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「みなさんご存じないかもしれませんけど、うちのご主人さまは追い込まれるとバカ力を発揮します。とんでもないことをやってのけます。周りの人間たちを唖然とさせます。だから、どんどんみんなでプレッシャーをかけるのがいいかと」
イアインが立ち上がった。すると、ラナンは脱兎のごとくどこかへ消えた。テーブルの周囲には笑いが沸き起こる。
「なにあれ。本当にすごいね。あんな子見たことない。参加者全員に紹介するべきだよ」
「だね。人気者になるよ」
「面白そう。ラナンつきイアインのリーダー」
そんな会話の中、まだイアインは小型AIが逃げて行った方向を睨んでいた。確かにラナンのおかげで何回も救われている。しかし、今のはちょっと許せない。説教が必要だ。
やがて、開いたドアのすき間から小型AIの顔半分がちょこんと覗いた。すると、また笑いが起こった。
翌日は、残っていた議題が数時間ですべてなくなった。最後に決まったことは、リーダーは年少者の面倒を見なくてよいことだった。リーダーが交代するときは、旧リーダーが担当していた子たちを、新リーダーが引き継ぐことになった。
ほっと一息を入れたくなったイアインは、居住棟の一階にあるフロアに入ってみた。ここには直立歩行ができる年齢から七歳くらいまでの子供が二十人ほど集まって遊んでいた。年長組が五人ほどでその面倒を見ている。黄色いインテリアで統一された室内は、温かい雰囲気だった。リーダーの姿を認めた子たちが駆け寄ってくる。手にはペンとタブレットを持っている子が多い。文字や絵を描いて、得点を競っていたようだ。
「イアイン、これ見て見て」と五歳くらいの少年がタブレットを見せてくる。そこには、ラロス系で一番特徴のある惑星、レティピュールが輪と共にぎこちなく描かれている。そこに向かって飛行する準光速船の後ろ姿もある。
「宇宙が好きなの?」
イアインがかがみこんで覗き込むと、少年の顔がほころんだ。
「うん。早く行ってみたいんだ」
「もうすぐ行けるよ」
そういって、イアインは少年の頭を撫でた。子供たちはリーダーに群がって、書いた文字や絵を次々に見せる。われ先に見てもらいたい子たちが他の子を押しのけたりする。
その混乱に向かって年長者の一人、セレナ・ラクライルが声をかけた。
「ほらほら、みんな。困っちゃうでしょ。みんなのこと嫌いになっちゃって、どっか行っちゃうかもしれないよ。はい、みんな座って」
子供たちは「えー」とか「いやだ」とか口々に漏らしながらも床に座った。みんな座ると、その場でまたタブレットに取り組み始める。
「ごめんなさいね。ご迷惑かけてしまって」
すぐ隣に来たセレナは、まだイアインにしがみついている女の子の手をとって「座ろうか」とやさしく声をかける。
「みんな元気だね。さすが子供だな」
「リーダーは子供欲しいと思わないの?」
そう問われて、イアインは自分には子供を生める可能性のあることを思い出した。こうして子供たちと接してみると、可愛い子を産んで育ててみたいという気持ちが確かにあることに気がついた。
「欲しい気もするけれど、いま、そういうことをしていいのかどうかわからない」
少しうつむいて率直な気持ちを打ち明けると、セレナもうなずいた。
「この子たちはまだ、自分たちの属するこの社会がどんな状況になっているかわかっていない。だから、こんなに明るいのかもしれない。でもいつか教えてあげなければならない。中には気がついている子もいるようだけど」
「そう。こんな小さくてもわかる子がいるんだ」
「そういう子はコミュニケーション取らなくなるみたい。たとえば、あそこに」
セレナが指をさす方向には、黄色い壁があり、背をもたれたりしててタブレットをいじっている子が三人ほどいた。お互いに関心がないらしく、離れている。近くには一人の男の年長者がついている。あれは確かコフィ・モイサンという名のアポイサム出身者だ。アポイサム出身者の男が少ないため、数回の会話だけでイアインは覚えていた。




