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いままで多数の人たちと集まって会議をするような経験がまったくなかったため、イアインはふらふらになるほど疲れてしまった。居住棟の最上階にある新居へ戻ったとき、ソファにどさりと座って動けなくなった。そこへ、留守番をしていた小型AIが駆け寄ってくる。
「お疲れさまでした。時間がかかりましたね」
そういいながら、フルーツの香りのするティーカップを目の前のテーブルに置く。
「ありがとう。もう、ヘトヘト。リーダーって大変。誰か変わってほしい。つらい」
横に倒れて髪の毛が顔に降りかかりながら目をつむっているご主人さまの様子を見て「うーむ」とラナンがうなる。そして黙ってへたり込んでいるご主人さまの隣に座った。
確かにリーダーには向いていない。首相に呼び出されて移住組のリーダーになることを依頼されたとき、「私やります!」と意外にも明るい表情をして快諾したご主人さまの姿が思い出された。それが初日でこのありさまだ。しかも、首相の頼みを聞いた大きな理由は、あの母親と同じ建物に住みたくなかっただけではないだろうか、とラナンは睨んでいた。そして笑いをこらえるために口を両手で押えた。
翌日も、イアインはリーダーとしての責務を果たして疲れて帰ってきた。だが、一人ではなかった。会議中に仲よくなったらしい男二人と女一人を伴って部屋に入ってきた。ラナンはその様子を見て少し驚き、「お茶の用意をします」といってキッチンに引っこんだ。
昨晩と同じティーカップを四つトレイに載せてリビングに戻ると、同年代の四人は談笑するでもなく、意外に真面目な顔をして話していた。その様子をしばらく突っ立って見ていると、ご主人さまと目が合った。
「あ、紹介するね。うちのラナンです」
すると、右端の女が「へぇ。かわいいね。顔がイアインに似ているよね」といって微笑んだ。「私はフロリナ・バロアです。よろしくね」
ラナンはフロリナの近くまで行ってお辞儀をした。
「よろしくお願いします。うちのご主人さまはちょっとのんびり屋なので、すでにご迷惑をおかけしているとお察しします」
フロリナは「あら」といって笑った。
「余計なことはいいっこなしよ。ラナン」
「ああ、確かにイアインはおっとりしてるし不思議ちゃんだよね。自分はオルシア・ルノン。サクゲナ出身。一応、宇宙船の推進機関とか設計が専門。まだ実務経験はないけどね」
オルシアはそういって頭をかいた。
「それから、隣の男の子はマストリフ・ネスラ。彼もサクゲナ出身?」
不確かな記憶を探るようにイアインが問いかけた。マストリフは「そう。サクゲナ。専門は人体生理学とか医学かな。オルシアと同じく、一応、だけどね。経験ないから」と答えて笑った。
「そうですか。フロリナさん、オルシアさん、マストリフさん。お顔も声質も記憶しました。いつでも遊びに来てください。いきなり来てもかまいません。ご主人さまが拒否しても私がカギを開けますので。寝起きが悪いのでたたき起こしてやってください」
イアインがラナンの腕を取ろうとした。しかしひょいとラナンがかわしたのでみんな爆笑した。
「面白くて可愛い子だね」とフロリナがおなかに手をあててうけている。
「うちの子は、メイっていうんだけど、こんなにお茶目じゃないよ。すごくない? どこ製なの?」
「うーん。そういえばどこかな。母親が連れてきたから」
イアインが遠い目をして記憶を探っている。
「もしかするとさ。ラナンって特別製でしょ。だってあのアーイア・ライントが連れてきたんでしょ」
マストリフの発言に、オルシアも頷く。そのとたん、ラナンは三人の新顔にまじまじと見つめられた。
「イアイン・ライントお付きってことは、やっぱりそういうことだろうな。ぜひ解析させてほしい。でもセーフティ機構が働いて爆発しちゃうかも」
オルシアに好奇の目を向けられると、ラナンは身構えた。話題が危険な方向へ傾いている。
「そんなことはさておき、さっきの件だけど」
フロリナ・バロアがまじめな顔をして話題を変えた。
「やっぱり最初はイアインがしっかりしてくれなきゃだめだよ。呼びかけ人だし」
「そうだよ。なんとかなるよ」
「でも……」
「さっきだって、子供たちの前に出たら、みんな寄ってきたじゃない。お姉ちゃんだ、って」
「それは単に有名だから」
「その有名ってことが重要でしょう。有名っていうよりあれは人気だと思うよ」
「そうだよ。みんな心の拠りどころにしているかも。これから未開の星に行くわけだし」
そんな会話を聞いているうちに、ラナンは何を議論しているのか推測できた。




