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氷結時代の終わり  作者: 六角光汰
第三章 ラロス系の擾乱
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 防衛局長は、隣の席にいる若者から「当現象は、これまで観測されたワームホールの前兆現象と一致しています」と報告を受けた。

「よし。攻撃プロトコルを開始する。全艦、ステルスを維持したまま、ワームホールの前方に待機。敵の先遣隊は周囲にいないのだな?」

「いません。待ち伏せされたことがないからでしょう。今後は同じ手は使えません。センサーの光学映像を映します」

 ヨアヒムの言葉と同時に、宇宙空間が投映されたが、そこには目立った変化がまだない。

「ワームホール開通の予想時間は?」

「およそ二十分後です」

 バリーが緊張して答える。

「ヨアヒム、全艦の配置は間に合うか?」

「ぎりぎり間に合うでしょう。二十六艦のうち、一番離れているのは八光分の距離がありますが、全速力で位置につけるはずです。相転移爆弾は、減速しないまま、ワームホールに突入させます」

「よろしい」とルビアが言ったとたん、映像に変化が現れた。背景となる無数の星の海が、一部だけゆらゆらと揺れ始めた。それは目視でも認められるほどで、その位置にワームホールが開くと考えて間違いない。ルビアは心の中で「来い!来い!」と叫んでいた。いままでやられっ放しだった我々がついに反撃する機会を得たのだ。敵に大打撃を与えて溜飲を下げたい。こいつらのおかげで我々の文明は瀕死の重傷患者のように喘いでいる。できることならワームホールに自ら突っ込んで、敵の本拠地を粉砕したい。

「ワームホール、二十%形成」

 ヨアヒムの声に気がついて映像に注意を移すと、そこにはうっすらと輪ができていた。わずかな光の渦のようなものがゆらめいている。その様子にルビアもバリーも目を見張った。本当にトンネルのような空間が出現するらしい。

「まだか。ヨアヒム」

「まだです。安定していません」

「攻撃可能だと判断したら、私の合図は不要だ。すぐに全面攻撃を開始してくれ」

「わかりました」

「バリー。何か気がついたことや助言することはあるか。プロトコルに変更は必要ないか?」

「いまのところありません。ただ、敵艦は光速に近いだろうと思います。開くと同時に飛び出してくる敵艦は止められないかもしれません」

「ヨアヒム、敵の侵入はワームホール攻撃隊以外の後衛で防げるのだな?」

「大丈夫です。てんびん座方面は常に守りを固くしてあります。ワームホール形成五十%。目標地点の重力が現在〇・一Gにまで成長しました」

「百%では何Gになる?」

「今の二倍程度でしょう」

 二人の人間と一人の超AIが見つめるホログラムの中で、いまやワームホールははっきりと姿を現していた。その映像に直径〇・八八キロメートルという文字が上書きされている。

「これほど大きな異空間を出現させるとは。しかも恒星を消滅させてまでこんなことをする執念とは一体何なのだ……どんな連中だというのだ……」

 ルビアは心の中でそうつぶやいたつもりだったが声に出していた。

「攻撃開始します」

 ヨアヒムの冷徹な声が聞こえたと同時に、映像の中で味方戦艦が一斉に姿を現した。そして、光のトンネルの中から矢のような光芒がいくつも飛び出してきた。

「敵戦艦だ!」とバリーが叫んだ。 

 味方艦は予定どおり一斉にミサイルをトンネル目がけて発射し始めた。レイスタニス号の腹部や球形の戦闘艦の表面から夥しい光点が現れ、トンネルの方向へ飛んでいく。

 次々に飛翔するミサイルの光芒が無数の筋を引き、トンネル内に吸い込まれていく。だがこちら側に飛んでくる光芒も後を絶たない。二方向へ向かう筋は、所々で衝突し大爆発を起こし、映像がホワイトアウトする。しばらくするとワームホールから出てくる敵艦がなくなった。そこへ、依然として大量のミサイルが吸い込まれていく。

「敵がワームホールをキャンセルしているのかもしれません!」

 バリーの指摘にルビアも焦る。

「相転移爆弾は!」

 ルビア長官が血走った目で握りこぶしを作り、それを顔の前に突き出している。

「ワームホール到達まであと十秒です」

 ホワイトアウトから醒めた映像には、球形の無人戦闘艦が凄まじいスピードで飛ぶ姿が、小さな筋を描いていた。

「急げ! 相転移爆弾が向こうへ到達しなかったら失敗だ」

 ルビアは両手を顔の前で組み、まるでお祈りでもするかのように目をつぶった。バリーが目を見開いて戦況を凝視している。「ワームホール、閉じました」

 ヨアヒムが冷徹な宣言をした。

「相転移爆弾はこちら側に残っているか? バリー、確認しろ」

「確認中。レイスタニス号が位置確認情報を発信中。返信なしです。おそらく成功したと思われます」

 次にバリーは、レイスタニス号のレーダーを確認した。

「アクティブレーダーには、周辺の味方艦は全部で二十五艦。明らかに相転移爆弾は存在しません」

「そうか! 大成功だ」

 ルビアは飛び上がった。同時に席を立ったバリーと握手をして笑顔を見せた。だが、忘れてはならないこともあった。

「ヨアヒム。レイスタニス号に侵入してきた敵艦の追跡をさせてくれ」

「すでに追跡中です」

 超AIがそう答えたとたん。再び、ワームホールの前兆を警告する低くうねった音が聞こえてきた。

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