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十一面体の内部では、レザム星に住む人間たちの不安や不満を慰撫するために、次々と新しい政策が決定されていった。ルビア・ファフを長官とする防衛局を設立して、正規軍を募ったのもその一つだったし、ほかにも他星系への移住希望者募集があった。ラロス系周辺部で行われているAI同士の戦いが続いている中、呑気といえば呑気なものだった。
移住するのに適している惑星はたくさんあったが、現実的には百光年以内の範囲に限られた。いくら先端技術をこらした準光速船でも光速は超えられず、したがってコールドスリープしていたとしても、移住先で生きられる時間が限られるためだ。
コールドスリープは万能ではない。凍結寸前の温度まで体温が下がっているとはいえ、細胞内での緩慢な代謝は続いている。数万年も眠ったあとに蘇ることはできない。実用的なコールドスリープの時間は百年以内とされていた。それ以上になると障害を免れて蘇生する確率は極端に低下する。
当然ながら移住者たちは子孫を残すことができず、その代で消滅することになる。その虚しさに耐えてでも新天地で生きようとする人間たちは数十人程度だろうと予想されていた。だが意外に多くの応募があった。
特に、未来の時間がたくさん残されている十八歳以下の若者や子供は、呼びかけたのがイアイン・ライントという理由もあって、呪いの降りかかったこの惑星から脱出したがった。
イアインは首相から頼まれ、十八歳以下の移住組のリーダーに就任し、ニュースチャンネルでレザム星の子供たちに呼びかけた。大多数の人に呼びかけるという経験をしたことがなかったため、その表情は若干緊張し、言葉もたどたどしくなる場面もあった。しかし、このメッセージを見た人の多くは政府が本気で動き出したことを実感した。
「レザム星のみなさん、こんにちは。私はイアイン・ライントといいます。ご存じのように私たちのラロス系は、いま、大変な状況になっています。突然、戦争状態に陥っていることを知らされ、不安になっている人も多いでしょう。しかし、いまのところ、ヨアヒムがよくやってくれています。この世界を守ってくれています。ヨアヒムは敵よりも優れていて、私たちの命や住む場所を、いつまでも守り続けてくれると私は信じています。
ただ、未来は不確定です。それゆえ、不安が生まれてきます。正直にいって、私も多少の不安は感じています。不安は何も有益なものを生み出しません。それどころか、もしかすると暗い未来の原因となるかもしれません。少なくとも、私たち人間にとって健全な心と体に悪影響を与えます。
そこで、私たちは他星系への移住希望者を募集することにしました。敵の侵攻という不安の原因を取り除くには、これしか方法がないからです。とりあえず、敵の息のかからない場所にたどりつき、新しい生活を始める。これは夢と希望に溢れた、新しいチャンスかもしれません。幸いなことに、私たちの文明には恒星間飛行のための技術がたくさんあります。準光速船もあり余っています。現地で生活するための機材や食料プラントも十分に持って行くことができます。
ただ、確認しておかなければならない現実は、私たちは子孫を残せないこと。正確には、あと数百年は新しい人間の命を授かることができますが、移住した先で新しい文明を築き、繁栄することはできないのです。
それでも、新天地で生活したいと考える人は、応募してください。私が担当するのは十八歳以下の人たちです。若者と子供たちです。したがって、十六歳以下の人は保護者の承認が必要になります。
現在五名の乳児がこの惑星にはいますが、その子たちはまだ保護者が決定していないため、自動的に参加することになりました。希望者の中で年長の人、たとえば十七歳以上の人は、それ以下の年齢の子たちの面倒を見る意志があれば、ありがたいと思っています。もちろん、ロボットも私たちのサポートをしてくれるでしょう。
移住先には私も行く予定です。チームが結成されたら、専門家の方たちを交えて移住先を決定します。みんなで行う議論の末の多数決になるはずです。現地に到着するまでの時間ですが、ラロス系からの光年の約一・三から一・五倍かかります。その間、安全を図るために、ほとんどステルスモードを使った飛行になるでしょう。また、現地で敵に遭遇しないとも限りません。そのときは、また長旅が始まってしまう可能性もあります。そういったリスクは十分に説明されます。そして、もし参加を取り消したくなったら、出発していない段階であれば可能です」
イアインのぎこちない説明はこのあとも長々と続いたが、結局、二百八十八人もの応募があった。レザム星の十八歳以下の人口は七百三十人程度だったから、約四割の子供たちが集まったことになる。そして十九歳以上の応募は、予想通り四十人程度だった。




