ラロス系に戻ってきて例の大暴露をしたあとは、消息不明みたい。政府も探しているということになっているけれど、それどころじゃないから。みんなもう関心持ってないと思う」
「忘れ去られているのね。でもラロス系は出られないから、すぐ近くにいるかも」
「移住先を探すと言っていたから、いまは私たちと同じような目的で動いていることになる。もしかするとまたどこかで再会するのかな」
「そうなったら私どうしよう。複雑。あ、あれはどうだったの? 許してもらえたのかな」
「あなたのことは経歴から裁判の推移、結果まで詳しく紹介した結果、全会一致でOKということになりました。あなたを知っている人も数人いたし」
その言葉を聞いてロロアの顔が明るくなった。
「ありがとう。でも本当に私なんか仲間になっていいの?」
「とりあえず、反対する人はいなかった。大丈夫でしょ」
そのとき、ラナンが歩いてきて手に持った箱をテーブルの上に置いた。
「ロロアさん。快気祝いです。もとい出所祝いです。お勤めご苦労さんでした。開けてみてください」
「お勤めって。何かくれるの?」
ロロアは小型AIとイアインを交互に見る。
「どうぞ、開けてみて」
促されて箱を開けると、そこには準光速船内で使うためのブレスレットとペンダントが入っていた。それを取り上げロロアが微笑む。
「すでにデータが入っています。ここでは何の機能もありませんが、船の中に入ると動き出します。準光速船は広いですからどこにいるのかわからなくなることもあります。これは位置情報やナビ機能も発揮します」
「こんなのがあるんだ。へぇ」
関心するロロアに向かってラナンが続ける。
「ナチュラリストは脳にインプラントを入れていない人が多いですからね。こういう小物で統一したのでしょう。イアインもインプラントは入れていませんしね」
「私も体をいじるのは好きじゃないっていうか」
すでに腕にはブレスレットがあり、胸には二つのペンダントがかかっているイアインもそれらをいじりはじめた。
「だからご主人さまには今まで私が必要だったのですが」
イアインは初めて何かに気がついたように小型AIを見つめた。
「そうか。準光速船で暮らすようになったら、ブレスレットとかペンダントがあれば、ラナンは必要なくなっちゃうね」
「まさか、あなたは私を置いていくつもりじゃ……」
「さあ、どうしようかな」
ご主人さまの意地悪そうな笑顔を見て小型AIの表情は歪んだ。
「やっぱり怒っているんじゃないですか。間違いない。それを隠してこういう仕打ちをするなんてすごく陰湿です」
「大丈夫。私が置いていってもフロリナが引き取ってくれるよ。ずいぶんあなたのことを気に入ってくれていたから」
「そうですかね」
ラナンは胸の前で二つの人差し指をつけたり離したりしている。
「オルシアもあなたに興味持っていたし」
「あの、私を解析したいと言っていた男ですか」
小型AIの顔が蒼白になった。
「そう。きっと喜ぶよ。実は彼からもラナンが欲しいって言われているんだ」
先ほどからご主人さまとその従属AIの会話を聞いていたロロアはクスクスと笑い続けていた。
「私もラナンみたいな面白い子欲しいな」
ロロアが空気を読んでそう言うと「あなたもですか」と小型AIが身構える。
「じゃあ、あげようか」




