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氷結時代の終わり  作者: 六角光汰
第三章 ラロス系の擾乱
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 ラロス暦7903年



 バリー・セナジが考案したワームホール攻撃作戦が評議会の了承を得てからすぐ、ヨアヒムはエヌテン星の衛星に必要な戦力を集め始めた。軍港にふさわしい衛星は系内にたくさんあったが、ちょうど作戦始動のタイミングにエヌテン星がてんびん座の方向にあるからだ。

 そこに集結したワームホール攻撃艦隊は、旗艦レイスタニス号以下、無人の戦闘艦二十五隻で構成された。かつて独立自然主義者同盟を逮捕に向かったときと陣容には大差ないが、武装は比較にならなかった。近接戦闘用のレーザーや短距離ミサイルといった不要な装備は外され、全艦に大型の巡航ミサイルが搭載された。これは反物質を大量に搭載しているため、ふつうの惑星なら一発で木端微塵になるほどの威力がある。それが艦隊合計で五百発。ミサイルに搭載されているAIはワームホールの反対側に出たとたんに、人工物を発見次第突っ込んでいく。

 そして極めつけは、相転移エンジンを積んだ小型戦闘艦だ。この機関が抑えていたエネルギーを解放すれば、〇・五光年以内の物質は瞬間的にプラズマと化す。そうした武装品をすべてワームホールに叩き込むために、二十六隻の攻撃艦隊は、最大船速で出発した。

 レイスタニス号に搭乗しているのはヨアヒム一人だった。したがって、この作戦に参加する人間はいない。準光速で移動することが不可欠の今回の作戦に、生身の人間は参加できなかったし、ワームホールの近くで何が起こるかわかっていないからだ。万が一、不測の事態が起こっても三人いるアンドロイドのヨアヒムだったら取り換えが効く。

 その超AIは、ワームホールに近づいて観測するのが主任務で、できるだけデータを採取して今後の攻撃・防衛プランに生かすつもりだった。

 出発して数カ月後に、艦隊は潜伏ポイントに到達した。その過程で敵の船を発見したが、ステルスモードのまま身を隠して攻撃はしなかった。ワームホールが出現したときにすべてを賭けるためだ。

 レザム星の十一面体にある防衛本部では、一光年以上の距離があるにもかかわらず、レイスタニス号からリアルタイムのデータが送られてくる。そして潜伏中のレイスタニス号の周囲には暗黒の雲が覆っているが、船首から有線で伸びた小さなセンサーが通常の空間に出ている。ワームホールが出現するときに発生すると考えられる重力波や、エキゾチック粒子がこのセンサーに引っかかったときが、攻撃の始まりだった。いまのところ、周囲に異変はないようだった。

 防衛本部のオペレーションシートに鎮座してリアルタイムの観測データを眺めていたルビア・ファフは、お茶をすすりながら考えていた。もしレイスタニス号に自分が乗っていたらと。これから起こるであろう面白い事態をその場で経験できないことが残念だった。

 実はこのプロジェクトが始まるとき、自分がじきじきに参加すると表明したが、首相やヨアヒムに却下されていた。あまりにも危険が大きく、しかも防衛局本部の責任者にふさわしくない行動だというのである。そして、一光年先まで往復するのに二年以上もかかる。その空白の時間中にレザム星で何が起こるかわからない。確かに二年は長い。長すぎる。宇宙とはこんなにも大きく退屈なものなのか。

 もしかすると、攻撃作戦が始まる条件となるワームホールの出現は一年後かもしれない。いや、もっと先の可能性もある。お茶の渋味を口の中で揺らして楽しみながらも、ルビア・ファフは早く攻撃が始まってくれることを願った。このままこのシートに座り続けるのは、あと数日くらいが我慢の限度だ。しかし、こらえ性のない防衛局長が願う状況は意外にすぐ訪れた。

 ある日、あまりの退屈さのためにうたたねをしているとき、突然、低くうねったような音が聞こえてきた。目の前のホログラムが赤変し、《重力場のわずかな乱れを感知しました》というメッセージが左から右へ流れていた。

 同時にヨアヒムがオペレーションシートに走ってきた。その後にはバリー・セナジも続く。とりあえず、緊急オペレーションチームのメンバーが揃った。 ホログラムディスプレイが中央にせり出し、三人のメンバーがその周囲に座る。

「来なすったか? どんぴしゃりのタイミングだな。バリー、観測結果の検証を急げ!」

「了解!」

 バリーの手が仮想光学コンソールの上で動く。ヨアヒムも同じような操作を行っているが、バリーの数十倍は動きが早い。しかも猫背にならずに背中がピンと伸びたままだ。

 その様子を見てルビアは目を丸くした。だいたい、ヨアヒムは物理的な実体である手などのインターフェースを通さなくても、すべての操作はできるはずだ。少し前にどうして体を使って現実にコミットするのか訊いたことがある。

 答えは、ヨアヒムの師匠だったスピルク・ライントから、人間に備わっている感覚や、固体としての存在感やその限界を知らなければ、人間を超える存在にはならないと言われたからだった。明らかに人間を超えた超AIとなった現在も、その訓示を守っているらしい。

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